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2029年11月。高槻ネイルサロン赤字だが既存店が回っているので気にしない。男性メンバー中心に高槻飲み歩きをするため50万計上予定

 二〇二九年十一月。

 高槻に出したネイルサロンは、予想通り赤字だった。

「まあ、こんなもんやろ」

 博之は数字を見ながら言った。

 茨木のネイル二号店から一部の客を高槻へ移しても、利用者は月六十人ほど。

 売上は約五十四万円。

 家賃、人件費、材料費、統括手当、雑費。

 さらに博之自身の取り分として十万円を計上すると、

「マイナス七万です」

「うん。まあ、着地としてはそんなもんや」

 完全な白地で始めた店である。

 いきなり百人、二百人と来る方がおかしい。

「六十人来てるだけでもええやろ」

「赤ですけどね」

「七万やろ? 七十万ちゃうやろ?」

「その言い方すると全部軽くなりますよ」

「でも、Googleレビューもこれからやしな」

 一回来てもらう。

 次の予約を取る。

 口コミを書いてもらう。

 高槻の店として認知してもらう。

「半年ぐらいかけて見よ」

 博之はいつも通りだった。

 急がない。

 ただし、放置もしない。

 老人ホームへの訪問営業は、高槻でもじわじわ案件数を増やしていた。

 茨木を担当する外回りのおじさんには、既存施設との関係維持を中心に任せる。

 一方、高槻組は新規開拓。

 老人ホームを回る。

 物件を探す。

 地域の情報を拾う。

「高槻はまだ真っ白やからな」

「ネイル一軒できましたけど」

「一本刺しただけや」

 だからこそ、既存店が崩れないことも大切だった。

 茨木のスナック。

 ネイル。

 美容院。

 清掃。

 訪問。

 それらが大きく崩れないから、高槻で七万円赤字を出しても笑っていられる。

「年末はまたやろか」

「何をです?」

「金一封と、お茶会」

「ああ、去年の」

「あと大掃除」

 各店舗を一度きれいにして、みんなで軽く顔を合わせる。

 来たくない人には無理強いしない。

 ただ金一封は渡す。

「来年から株式会社やしな」

 博之は最近、その話をいろんな人にしていた。

 二〇三〇年一月。

 個人事業から法人へ。

 最初のスナック一軒から始まったものが、とうとう会社になる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その最初の店へ、博之は今でも時々遊びに行っていた。

「オーナー」

「何?」

「一軒だけやってた頃の方が良かったですね」

「またそれ言う?」

「だって、あの頃オーナーずっとここいましたやん」

「暇やったからな」

「今、全然来ない」

「店増えたからしゃあないやろ」

 博之自身、その気持ちは分からなくもなかった。

 最初はカウンターに座って、客と喋り、カレーを出し、夜になったら酒を飲む。

 それだけだった。

「俺もあの頃の方が、まったりしてたとは思うで」

「戻りません?」

「戻らん」

「即答」

 博之は笑った。

「いろんな人に仕事渡せてるの、結構気分ええねん」

 ネイリスト。

 美容師。

 スナックの女性。

 清掃のおじさん。

 外回りのおじさん。

 一人で食わせているなどというつもりはない。

 ただ、自分が作った仕事で誰かに五万円、十万円と入る。

 それが思っていた以上に面白かった。

「あと最近な」

「はい」

「経営戦略ゲームやってる気分になってきた」

「ヤバいですね」

「店置いて、人配置して、客流して、利益見て、次どこ行くか考えるやん」

「完全にゲーム感覚や」

「ちょっとハイになってきてる」

「やばい。こいつ絶対また店作るわ」

 店内が笑いに包まれた。

「次は高槻やからな」

「もう言ってる!」

「ネイル一本刺したやろ。次どうするか市場調査せなあかん」

 そこで博之は、外回りのおじさんたちにも話していた計画を口にした。

「今度、高槻飲み歩こうと思ってんねん」

「遊びやん」

「仕事です」

「どう仕事なんです?」

「市場調査」

 外回りのおじさん何人かと一緒に、阪急高槻市周辺を回る。

 飯を食う。

 スナックへ行く。

 バーも見る。

 一軒一軒、ワンセットかツーセット程度。

「おごり?」

「俺がおごる」

 それを聞いたおじさんたちの反応は早かった。

「え、マジっすか」

「行きます」

「まだ日も決めてへんぞ」

「仕事ですよね?」

「そう。仕事」

「めっちゃええ仕事やん」

 もちろん、全員を連れて行くわけではない。

 短時間勤務で仕事を切り分けているので、何人かずつ組む。

「高槻詳しい人、案内して」

「任せてください」

 阪急高槻市側には、まだ夜の店が残っている。

 一方、JR高槻駅側は大型店や商業施設の色が強い。

「茨木みたいに、JR側にもスナック作ればええって話ではなさそうなんよな」

「阪急側の方が合いそう?」

「たぶん」

 逆にネイルのような美容系なら、JR側にも客がいるかもしれない。

「その辺、実際歩いて見たいねん」

 人通り。

 客層。

 夜の店。

 家賃。

 駅からの流れ。

 どんな人が飲んでいるのか。

「酒飲みながら全部ジロジロ見る」

「完全に遊びですよね?」

「あくまで視察です」

「領収書切る気や」

「税理士さんに怒られるようなことはせえへんわ!」

 博之は反論した。

 だが、自分でも少し楽しくなっているのは否定できなかった。

 会社員時代なら、仕事は仕事。

 遊びは遊び。

 完全に分かれていた。

 今は違う。

 店に飲みに行けば市場調査になる。

 客と喋れば人材情報が入る。

 外回りのおじさんと飲めば、高槻の話が聞ける。

「なんか仕事を遊びに変え始めましたね」

 常連にそう言われる。

「いやいや」

 博之は笑った。

「あくまで仕事です」

「えー?」

「ほんまやって」

 誰も信じていなかった。

 高槻ネイルは、まだ月七万円の赤字。

 それでも博之は焦らない。

 まず街を見る。

 人を見る。

 店を見る。

 そして、遊んでいるように見えるくらいの温度で、次の一手を探す。

 二〇二九年十一月。

 博之の高槻攻略は、どうやら夜の街を飲み歩くところから、本格的に始まりそうだった。

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