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2029年6月。数字計上ミス発覚。実店舗は赤ではないレベルで新店も堅調。

 二〇二九年六月。

「……あれ?」

 博之は、自宅のパソコンでExcelを眺めながら首をかしげた。

「なんか数字おかしない?」

 六月は、スナック四号店と美容院二号店がオープンした月だった。

 どちらも華々しいスタート、とはならなかった。

 スナック四号店はほぼ収支トントン。

 細かく経費まで入れれば、やや赤字。

 美容院二号店も似たようなものだった。

「まあ初月やし、こんなもんやろ」

 そう思っていたのだが、それとは別に、全体の数字がおかしかった。

 税理士に確認してもらいながら遡ってみると、原因が分かった。

「スナック一軒、多重計上してるやん」

「何か月も?」

「……してるな」

 自分で作った管理用Excelの式を途中で間違え、同じ店舗の数字を数か月にわたって余計に

 足していた。

「うわあ」

 博之は頭を抱えた。

 帳簿そのものとは別の、自分が経営を見るために作った資料ではあった。

 それでも、今まで「これぐらい残ってる」と思っていた数字が違っていたことには変わりない。

「ほな一回、五百万マイナスしとこ」

「五百万!?」

「数か月分の修正。しゃあない」

 店長たちが驚く横で、博之は自分のExcelを直した。

「こういうことやるから、もう俺が全部数字触ったらあかんのやろな」

「税理士さんにも言われてましたよね」

「株式会社にして、事務とかちゃんと任せろって?」

「はい」

「耳が痛い」

 事業そのものが五百万円損したわけではない。

 数字の見方を間違えていただけだ。

 それでも、店舗が増え、人が増え、仕事の種類が増えれば、こうしたポカも増える。

「もう俺一人で管理できる規模ちゃうんかもなあ」

 そんなことを考えながらも、実際の営業は大きく崩れてはいなかった。

 問題は、新しく開けた二店舗だった。

「四号店、思ったより伸びませんね」

「まあな」

 阪急茨木市側のスナック四号店。

 既存三店舗があるから、もう少し最初から客が入るかとも思っていた。

 だが、現実はそこまで甘くない。

「まだ昼営業もしてへんしな」

 夜の常連を一人ずつ増やしている段階。

 無理に値下げして埋める気もない。

「Googleの口コミとか、ゆっくり貯めていったらええ」

 美容院二号店も同じだった。

 一号店が混雑しているからといって、その客を強制的に二号店へ移すことはしなかった。

「二号店空いてますけど、どうですか?」

 と、新規問い合わせが来た時に案内する程度。

「客を半分こしたら、一瞬で黒字にはできるけどな」

「やらないんです?」

「それやったら二号店が育ったんか、一号店を薄めただけなんか分からへんやろ」

 二号店には二号店の客をつける。

 少し時間はかかる。

 だから六月が赤字でも、博之としては許容範囲だった。

「半年赤字やったら考えるけど、一か月で慌ててもしゃあない」

 Googleレビュー。

 紹介。

 ネイルからの送客。

 訪問美容でできたつながり。

 そういったものを、少しずつ積み上げる。

 一方で、外回りのおじさんたちは今月も動いていた。

「オーナー、また二施設いけそうです」

「ほんま?」

「ネイル一つと、美容も相談したいところ一つ」

「ええやん」

 これで、訪問営業から話が進んだ施設は少しずつ増えてきた。

 ただし収支だけを見れば、まだ黒字ではない。

「訪問部、今どれぐらい?」

「営業のお二人の給料まで入れたら、まだ二十四万ぐらいマイナスです」

「まだマイナスか」

「やめます?」

「なんでやねん」

 博之は即答した。

「ゼロに近づいてきてるんやろ?」

「まあ、それは」

「ほなええやん」

 営業のおじさん二人には、週二勤務で月十万円ずつ。

 そこにネイリストや美容師の仕事も発生している。

 施設からは次の予約の相談も来ている。

「この二十四万がゼロになったら、営業のおっちゃん二人の食い口が、

 この事業だけでできたいうことやろ」

「オーナー、ほんまそれ好きですね」

「何が?」

「利益より、仕事が回ってるか見るやつ」

「でも長続きするで」

 博之は笑った。

「利益ゼロはさすがに困る。でも、全部払って、最後ちょっと残る。それぐらいでええねん」

 一人に無理をさせない。

 店にも無理をさせない。

 自分自身にも無理をさせない。

「じんわりや」

「じんわり?」

「じんわり増えて、じんわり儲かったらええ」

「梅田行かないんです?」

「絶対行かん」

「まだ言うてる」

「家賃高い、人件費高い、競争激しい。なんでわざわざ殴られに行かなあかんねん」

 茨木。

 高槻。

 吹田。

 博之が狙うのは、あくまで郊外の街だった。

 六月末。

 スナック四軒。

 ネイル二軒。

 美容院二軒。

 訪問美容と訪問ネイル。

 清掃部。

 外回り部。

 数字のミスもあった。

 新店は赤字だった。

 それでも、全体としては前へ進んでいる。

「茨木はこれで一回ええやろ」

 博之は地図を眺めた。

 次は高槻か。

 それとも吹田か。

 まだ決めない。

 ただ、アンテナだけは張っておく。

「無理せんといこ」

 二〇二九年六月。

 博之は一度足元を確認しながら、ゆっくりと茨木の外へ目を向け始めていた。

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