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2030年7月。取れるところだけじわじわとる。高槻、吹田、北大阪方面。訪問営業のおっちゃん1人増やす

 二〇三〇年七月。

 老人ホームへの訪問営業は、博之が最初に考えていた以上に順調な事業へ育っていた。

「もう一人増やそか」

「営業ですか?」

「うん。今度は江坂方面」

 これまで茨木、高槻、吹田・千里線方面と、少しずつ担当を分けながら施設を回ってきた。

 ただ、同じ吹田市でも千里線側と江坂側では人の流れが違う。

「吹田いうて一括りにするの、もう無理やろ」

 千里山、関大前、山田、北千里方面を見る人。

 そして江坂から北大阪急行、御堂筋線につながるエリアを見る人。

「ここ分けよ」

「また月十万です?」

「今まで通り。まず週二ぐらいでやってもろたらええ」

 営業担当をもう一人追加する。

 老人ホームを回る。

 訪問ネイルと訪問美容を案内する。

 ついでに物件を見る。

 人の流れを見る。

 閉まりそうな美容院や空きテナントがあれば拾う。

「カーシェア使いたかったら使って。歩きたかったら歩いて」

「だいぶ自由ですね」

「結果というより、情報持って帰ってきてくれたらええ」

 もちろん新大阪方面へ南下することもできる。

 だが博之は、そこにはあまり積極的ではなかった。

「新大阪まで行ったら、人多すぎるねん」

「競合も増えますね」

「そう。俺らが正面から殴り合うところちゃう」

 むしろ江坂から北へ。

 緑地公園。

 桃山台。

 千里中央。

 さらに横へ見れば豊中方面も入ってくる。

 阪急沿線ともつながる。

「そっちの方がうちらっぽいやろ」

 巨大市場を取りに行くのではない。

 住宅地の中にある小さな需要を拾う。

 老人ホーム十人。

 ネイル五人。

 美容十人。

 そういう仕事を何十か所と積み上げる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「営業一人増やしても、大丈夫そうですよ」

 経理担当から数字が上がってきた。

「月十万増えるんやろ?」

「それでも訪問部門は利益出てます」

「強なったなあ」

 当初は、おじさん二人の月二十万円の給与すら、

「これ払えるんかな」

 と心配していた事業である。

 今では営業人数を増やしながらも、ネイルと美容の施術代、人件費、交通費、材料費を

 払って残るようになった。

「じんわりドル箱やな」

「派手じゃないですけどね」

「そこがええねん」

 統括の一人が笑った。

「隙間産業ですよ」

「ほんまそれやな」

 大手が老人ホーム一軒十人のネイルを必死に取りに行くかというと、そうでもない。

 逆に個人のネイリストが何十施設も営業して回るのは大変だ。

 博之のところには営業のおじさんがいて、実店舗があり、ネイリストと美容師が複数いる。

「真似しようと思ったら、地味に面倒くさいな」

「店舗も必要、人も必要、営業も必要ですからね」

「しかもみんな仕事シェアしてるし」

 今日は店舗。

 明日は施設。

 週末はスナック。

 そんな組み合わせができる。

「これ、うちの強みになったな」

 博之自身、ようやくそう思うようになっていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 当然、話は次の箱へ向かう。

「江坂方面でネイル一個あってもええよな」

「また始まった」

「いや、まだ出す言うてへん」

「物件探すんですよね?」

「情報はいるやろ」

 さらに千里線側。

 すでにネイルの拠点を置いているため、次は美容院という選択肢もある。

「ネイルだけあって美容ない地域は、訪問美容の人を毎回別地域から持ってこなあかんからな」

「美容院一個あると拠点になりますね」

「そういうこと」

 一方、スナック部門も止めてはいない。

「高槻にもう一軒置くか」

「はい」

「それかJR吹田。あるいは淡路」

「淡路はまた雰囲気違いますけどね」

「あのごちゃっとした感じ、スナックには悪くないと思うねん」

 住宅地にはネイルと美容。

 夜の飲食が集まる場所にはスナック。

 全業種を同じ駅に並べる必要はない。

「箱の計画だけ、めちゃくちゃ増えてません?」

「計画はタダや」

「契約するから怖いんですよ」

「情報だけ拾っといて!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 高槻の東側については、逆に慎重だった。

「島本とか山崎方面は?」

「ニーズ見るぐらいでええ」

 高槻から少し東へ行けば、大阪府の端が近づく。

 その先は長岡京。

 京都府に入る。

「長岡天神まで行ったら、もう飛び地感あるやろ」

「京都になりますしね」

「勝手も変わるし、今はそこまで行かんでええ」

 訪問案件が取れるなら、高槻から出向けばいい。

 島本や山崎で利用者が増えるなら、高槻の店舗をもう少し強くする。

「わざわざ山崎に箱置いて、人集まるイメージある?」

「正直、あんまりないですね」

「俺もない」

 長岡天神も悪い街ではない。

 ただ、今の博之たちが持っている人や顧客、知名度のつながりからすると、

 一段飛ばしている感じがする。

「届きそうなところだけ頑張ろ」

 茨木。

 高槻。

 吹田。

 千里線。

 江坂。

 その先の豊中。

 一本ずつつながっている。

「京都攻めるとか、大阪市内攻めるとか、そんなゲームちゃうねん」

「経営戦略ゲームって言ってたじゃないですか」

「ゲームでも補給線大事やろ」

「急に戦国武将みたいになった」

 皆が笑った。

 大きな市場へ飛び込まない。

 自分たちが知っている街から、一駅、一地域ずつ広げる。

 老人ホームの営業が先に入り。

 人と需要を拾い。

 必要なら、小さな箱を置く。

「まあ、江坂から北やな」

 博之は地図に丸をつけた。

「高槻、茨木、吹田。この辺をちゃんと埋める。それで十分や」

 二〇三〇年七月。

 五人目となる外回りのおじさんが、新しい地域へ歩き始めた。

 派手な出店より先に、老人ホームの玄関を一軒ずつ叩く。

 博之たちの会社らしい、新しい地域の取り方だった。

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