2029年8月。新店達の収支改善。老人ホームへのネイルや美容院派遣が意外とウケるwww高槻方面にアンテナ張る
二〇二九年8月。
茨木の新しい店も、ようやく少しずつ落ち着き始めていた。
四号スナック。
ネイル二号店。
美容院二号店。
最初は赤字だったり、収支トントンだったりしたが、Googleレビューと紹介客がじわじわ
積み上がり、ようやく「店として立ってきたな」と思えるところまで来ていた。
「茨木は、いったんこれでええかな」
博之は自宅のテーブルに地図を広げながら言った。
「介護施設もだいたい一周しましたね」
外回りのおじさんが答える。
老人ホームやサ高住、デイサービス。
断られたところも多い。
すでに訪問理美容業者が入っているところもあった。
それでも、
「ネイルだけなら一回やってみようか」
「いつもの美容師さんが来ない日にカットできます?」
と話が進む施設も少しずつ増えた。
「ほな、次やな」
「高槻ですか?」
「高槻」
茨木を回っていた外回りのおじさん二人のうち、一人を高槻担当へ移す。
そして、新しくもう一人採る。
「一人経験者、一人新人で組ませよ」
「俺が教育するんですか?」
「ローラーするだけやん」
「いや、それが結構難しいんですよ」
「ほな月十万分、頑張ってくれ」
「急に雇用主っぽい」
働き方は今までと同じ。
週二日程度。
月十万円。
交通費は別。
契約ノルマは置かない。
ただし日報は書く。
何軒回ったか。
どんな反応だったか。
ネイルと美容、どちらに反応があったか。
既存業者がいたか。
担当者と話せたか。
さらに、高槻の街を歩きながら物件も見る。
「ネイルの小箱とスナックの居抜きな」
「美容院は?」
「美容院は高いから後」
駅から多少離れていてもいい。
古くてもいい。
家賃が安く、少人数で回せる箱。
「ついでに不動産屋寄って、なんか変な物件あったら教えて」
「変な物件ってなんです?」
「安くて誰も借りてへんやつ」
「いつものやつですね」
「そうそう」
さらに、街で拾った情報も報告してもらう。
仕事を探している人。
昔飲食をしていた人。
ネイル経験者。
美容師免許を持っている人。
空き店舗。
閉店予定の店。
「高槻に店作る前に、人と情報集める」
茨木でやってきたことを、今度は最初から組織でやる。
以前のように博之自身が街を歩き回る必要はない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな頃。
意外なところから追い風が吹いた。
博之が、自分のYouTubeで老人ホームへの訪問ネイルと美容について話したのである。
「最近な、老人ホーム行ってネイルとかカットやってんねん」
軽い雑談のつもりだった。
ネイルサロンの客が増えた。
美容院も増えた。
そこで、店へ来られない高齢者のところへ行けばいいんじゃないかと考えた。
営業のおじさんまで雇った。
「儲かるかいうたら、そんな儲からへんで」
動画の中で博之は笑った。
「でも、おばあちゃん喜ぶし、ネイリストとか美容師にも仕事渡せるし、
営業のおっちゃんにも月十万ずつ払える。ほな、それでええやん」
その動画が、思ったより見られた。
『こういうのいいですね』
『母の施設にも来てほしい』
『祖母が外出できないので助かりそう』
『高槻でもやってください』
コメントが増える。
他の動画も見られる。
気がつけば、チャンネル登録者は一万五千人を超えていた。
「増えたなあ」
「介護の動画から来てる人、結構いますよ」
「俺、介護系YouTuberになるん?」
「ならないでください」
さらに店への問い合わせも増えた。
「母が施設に入ってるんですけど、そこにも来てもらえますか?」
「父のカットって相談できます?」
「自分はネイルサロン普通に予約したいんですけど」
面白いのは、介護施設本人だけではなかった。
利用者の娘や息子。
孫。
施設職員。
ケアマネ経由。
今までとは少し違う層が、店の存在を知り始めた。
「これ、広告代払ってへんのに広がってるやん」
「オーナーがYouTubeでずっと喋ってるからでしょ」
「十五年ぐらい動画上げてきて、ようやく地域広告になったな」
「長すぎます」
訪問ネイルや美容そのものの利益は、それほど大きくない。
だが、
施設へ行く。
家族が知る。
職員が知る。
YouTubeで話す。
店を調べる。
Googleレビューを見る。
そこからまた来店客が増える。
「これ、直接の売上だけ見たらあかんな」
博之もようやく実感し始めていた。
「地域で、なんかやってる店として覚えてもらう方が大きいかもしれん」
「いいことしてるみたいですね」
「みたいじゃなくて、ちょっとはしてるやろ」
「下心もありますけど」
「そらあるわ」
全員が笑った。
・・・・・・・・・・・・・・
そして高槻。
新しく組んだ二人のおじさんが、少しずつ街を回り始める。
「老人ホーム、今日は七軒」
「反応は?」
「二軒資料置き。一軒、来月また連絡ください」
「ええやん」
「あと元スナック一軒ありました」
「家賃?」
「七万ぐらい」
「写真送って」
さらに別の日。
「ネイルに使えそうな二階の小箱ありましたよ」
「いくら?」
「八万五千」
「高いな。保留」
茨木で作った仕組みが、そのまま高槻へ伸び始めていた。
ただし、急いで契約はしない。
「まずローラーや」
介護施設。
人。
客。
物件。
反応。
それを集める。
箱を作るのは、その後。
「高槻で一人でも二人でも客できたら、そっからやな」
博之は地図の茨木の横に、高槻を丸で囲んだ。
茨木で根を張った。
次は、その根を一本だけ隣町へ伸ばす。
大きく攻める必要はない。
まず一本。
そこからまた、じんわり広げればいい。
「梅田は?」
「行かへん」
「即答ですね」
「高槻で十分や」
二〇二九年。
博之の小さな経済圏は、ようやく茨木の外へ動き始めていた。




