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2029年4月。外回りのおっちゃんを雇おう。老人ホームへネイルと美容院の訪問営業。情報収集も兼ねる

 二〇二九年四月。

「美容院、そろそろパンパンやな」

 博之は、店長たちから上がってきた数字を眺めながら言った。

 ネイルサロン二店舗も順調に客が増えている。

 美容院については毎日店を開け、複数の美容師でシェアしながら何とか回しているものの、

 そろそろ物理的な限界も見えてきた。

「また美容院作ります?」

「いや、それなんよ」

 もう一店舗美容院を作るなら、居抜きでも百五十万円程度は見ておきたい。

 ネイルなら比較的安いが、それでも箱を借りれば家賃は毎月発生する。

「店増やす以外にも、客取る方法あるんちゃうかなって」

「訪問ですか?」

「そう。老人ホームとか」

 ネイルなら店舗より単価は下がる。

 だが、五人、十人とまとめて施術できる。

 美容についても、条件に合う利用者なら訪問カットができる。

「ネイル十人なら一人三千円とか。五人なら四千円とかでやってみる」

「普段八千円ですもんね」

「商品が違うからな。ケア中心でええやろ」

 利用者には楽しんでもらう。

 ネイリストには接客や会話の経験を積んでもらう。

 施設との関係もできる。

 さらに家族や職員へ店の名前が広がれば、宣伝にもなる。

「練習台いうたら失礼やけどな」

「めっちゃ失礼です」

「せやから言わへんよ。俺らの中だけや」

 経験が浅いとはいえ、最低限施術できる人を二人で派遣する。

 先輩と組ませてもいい。

「でも老人ホームって、もう美容業者決まってるんちゃいます?」

「たぶんな」

「じゃあ無理では?」

「そこを奪いに行くんちゃう」

 博之は首を振った。

「月一回しか来てへんかったら、別の日に入れてくださいって言えばええやん。ネイルだけでもええし」

「二社使ってもらう?」

「そうそう。掴み取りや」

 既存業者を追い出す必要はない。

 空いている日。

 既存業者では拾えていない需要。

 そこへ入ればいい。

「問題は誰が営業するかやな」

「オーナーが行くんじゃないんです?」

「嫌や」

「即答ですね」

「俺が茨木と高槻の老人ホーム全部回ってたら、他の仕事できへんやろ」

 そこで博之が考えたのが、外回り専門の仕事だった。

「うちの客のおっちゃんで、仕事ちょっと暇やって人おるやん」

「いますね」

「二人ぐらい雇おうと思ってる」

 週二日。

 一人月十万円。

 二人で月二十万円。

 年間なら二百四十万円。

「結構払いますね」

「まあな。でも営業だけさせるわけちゃう」

 茨木、高槻の介護施設をローラーする。

 訪問ネイルと訪問美容のチラシを置く。

 担当者と話す。

 断られた理由を聞く。

 興味がありそうなら次の約束を取る。

 そして帰り道には、不動産屋や空き店舗も見る。

「ネイルの箱、美容院の居抜き、スナックの箱。この辺の情報も拾ってきて」

「不動産屋じゃないですよ?」

「見つけてくるだけでええねん」

 さらに客との雑談で、

「昔何してたんですか?」

 と聞いてもらう。

 料理。

 小売。

 清掃。

 営業。

 何か商売に使えそうな経験があれば、博之へ持って帰る。

「外回り兼、地域の情報収集やな」

「ノルマは?」

「なし」

「契約ゼロでも?」

「ちゃんと回ってたらええよ」

 日報だけは書いてもらう。

 今日は何軒行った。

 誰と話した。

 何を言われた。

 価格が高いと言われた。

 ネイルには興味があった。

 美容業者はすでにいる。

「それ持って帰ってくれたら、次どうするか俺らで考える」

「なんか営業というより市場調査ですね」

「それでもええやろ」

 もちろん、完全にサボるのは困る。

 だが、一日で契約何件取れという話でもない。

「昼飯どうするんです?」

「うちのスナック寄ったらええやん」

「営業中に?」

「昼や。カレーでも何でも出すわ。タダでええ」

「めっちゃ緩い会社ですね」

「会社ちゃうねん、まだ」

 そんな話を三軒のスナックでしていると、意外なところから手が上がった。

「俺、それやろかな」

 六十手前の常連だった。

「ほんま?」

「今、仕事ちょっと抑えてるんよ。週二ぐらいやったらちょうどええわ」

「営業できる?」

「昔ちょっと人回りしてたから、知らん人と喋るのは別に嫌いやない」

「ほな候補やな」

 さらに別の日。

 三十代の常連が言った。

「俺もやりたいっす」

「お前、今仕事ないん?」

「ちょっと切れてます」

「仕事ないのにスナック来てる場合かい」

「いや、家おったら寂しすぎて」

「知らんがな」

 店内が笑いに包まれた。

「でも週二で十万なら、めっちゃ助かります」

「ちゃんと回れる?」

「やりますよ」

「ノルマないけど、日報は書いてな」

「それぐらいなら」

 博之は二人を見ながら少し考えた。

 二百四十万円。

 安い金ではない。

 だが手元資金は一千万円ほどある。

 仮に一年やって訪問事業が大して儲からなくても、その間に二人の仕事ができる。

 ネイリストと美容師にも仕事が回る。

 施設との関係もできる。

 物件情報も拾える。

「収支トントンでええねん」

「オーナー、儲けなくていいんです?」

「そこまで儲けんでもええ」

 ネイルと美容で少し利益が出る。

 そこから営業のおっちゃんに金が流れる。

 その金でまた本人たちが機嫌よく飯を食い、酒を飲む。

「それで地域で、あそこ老人ホームまでネイルしに来てくれるでって噂になったら、それも利益やろ」

「下心あるじゃないですか」

「ゼロなわけないやろ」

 博之は笑った。

 新しい箱を一つ作るより安い。

 失敗したらやめればいい。

 外回りが合わなければ、清掃や別の仕事へ回ってもらえばいい。

「まず三か月ぐらいやってみよか」

 老人ホームを回る。

 話を聞く。

 断られる。

 修正する。

 また回る。

 二〇二九年四月。

 博之の小さな事業群に、初めて「外へ仕事を探しに行くおっちゃんたち」が加わろうとしていた。

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