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2029年9月。株式会社にする日を決める。2030年1月。小規模共済等制度ごとの整理

 二〇二九年の9月。

 博之は、いつものように税理士の先生と数字を並べていた。

「先生、もう聞きますわ」

「何ですか?」

「株式会社、いつにします?」

 税理士は少し笑ってから答えた。

「二〇三〇年一月が一番きれいですね」

「やっぱり?」

「はい。年をまたいで途中から法人にするより、個人事業は二〇二九年十二月まで。

 二〇三〇年一月から法人。その方が博之さんも分かりやすいでしょう」

「俺が分かりやすいの大事やな」

「かなり大事です」

「ほな、それでお願いします」

 ついに決まった。

 二〇三〇年一月。

 株式会社化。

 会社を辞めて自由になるつもりだった男が、今度は自分で会社を作る。

「なんか変な感じやな」

「もう十分会社みたいな規模ですよ」

「正社員ほとんどおらんけどな」

「正社員の人数だけで会社になるわけではありませんから」

 そこで税理士が、博之の管理表を開いた。

「それより、こっちです」

「何?」

「税金」

「ああ……」

「博之さん、これExcelに全然入れてませんね」

「入れてへんな」

「でも税金自体はちゃんと払ってますよ」

「それは分かってる」

 問題は脱税でも、申告漏れでもない。

 毎年、税理士が計算し、必要な税金はきちんと納めていた。

 しかし博之が自分で作っている「いくら儲かった」「いくら残った」という管理用Excelには、

 その税金がほとんど反映されていなかった。

「ざっくり三年で、二千万円近いですかね」

「……そんな払ってた?」

「博之さんの所得なら、それぐらいにはなります」

「俺、全然管理してへんかったわ」

「でしょうね」

「なんで金回ってたんやろ」

「売上があったからです」

「身も蓋もない」

 博之は頭を抱えた。

「なんか自由に使ってた気するんやけどな」

「店舗作って、清掃増やして、営業の人雇って、NISAも入れてましたね」

「それで税金も払ってた?」

「払ってます」

「よう残ってんな」

「そこを把握してないのが問題なんですよ」

 税理士の言葉が少し強くなった。

「もう、経理の人を入れましょう」

「やっぱり?」

「やっぱりです」

 店舗ごとの売上。

 人件費。

 外注。

 清掃。

 訪問美容。

 ネイル。

 新店舗の初期費用。

 税金。

 共済。

 投資。

 博之一人がExcelで全部触るには、もう項目が多すぎた。

「知り合いでできる人おったら頼みますわ」

「それでもいいです」

「でも、俺の周りにおらんかったら、先生の知り合いとかでおらん?」

「どういう人です?」

「簿記一級とか三級とか、その辺持ってて」

「幅広すぎません?」

「経理できたらええねん」

「はい」

「フルタイム無理な人でもええですよ」

 博之は続けた。

「週二とか、月何十時間とかしか働かれへん人。そういう人に、仕事切り分けて渡す方が俺は好きやし」

「なるほど」

「先生のところで、そういう人おったら紹介してもらえません?」

「分かりました。博之さん側でも探す。こちらでも探す。二方向ですね」

「お願いします」

 これまで清掃も、外回りも、美容もネイルも、仕事を細かく切り分けて人に渡してきた。

 経理も同じでいい。

「月次の数字まとめるところまでお願いして、税務判断は先生」

「その分け方がいいですね」

「俺は見るだけ」

「それが一番です」

「なんか仕事減った気するな」

「本来、社長がセルの数式直す必要ないですから」

「まだ社長ちゃう」

「あと数か月です」

 次に博之は、以前から気になっていたことを聞いた。

「小規模企業共済とか、セーフティ共済どうなるん?」

「そこも手続きします」

「なくならん?」

「大丈夫です。法人化に合わせて、それぞれ必要な手続きをします」

「ほな安心や」

「ただし」

「まだあるん?」

「あります」

 税理士が新しい紙を出した。

「株式会社を作るお金です」

「いくら?」

「資本金を百万円で置くとして」

「うん」

「登記、専門家費用、印鑑、各種手続き、それ以外の準備費用も含めて、初期費用として別に

 五十万円程度は見ておいてください」

「百五十万?」

「資本金百万円は会社のお金になりますから、全部消えるわけではありません。ただ、

 年末から年始に資金が動くということは頭に入れてください」

「また金いるんか」

「会社作るんですから」

「スナック一軒作れるやん」

「比較対象がおかしいです」

 博之はため息をついた。

「年末、百五十万用意しとけってことね」

「はい。それとは別に運転資金は残してください」

「分かりました」

「本当に?」

「今回はExcelにも書く」

「最初からそうしてください」

 二人で笑った。

 会社員時代、博之は自分が会社を作るなど考えたこともなかった。

 それが今では、スナック、ネイル、美容院、清掃、外回り、訪問事業。

 いくつもの小さな仕事が重なり、とうとう「個人事業」という箱の方が窮屈になり始めていた。

「二〇三〇年一月か」

 博之は予定表に書き込んだ。

 株式会社設立。

「ほんまに会社になるんやな」

「もうなってるようなもんですよ」

「俺、社長向いてへんで」

「それは会社作ってから考えてください」

「遅ない?」

 二〇二九年。

 博之はようやく、自分一人で数字を抱えることを諦め始めた。

 次は会社という箱を作る。

 ただし、その中でもやることは変わらない。

 仕事を小さく切る。

 できる人に渡す。

 無理をさせない。

 そして、最後に少しだけ残す。

 その仕組みを、今度は株式会社という形に移すだけだった。

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