~2026年10月末。土日だけでも、飯ぐらいは食えるかもしれない
二〇二六年十月。
九月の三週間をどうにか赤字にせず終えた博之は、土日営業を続けながら、客の動きと
売上を細かく記録していた。
昼に用意するカレーは、一日五食限定。
最初は五食でも多いのではないかと思っていたが、実際に営業してみると、
一食だけ余るか、すべて売り切れるかという日が続いた。
「十食作ったら余る。五食やったら、だいたい読めるな」
大量に仕込む必要はない。
食材を無駄にすることも少なく、体調が悪い日でも、五食なら何とか準備できる。
博之の店に来る客は、カレーを食べるだけでは帰らなかった。
食後にコーヒーやソフトドリンクを飲みながら、会社の愚痴や家族の話、将来への不安を話し始める。
最初の三十分ほどはカレー代に含めていたが、それ以上店に残って広之と話す客には、
一時間千円のチャージを取ることにした。
「カレー食べたあと、まだ喋るんやったら一時間千円です」
「ええよ。普通のスナック行くより全然安いやん」
客たちはそう言って、そのままカウンターに残った。
店にいるのは、若くて愛想のいい女性ではない。
四十二歳のメンヘラオジサンである。
それでも、会社でうまくいっていない者や、友人が少ない者にとっては、
気を遣わずにだらだら話せる場所そのものに価値があった。
回転率は悪い。
一人の客が二時間、三時間と居座ることもある。
しかし、滞在時間に応じてチャージが入るため、無理に客を追い出す必要もなかった。
カレー代、飲み物代、会話のチャージ。
それらを合わせると、昼営業だけで一日一万円前後の売上が立つ日も珍しくなくなった。
「五食しか作ってへんのに、一万円いくんやな」
これは博之にとって、一つの発見だった。
料理だけで稼ぐのではない。
自分と話す時間にも、少額ながら値段がついている。
YouTubeや小説を通じて博之を知った客にとって、店は動画の中にいた
メンヘラおじさんと直接話せる場所でもあった。
夜は、土曜日を中心にスナック営業を行った。
基本料金は一時間三千円。
ドリンクを二杯つけ、それ以降も残る場合は追加のチャージをもらう。
一般的なスナックやバーよりも安く、客も一時間できっちり帰ることは少なかった。
「もう一時間おるわ」
「どうぞ。別に大した話はできませんけど」
「それがええねん。気を遣わんでええから」
広之もカウンターの中で酒を飲みながら、客とだらだら話した。
派手な接客はない。
カラオケで盛り上げるわけでもない。
ただ、社会にうまく適応できなかった中年同士が集まり、会社や金や孤独について話している。
そんな奇妙な店だった。
さらに博之は、少しだけコンカフェやスナックらしい仕掛けも取り入れた。
棚には獺祭の磨き二割三分、百八十ミリ瓶を置いた。
もう一つ、祝い事用としてカフェ・ド・パリも用意した。
普段の安い酒とは違う、いわゆる抜き物である。
「誰がこんなん入れるんやろな」
そう思いながら置いたのだが、きっかけは博之の知り合いの女性二人だった。
二人とも夜の店で働いた経験があり、博之が店を始めたことを知ると、興味を示した。
「一日店長みたいなん、やってみたいわ」
「客、自分で呼んでくれるんやったらええで」
「何人か声かけてみる」
十月二週目の日曜日。
最初の一日店長を任せることになった。
女性はかつてキャバクラで働いており、当日は知り合いの客を何人も連れてきた。
博之は店主ではあるものの、その日はサブに回った。
酒や氷を用意し、洗い物をし、料金を計算する。
女性が客と話し、博之が時々会話に加わる。
「店長というより、今日は黒服やな」
「博之さん、それぐらいがちょうどええやん」
いつものメンヘラオジサンの店とは違い、店内には笑い声が響いた。
獺祭やカフェ・ド・パリも注文され、客同士がさらに別の客を呼んだ。
営業時間を延長し、入れ替わりながら何組も訪れた結果、その一日を中心とした半月の売上は、
関連する予約や追加注文も含めて二十万円近くまで伸びた。
もちろん、そのすべてが博之の利益になるわけではない。
一日店長を務めた女性には、十分な取り分を渡さなければならない。
酒の仕入れもある。
それでも、自分一人では作れなかった売上だった。
「人に店を任せるいうやり方もあるんやな」
博之は初めて、店を自分だけの労働で回すのではなく、人の発信力や
人間関係を借りて広げる方法を意識した。
その後、もう一人の女性にも一日店長を頼んだ。
そちらも自分の知り合いを呼び、普段とは違う客層が店に集まった。
結果として、十月の売上は約四十万円まで伸びた。
人件費、酒代、食材費、家賃、光熱費。
細かな収益の計算は、月末に改めて行う必要がある。
売上が四十万円あっても、利益が四十万円残るわけではない。
広之にも、その程度のことは分かっていた。
しかし、土日しか営業していない店で、四十万円の売上が立った。
しかも、始めてまだ二か月目である。
博之は閉店後のカウンターで、一人、売上を書いたルーズリーフを眺めた。
「これ、もしかしたらやっていけるんちゃうか」
会社員を辞めてすぐに、今と同じ生活ができるとは思っていない。
毎月同じだけ客が来る保証もない。
一日店長の企画が、何度も成功するとも限らない。
それでも、最悪、自分一人が飯を食うぐらいなら、この店と発信活動を
組み合わせれば何とかなるかもしれない。
会社では何年働いても、自分の可能性が広がっている感覚はなかった。
だが、この古い六席の店では、客が一人増えるたびに、新しい商売の形が見えてきた。
二〇二六年十月末。
博之は初めて、会社の外だけで生きていく未来を、ただの妄想ではなく、
現実の選択肢として考え始めたのだった。




