~2026年11月末。自己破産手続き完了。転居可能となり鎖が外れる。仕事を辞めた後を考え出す。
二〇二六年十一月。
博之のカレー屋兼スナックは、土日だけの営業ながら、少しずつ形になっていた。
昼は五食限定のカレー。
夜は、酒を飲みながら広之とだらだら話す、小さなスナック。
さらに、月に二回ほど、知り合いの女性たちに一日店長を任せる。
十月に試したこの営業方法は、十一月に入っても大きく崩れることはなかった。
女性たちは、それぞれ自分の知り合いに声をかけてくれた。
普段は博之の動画や小説を知らない客も店に来る。
一日店長が客と話し、博之は酒や氷を用意し、会計や洗い物を担当する。
博之だけで営業する日とは、店の雰囲気も客層も違った。
「月に一回ぐらいやったら、またやってもええで」
「ほんまに? じゃあ来月も頼むわ」
無理に回数を増やすつもりはなかった。
毎週頼めば、女性側も疲れる。
呼べる客にも限りがある。
月に一回ずつ、二人の女性に店長をしてもらう。
それぐらいの頻度が、ちょうどよかった。
通常の土日営業と、一日店長の日。
それらを合わせると、月の売上は、おおむね四十万円前後に落ち着きそうだった。
もちろん、そのうち利益として残る金額は限られている。
一日店長への報酬。
酒やカレーの仕入れ。
家賃、光熱費、消耗品。
税金や営業に必要な費用も、今後は考えなければならない。
それでも、土日しか開けていない店で、毎月四十万円ほどの売上が立つ。
博之にとっては、その事実が大きかった。
「少なくとも、客が誰も来ん店ではないな」
開店前には、一日二人か三人来れば十分だと思っていた。
実際には、カレーを食べたあとも客は残り、博之との会話に金を払ってくれた。
一日店長を呼べば、女性の知り合いも来てくれる。
自分一人の発信力だけでなく、他人の人間関係も組み合わせれば、
店はもう少し広げられるかもしれない。
そこで博之は、平日営業について考え始めた。
今は会社員であるため、平日の昼間は店に立てない。
体調を考えても、仕事が終わったあと、毎晩自分で営業するのは現実的ではなかった。
しかし、女性を二人ほど雇い、平日の夜だけ店を開けることはできるかもしれない。
一日店長のような特別営業ではなく、普段から店に立てる人を育てる。
博之は知り合いの女性の一人に声をかけた。
「ちょっと店の仕事、覚えてみいひん?」
「普通に働くってこと?」
「いきなり一人で任せるとかやないで。酒の場所とか、料金の取り方とか、掃除とか、下準備からやな」
女性は少し考えたあと、やってみてもいいと答えた。
十一月の後半から、博之は営業前の準備を少しずつ教え始めた。
冷蔵庫の中身を確認する。
氷を補充する。
グラスを並べる。
カウンターを拭く。
客が来たら、最初に料金体系を説明する。
延長する場合は、曖昧にせず時間を確認する。
酒を出すだけなら難しくない。
しかし、客との距離感や、酔った人への対応、会計の管理まで含めると、
覚えることは意外に多かった。
「この人は二時間ぐらいおるけど、途中でちゃんと延長聞いてな」
「勝手に延長つけたらあかんの?」
「それやったら揉めるから、一回確認した方がええ」
博之は、自分でも驚くほど細かく説明していた。
会社では、人に仕事を教える機会など、ほとんどなかった。
それでも自分の店となると、失敗しそうな箇所が次々と見えた。
女性が慣れてくれば、平日の夜を任せる。
相談の予約が入った日だけは、博之も会社帰りに店へ寄り、客の話を聞く。
毎日自分が立たなくても、売上を作れる形にする。
「平日の夜に、一日一万でも立ったら大きいな」
週に二日か三日。
一日一万円なら、月に十万円前後を上乗せできる。
土日の四十万円と合わせれば、月商五十万円。
それはまだ、売上ベースの数字にすぎない。
だが、最悪でも自分一人が食べていくぐらいなら、何とかなるのではないか。
博之は、次第にそう考えるようになった。
そして十一月末日。
博之にとって、もう一つ大きな出来事があった。
自己破産の手続きが完了したのである。
長かった。
弁護士との面談。
収支の報告。
レシートの整理。
裁判所への書類提出。
金の使い方を細かく確認され、自由にできないことも多かった。
破産手続き中は、住居を移すにも制約があった。
会社を辞めれば、今住んでいる社宅も出なければならない。
しかし、勝手に新しい部屋を契約することも難しい。
だから、店が少し軌道に乗っても、すぐに仕事を辞めるという決断はできなかった。
その鎖が、ようやく外れた。
「これで、引っ越しもできるんやな」
博之は自宅の六畳間を見回した。
会社を辞めれば、この社宅には住めない。
だが、茨木市内なら、三万円ほどの古いワンルームも探せる。
広い部屋はいらない。
風呂とトイレがあり、寝られればいい。
今ある家具や荷物を移し、店の近くに根を張る。
十二月中に部屋を契約する。
しばらくは、新しいワンルームを寝床兼荷物置きにして、店の営業を続ける。
その間に、平日夜の営業を試し、女性にも店を任せられるようにする。
YouTubeの配信や小説も、会社の制約を気にせず続けていく。
「土日だけで四十万あるんやったら、一回勝負してもええんちゃうか」
甘い見積もりであることは分かっていた。
十一月がよかったからといって、十二月も同じ売上になるとは限らない。
一日店長の客が、毎月来る保証もない。
体調を崩せば、店を開けられない日も出てくる。
それでも、会社に残り続けることにも、別の危険があった。
十一回休職し、何度復職しても、博之の立場は変わらなかった。
資格を取っても、仕事を増やしてもらえるわけではない。
給料も評価も低いまま、会社の外での活動まで制限される。
安全そうに見えて、少しずつ自分が削られていく。
それなら、四十万円の売上が立つ小さな店に、人生の重心を移す方がいいのではないか。
十一月三十日の夜。
博之は店のカウンターに座り、売上表と不動産情報を交互に見ていた。
家賃三万円台のワンルーム。
店の月商四十万円。
平日夜を加えた場合の想定月商五十万円。
数字だけを見れば、まだ心細い。
それでも、半年前には何もなかった。
空きスナックの話を聞き、四十万円だけを握って店を始めた。
そこから二か月半で、会社を辞める可能性を考えられるところまで来た。
「十二月で決めるか」
博之は小さくつぶやいた。
自己破産という過去の清算が終わり、住む場所を選ぶ自由が戻った日。
それは同時に、十七年以上続けた会社員生活から抜け出す準備を、本格的に始めた日でもあった。
二〇二六年十一月末日。
博之は初めて、会社を辞めたあとの住まいと働き方を、具体的な数字で考え始めたのだった。




