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2030年4月。出店スピード上げて千里山でネイルサロン1店。高槻で美容院1軒出店。指示出し屋と金出し屋

 二〇三〇年四月。

 博之は、少し思い切った。

 吹田・千里山に新しいネイルサロン。

 さらに、高槻には美容院。

 二店舗をほぼ同時に立ち上げることにしたのである。

 初期費用は、合わせて約二百万円。

「オーナー、ちょっと早すぎません?」

「俺もそう思う」

「思ってるんですか」

「思ってるけど、人増えすぎてんねん」

 千里山のネイルサロンは、小箱とはいえ家賃十二万円。

 これまでの博之のネイル店からすると、かなり高い。

 高槻の美容院に至っては、月十五万円。

「高っ」

「自分で契約したんですよ」

「高いもんは高い」

 それでも出すことにした理由はあった。

 まず、スタッフが増えた。

 ネイリストも美容師も、働きたいという問い合わせが続いている。

「一人にいっぱい仕事渡すんちゃうからさ」

 仕事を細かく分ける。

 既存店で週二日。

 訪問美容で数日。

 別店舗で月二十人。

 そうやって分けていると、人が増えれば受け皿も必要になる。

「店パンパンにしてから次探してたら遅いねん」

「でも赤字出ますよ?」

「出るやろな」

 博之はあっさり言った。

「今は既存店の利益で多少吸収できる」

 すぐ黒字にしなくてもいい。

 半年、一年かけて地域に根付かせればいい。

 そして、もう一つ。

「統括や」

 店長手当は月三万円。

 統括手当は月五万円。

 複数店舗を見る役割を希望するスタッフも増えてきた。

「やりたい子がおるなら、道作ったらええねん」

 一店舗で店長を経験する。

 次に新店舗を任せる。

 既存店を別の人へ渡す。

 空いたところに新人を入れる。

「順繰り回せばええやろ」

「人事ローテーションみたいですね」

「そんな格好ええもんちゃう」

 博之としては、全員を救いたいなどという高尚な話ではなかった。

 ただ、せっかく流れが来ている。

 人が来る。

 客も来る。

 店舗の評判もある。

「それやったら、使えるうちは流れ使った方がええ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 吹田についても、博之なりの見立てがあった。

「大阪市内ど真ん中まで行ったら、話変わってくるやろ?」

「競争激しいですからね」

「でも高槻、吹田ぐらいなら、まだうちの形いけると思うねん」

 千里山。

 関大前。

 北千里。

 あるいは江坂方面。

 住宅地として強く、女性客も多い。

 家賃は茨木より上がる。

 だが博之のネイルサロンは、極端な高価格路線ではない。

「若干安め、腕そこそこ、レビューいっぱい」

「言い方が雑なんですよ」

「でもそれが一番分かりやすいやろ」

 高級店と戦うつもりはない。

 格安店にもしたくない。

 普通に通える値段で、ちゃんと綺麗にする。

「それで客入るんちゃうかな」

「あかんかったら?」

「引き上げる」

「軽いなあ」

「箱に人生賭けへん」

 家賃十二万円だからといって、十年絶対続ける必要はない。

 合わなければ撤退する。

 別の駅へ動く。

「流動的にやろ」

 それが博之の考えだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして、新しい地域へ店を出す意味は、実店舗だけではなかった。

「おっちゃん部隊があるやろ」

「老人ホーム訪問営業部ですか?」

「俺が勝手にそう呼んでるだけやけどな」

 現在四人。

 介護施設を回り、訪問ネイルと訪問美容の仕事を取ってくる。

 以前は、営業のおじさんたちの給料をどうやって賄うかという段階だった。

 それが今では、

「月売上二百六十万やで」

「そんななったんです?」

「なった」

 もちろん、その二百六十万円がそのまま利益ではない。

 ネイリストや美容師への報酬。

 材料。

 交通費。

 営業四人の給与。

 その他雑費。

 それらを払う。

「それでも残るようになってきてる」

「じゃあ、もう赤字部門じゃないんですね」

「ドル箱いうほどではないけど、ちゃんと一事業やな」

 さらに面白いのは、その先だった。

 老人ホームでネイルをする。

 美容師が髪を切る。

 利用者本人だけではない。

 家族。

 施設職員。

 ケアマネ。

 そこから実店舗を知る。

「娘さんとかが、『普通のネイルもやってるんですか』って聞いてくるやろ」

「ありますね」

「そこが強いねん」

 実店舗があるから訪問サービスを信用してもらえる。

 訪問サービスで接触するから、実店舗も知られる。

「ぐるぐる回るんよ」

「なるほど。だから多少店が赤でも箱を置く意味がある」

「そう」

 高槻に美容院を置けば、高槻周辺の訪問美容をそこから派遣できる。

 千里山にネイル店を置けば、吹田方面の訪問ネイルの拠点にもできる。

「実店舗と訪問、セットなんやな」

「ようやく俺も分かってきた」

「自分で作ったのに?」

「最初そんな深く考えてへんかったからな」

 みんなが笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ほんま美容屋さんになりましたね」


 統括の一人に言われた。

「ネイル三……いや、もう四店舗?」

「茨木二、高槻一、千里山一ですね」

「美容院も増えたし」

「社長、美容業界の人みたいです」

 博之は少し考えてから答えた。

「彼女おらんけどな」

「そこ関係あります?」

「こんだけ女の人に囲まれる仕事してんのにやぞ」

「経営と恋愛は別なんで」

「知ってるわ!」

 また笑われた。

 もちろん、スナックをやめるつもりもない。

「うち本業スナックやから」

「最近聞くたびに説得力なくなってますよ」

「スナックもまた置く」

 ただ今は、ネイルと美容の方に勢いがある。

 だから無理にスナックを連続出店しない。

「でもスナックは仕事分けるのにめっちゃ使えるからな」

 女性の短時間勤務。

 閉店作業。

 清掃。

 黒服的な補助。

 買い出し。

 昼間の別利用。

 一つの小箱から、いくつもの小さな仕事を作れる。

「そこはスナック統括に任せて、物件見てもらう」

「もう自分で現場やらないんですね」

「俺?」

 博之は少し胸を張った。

「指示出し屋や」

「あと?」

「金出し屋」

「最悪の言い方」

「いや、大事やぞ。誰か金出さんと店できへんからな」

 社長になって三か月。

 博之自身がネイルをするわけでもない。

 髪を切るわけでもない。

 毎晩スナックに立つわけでもない。

 人を配置し。

 金を出し。

 数字を見て。

 次の場所を決める。

「ほんま指示出し屋になったな」

 自分で言いながら、博之はケラケラ笑った。

 二〇三〇年四月。

 千里山のネイルと、高槻の美容院。

 二百万円を投じた新しい二本の根が、大阪北部へまた少しだけ伸び始めていた。

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