2029年8月。交流会と金一封も兼ねて五十万円予算を取りお茶会と金一封をメンバーに撒く。
同じ月。2029年8月
高槻への外回りが始まり、介護施設への訪問ネイルや美容も少しずつ形になってきた頃。
博之は、また妙なことを考えていた。
「五十万ぐらい、みんなに使おかな」
店長たちが集まっているところで言うと、当然のように聞き返された。
「何にです?」
「交流会と金一封」
「急ですね」
「いや、最近人増えすぎて、誰が誰か分からんようになってきてんねん」
スナック。
ネイル。
美容院。
清掃。
外回り。
店長。
統括。
短時間だけ働く人。
月に数回だけ顔を出す人。
数年前なら博之自身が、ほとんど全員と直接話していた。
だが、今は違う。
「俺が知らん人同士で仕事してることも増えてるやろ?」
「まあ、ありますね」
「それは別にええねん。でも、完全にバラバラは困る」
だからといって、会社員時代のようなものにはしたくなかった。
強制参加の飲み会。
偉い人の挨拶。
席順。
余興。
参加しなければ空気を読めと言われる。
「そういうの俺が一番嫌いやったからな」
「じゃあ交流会やらなくていいんじゃないですか?」
「それも違うねん」
博之は少し考えながら話した。
「横のやり取りが全くないと、困った時に助け合われへんやろ」
ネイル一号店が忙しい時に、二号店から応援を出す。
美容院で急に欠勤が出れば、別の美容師に声を掛ける。
清掃の人が店に入った時、誰が店長なのか分からなければ困る。
外回りのおじさんが拾ってきた話が、美容なのかネイルなのかスナックなのか。
最低限、顔ぐらい知っていた方がいい。
「ほな、お茶会でもしたらええやん」
「お茶会?」
「酒飲まんでもええやろ」
昼間に場所を借りる。
コーヒー。
お茶。
ケーキ。
軽い飯。
来たい人だけ来る。
「オーナーのスナックでやればいいじゃないですか」
「狭いやろ」
「じゃあ二回に分ける?」
「それでもええな」
予算五十万円。
全部を一回の宴会で使うわけではない。
「交流会に二十万ぐらい」
場所代。
食事。
飲み物。
ちょっとした菓子。
「で、残り三十万ぐらいは金一封」
「誰に?」
「みんな」
「三十万を?」
「人数で割る」
額としては、一人数千円から一万円にもならないかもしれない。
だが、それでいい。
「交流会嫌な人もおるやろ」
「いますね」
「俺も嫌な時あるし」
「オーナーが主催するんですよ」
「せやから分かるねん」
人が多いところが苦手。
仕事以外で職場の人間と会いたくない。
休みの日まで気を遣いたくない。
そういう人に、
「交流のためやから絶対来い」
とは言いたくなかった。
「来んでも金一封は渡す」
「平等ですね」
「交流会参加したら金一封なし、とかも嫌やん」
「じゃあ参加しても参加しなくてももらえる?」
「そう」
「オーナー、珍しく太っ腹」
「珍しく言うな」
博之は苦笑した。
「俺がやりたいのは福利厚生みたいな綺麗な話ちゃうねん」
「じゃあ何です?」
「人間関係だけは見たってほしいねん」
その言葉に、一瞬みんなが黙った。
「俺、人間関係一番苦手やから」
次の瞬間、笑いが起きた。
「自分で言います?」
「社会不適合者が人間関係語ってる」
「うるさいわ」
博之も笑った。
「せやから俺が面倒見るの無理やねん」
「堂々と言わないでください」
「でも、店長とか統括は見れるやろ?」
誰かが浮いていないか。
揉めていないか。
無理に仕事を押し付けられていないか。
新人が一人で困っていないか。
「仕事の数字は俺も見る。でも、人間関係だけはほんま頼むわ」
博之は統括たちを見た。
「俺が間に入ったら、たぶん悪化する」
「そこまでですか?」
「自信ある」
「悪化する自信持たないでください」
また笑いが起きた。
ただ、博之自身は割と本気だった。
店を増やすことはできた。
数字を見ることもできる。
客を連れてくることも、物件を探すこともできる。
しかし、人と人の細かな感情を毎日見続けるのは、自分には向いていない。
「得意な人に任せた方がええ」
「じゃあ私らの仕事増えてますけど」
「手当出してるやん」
「そういうところだけ経営者」
「経営者や!」
結局、交流会は二回に分けることになった。
昼。
自由参加。
途中参加、途中退出も自由。
酒が飲みたい人は夜に店へ来ればいい。
参加しない人にも金一封は渡す。
「名前だけチェックしといてな。渡してへん人出たら嫌やから」
「そこはちゃんと管理してください」
「だから頼んでるんやん」
数日後。
最初のお茶会には、思ったより人が集まった。
スナックの女性と、ネイリスト。
美容師。
清掃のおじさん。
外回りのおじさん。
普段なら同じ場所に座らない人間たちが、ケーキを食べながら話している。
「老人ホームの営業って、どんな感じなんです?」
「断られるで」
「ネイル興味あるところもある?」
「結構あるよ」
「高槻の物件も探してるんですよね」
「安いの見つけたら教えるわ」
博之は、その様子を少し離れたところから見ていた。
「これでええんちゃう」
会社らしい一体感などいらない。
全員が仲良くなる必要もない。
ただ、顔を知っている。
困った時に名前を呼べる。
それぐらいでいい。
「オーナー、混ざらないんですか?」
「俺、主催者やけど人見知りやから」
「何しに来たんです?」
「金払う係」
また笑われた。
二〇二九年。
博之の周りには、少しずつ人が増えていた。
会社員みたいな組織にはしたくない。
でも、完全に孤立した集団にもしたくない。
その間をどう作るのか。
博之なりに考えた答えが、五十万円のお茶会と金一封だった。
「まあ、来年もできたらええな」
そう呟きながら、博之は自分の分のケーキを一つ取った。




