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2030年10月。経理のおじさんを経理部長、年収五百万円とスナック半額の福利厚生で雇う。規模デカすぎてもう片手間では無理www

 二〇三〇年十月。

 博之は、経理担当のおじさんを呼び出した。

「ちょっと話あんねん」

「また店ですか?」

「ちゃう」

「交流会?」

「それもちゃう」

「じゃあ税金ですか」

「俺の行動パターン読みすぎやろ」

 博之は苦笑した。

「経理の話や」

 最初、このおじさんに頼んでいた仕事は本当に小さかった。

 店舗ごとの売上を集める。

 領収書を整理する。

 博之の怪しいExcelを確認する。

 税理士へ渡す資料をまとめる。

 それぐらいだった。

 しかし今では状況がまるで違う。

 茨木。

 高槻。

 千里山。

 江坂。

 スナック。

 ネイル。

 美容院。

 老人ホームへの訪問事業。

 清掃部門。

 外回り営業。

 さらに店長手当、統括手当、地域別収支、新店舗と既存ドル箱店舗の仕分けまである。

「正直な話な」

「はい」

「もう細切れで経理頼むの無理やと思ってんねん」

「ようやく気付きました?」

「最近めっちゃ言うな、お前」

「こっちはひいひい言うてますから」

 博之もそれは分かっていた。

 年間百万円程度で始まった仕事量では、もうない。

「だから、転職してこーへん?」

「……転職?」

「うん。専属」

 おじさんが少し姿勢を正した。

「年収五百万出す」

「五百万?」

「月換算したら四十万ちょい。経理責任者。いや、もう経理部長でええわ」

「部長?」

「税理士先生との窓口もずっとやってるし、会社の金、一番分かってんの俺よりあんたやろ」

「それは間違いないですね」

「即答すんな」

 それでも博之自身、本当にそう思っていた。

 今後さらに店が増えるなら、数字をまとめる人間は片手間ではいけない。

 税金。

 人件費。

 共済。

 店舗別利益。

 新規投資。

 会社の現預金。

 博之個人の金。

 それらをきちんと分離して管理する人間が必要だった。

「五百万かあ……」

 おじさんが呟く。

「安い?」

「いや、この会社規模なら普通に仕事重いですよ」

「やっぱそうよな」

 博之は少し考えた。

「ほな福利厚生つけるわ」

「普通のやつです?」

「うちのスナック全店半額」

「……はい?」

「茨木、高槻、今後増えた店も含めて半額」

「経理部長の福利厚生がスナックですか」

「年間百万円分ぐらいまで使ってええぞ」

「百万円?」

「額面上の上限な。毎日飲めいう意味ちゃうで」

「それ、実質六百万待遇って言いたいんですか?」

「気持ちとしては」

「会社のスナックで消費させるだけじゃないですか」

「でも半額やぞ」

 博之が真顔で言うと、おじさんは少し黙った。

「……受けます」

「早っ!」

「五百万プラス、グループのスナック半額ですよね?」

「そう」

「受けます」

「もうちょい悩めよ!」

「いや、普通に条件上がりすぎですもん」

 博之の方が戸惑った。

「今の仕事辞めてええん?」

「そっちはそっちで考えますけど、もうほぼこっちの経理やってるようなもんですから」

「確かにな」

「しかも店の数字見た後に、その店で半額で飲めるんですよね」

「経費感覚で飲むなよ!」

「社長よりは管理します」

「腹立つわあ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 こうして話は、驚くほど早くまとまった。

 役職は経理部長。

 年収五百万円。

 税理士とのやり取り。

 月次決算。

 店舗別収支。

 税金用資金の隔離。

 新店舗への投資可能額の算定。

 そして博之が勝手に会社の金を使いすぎないよう見張る。

「最後の仕事いらんやろ」

「一番重要ですよ」

「俺、社長やぞ」

「だからです」

「社長が金使ったらあかんの?」

「使っていい金だけ使ってください」

「その判断は?」

「僕が出します」

「権力強ない?」

「五百万もらいますから」

 さらに一つだけ条件が付いた。

「店増やしすぎて俺一人で無理になったら、経理補助入れてくださいよ」

「それはええ」

「今度は時給で適当に人入れて終わりとかやめてください」

「いや、そこは仕事切り分けて――」

「またそれや!」

 二人で笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 博之にとっても、これは一つの転換だった。

 今まで会社は、仕事を細かく切り分けることで人を増やしてきた。

 週二日。

 月数回。

 店舗と訪問の掛け持ち。

 スナックとネイル。

 美容と施設訪問。

 それが、この会社の基本だった。

 しかし会社の中心にある仕事まで、何でも細切れでいいわけではない。

「経理は一本太い人おった方がええな」

「最初からそうです」

「でも最初はスナック一軒やったんや!」

「今何軒あると思ってるんですか」

「数えたくない」

「僕は数えないと仕事できないんです」

 また笑う。

 二〇三〇年十月。

 博之の会社に、本格的な管理部門の柱が一本立った。

 経理部長、年収五百万円。

 そして、会社史上最も意味不明な福利厚生。

 グループ全スナック半額。年間利用枠、おおむね百万円。

「これ社員に知られたら、ずるいって言われへん?」

「言われますよ」

「どうしよ」

「経理部長になれば付くって言えばいいじゃないですか」

「二人もいらんわ!」

 会社はどんどん会社らしくなっていく。

 ただし福利厚生だけは、相変わらず博之の店らしかった。

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