2030年2月。店に勢いが出てきてやる気のありすぎる子ガキ過ぎてブレーキをかけることが増えるwww
二〇三〇年二月。
株式会社になったとはいえ、博之の手元資金は以前ほど潤沢ではなかった。
過去の税金やら法人化費用やらをまとめて管理表に反映したせいで、
数字を見るたびに少し心臓に悪い。
「ほな、次は五十万ぐらいでいこか」
「何するんです?」
「高槻にスナック一軒」
「結局やるんですね」
「飲み歩いた結果、いけそうやったからな」
狙うのは阪急高槻市側。
大きな箱はいらない。
六席から八席程度。
古くてもいい。
居抜きで、初期費用五十万円前後に収まるもの。
「外回りのおっちゃんに探してもらお」
すでに高槻にはネイルサロンがある。
訪問ネイルの施設客も少しずつ増えている。
そこへスナックまで置けば、高槻で人を集める入口がもう一つ増える。
そんな話をしている一方で、別の問題が起き始めていた。
「最近、応募してくる子、ちょっと強ない?」
博之がネイル統括に言った。
「強い?」
「意識が」
最近の面接では、
「将来、自分の店を持ちたいです」
「早く店長になりたいです」
「できれば週五でたくさん客を担当したいです」
そんな言葉を聞くことが増えていた。
ネイルだけではない。
美容院も、スナックも似ている。
「最初こんなんちゃうかったよな?」
「一号店の頃は、『客持ってないんですけど大丈夫ですか』みたいな子が多かったですね」
「そうやろ」
技術はある。
資格もある。
でも集客できない。
普通の美容院やサロンで、長時間働いたり厳しい研修を受けたりするのはしんどい。
だから、
「ちょっと働かせてもらえませんか」
という人を受け入れてきた。
ところが店舗数が増え、Googleレビューも増え、YouTubeの登録者も一万五千人ほどになると、
見え方が変わった。
「なんか成長企業みたいに見えてるんちゃう?」
「一応成長はしてますよ」
「そこが困るねん」
「なんでですか」
「うち、そんな会社ちゃうもん」
博之は面接でも、そこをはっきり言うようになった。
「独立したいっていう気持ちはええと思うで」
「はい」
「でも、ほんまにバリバリやりたいんやったら、うちじゃない方がええかもしれん」
応募者が少し驚いた顔をする。
「え?」
「週五、八時間働いて、毎日何人も客取って、技術磨いて、店長目指す。
そういうところ他にいっぱいあるやろ」
「でも、こちらも店舗増やしてますよね?」
「増やしてる。でも思想が違うねん」
博之は説明した。
「うちは仕事を切って分けてる」
月二十人だけ担当する。
週二だけスナックへ入る。
ネイルとスナックを両方する。
美容院と訪問美容を組み合わせる。
「一人に全部背負わせんようにしてる」
だから、一人の人間が、
「もっと客を全部私にください」
「毎日入りたいです」
「すぐ責任者にしてください」
となると、今まで働いていた人の仕事を奪うことにもなる。
「そんな高い志で来てもらうと、後でギャップしんどいと思うで」
「やる気があるのはダメなんですか?」
「ダメちゃう。ただ、うちはやる気選手権してへんねん」
博之は苦笑した。
「ほどほど働いて、ほどほど稼いで、長く続ける。そっちの方が大事」
今、自信満々に独立を語っていても、自分一人で箱を借り、広告を出し、百人の客を集められるか。
それは別の話だ。
「今はまだ一人で客集められへんわけやろ?」
「……はい」
「ほな修行ぐらいの気持ちで来た方がええと思うよ」
中には、
「ちょっと納得できません」
という人もいた。
「ほな、たぶん合わんと思う」
以前の博之なら、せっかく応募してくれたからと採用していたかもしれない。
だが、今は違った。
「まずやってみて、自分に合うか見たいです」
そう言った人だけを採った。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「俺、選ぶようになったなあ」
面接が終わった後、博之はぼやいた。
「それで正解やと思いますよ」
統括は即答した。
「やる気満々で入って、全部変えようとされたら、今いる子がしんどくなります」
「そうなんよな」
「今の子って、週二とか、ネイル月二十人とか、スナックと掛け持ちとか多いじゃないですか」
「それ守りたいねん」
一人のスターを作るために、十人の仕事を減らす。
それは博之のやりたいことではなかった。
「根なし草精神、忘れたらあかんな」
「何ですか、それ」
「元々みんなそんな強くなかったやろって話」
博之自身もそうだった。
組織に適応できなかった。
長時間働き続けるのも苦手だった。
それでも、小さな仕事を組み合わせたら何とか形になった。
「強い人だけの会社にしたら、俺が一番最初に追い出されるやん」
「社長なのに?」
「社長でも無理なもんは無理や」
統括たちが笑った。
「まあ、でもネイルの伸びはすごいですよ」
「それな」
三店舗まで増えた。
茨木二店舗。
高槻一店舗。
高槻店も立ち上がりが早くなっている。
「Googleレビュー怖いな」
「いい意味でですよ」
「一軒目の頃、あんな苦労したのにな」
二軒目。
三軒目。
店舗が増えるほど、
「あの店の系列なら」
という信用が働く。
客が客を呼ぶ。
スタッフがスタッフを呼ぶ。
「複数店舗って、こういうことなんやな」
「ようやくチェーンっぽくなりましたね」
「チェーン言うな。弱者連合や」
「言い方悪いですよ」
そして次は高槻のスナック。
資金を使いすぎない。
人を抱えすぎない。
仕事を独占させない。
少しずつ、分けながら増やしていく。
「うちの本業、あくまでスナックやからな」
「ネイル屋みたいになってますけどね」
「ほんまそれ」
二〇三〇年二月。
博之の会社は、店を増やすだけではなく、
誰を入れるか。
どんな働き方を守るか。
そこまで選ばなければならない段階に入っていた。
成長することより。
強くなることより。
弱いままでも働ける場所を残す。
それだけは、会社になっても変えたくなかった。




