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2029年3月。 足場を固める三月。色々話は入ってくるが取捨選択。清掃やってたオジサンだけリーダーとして入れる。

 二〇二九年三月。

 博之の周りには、少しずついろんな話が集まるようになっていた。

「高槻で小さいネイルの箱、空くらしいですよ」

「たこ焼き屋やってたことあります」

「俺、昔チェーンの弁当屋おったで」

「清掃なら、俺も本格的にやってましたよ」

 人が増えれば、情報も増える。

 以前なら自分でネットを見て、不動産屋へ行き、何をするか一人で考えていた。

 今は逆だった。

 向こうから話が来る。

「ありがたいけど、一回落ち着こ」

 博之はそう言った。

「今、何でもかんでも手出したら絶対ぐちゃぐちゃになる」

 ネイルサロンは一号店、二号店ともに人が増えていた。

 二号店を作ったことで客を分散できたとはいえ、予約そのものが伸びている。

 美容院も二百人を超え始めた。

「美容はもう週七で回そ」

「定休日なしですか?」

「店はな。人は休んで」

 美容師を七日働かせるという話ではない。

 複数の女性が曜日を分けて入る。

 箱を毎日動かす。

「その代わり清掃は絶対入れる」

 営業日を増やせば、当然汚れる。

 だから日常清掃と定期的な専門清掃には、きちんと金をかける。

「古いのはええ。汚いのはあかん」

「最近そればっかり言ってますね」

「大事やからな」

 一方、スナック四号店については、阪急茨木市側で一つ候補が出ていた。

 これまでより少し広い。

 家賃八万円ほど。

「八万か」

「今までより大きいですね」

「人いるなあ」

 箱が広ければ、席も増える。

 席が増えれば、スタッフもいる。

 今までのように六席程度を二人で回す感覚では難しい。

「物件は悪くない。でも人増やすの先やな」

 採用については、スナック統括にも少しずつ任せていく。

 博之が全部の面接を最初から最後までやる時代でもなくなってきていた。

 そして高槻。

 ネイル向けの小箱があるという話も入ってきた。

「それは一回止めよ」

「見にも行かないんです?」

「今はええ」

 二号店にはまだ余裕がある。

 人も増えている。

 茨木の二店舗をしっかり埋める方が先だった。

「高槻は逃げへんやろ。たぶん」

「物件は逃げますよ」

「その時は縁なかったいうことで」

 拡大できるからといって、必ず拡大する必要はない。

 その判断が、以前よりできるようになっていた。

 そんな中、スナックの常連から意外な話が出た。

「俺、昔清掃業ちゃんとやってたんですよ」

「ほんま?」

「機械も薬剤も触ってましたよ」

 博之は少し考えた。

「ほな、清掃部見てもらえへん?」

「掃除するんですか?」

「それも多少やってもらうけど、どっちかいうたら教える方」

 今の日常清掃は、四人ほどのおじさんに仕事を分けている。

 だが全員が専門家ではない。

 掃除機をかける。

 床を拭く。

 トイレを掃除する。

 そこまではできる。

 しかし、どの薬剤をどこに使うのか。

 どの程度まで日常清掃でやるのか。

 どこから先を専門業者に渡すのか。

 その線引きは曖昧だった。

「月五万出すわ」

「そんなもらっていいんです?」

「本業あるやろ? 空いた時に入って、シフト見たり、やり方教えたりして」

 清掃部にも、初めてリーダーができた。

「なんか清掃まで組織っぽくなってきたな」

「オーナーが作ってるんでしょう」

「勝手に育ってんねん」

 さらに、客からは飲食の話も出ていた。

「俺、たこ焼き屋やってましたよ」

「私は昔、弁当チェーン」

「弁当かあ」

 一瞬、博之も考えた。

 関係者は増えている。

 毎日何十人かがどこかで働いている。

 内部向けに飯を作れば、ある程度の需要はあるかもしれない。

「でも今やるか言われたら、やらんな」

「なんで?」

「設備いるやん」

 調理場。

 冷蔵庫。

 許可。

 人。

 仕入れ。

 廃棄。

「しかもスーパー行ったら惣菜五百円で売ってんねんぞ」

 価格で勝つのは簡単ではない。

 フランチャイズなら仕組みはある。

 だが、本部の意向に従う必要も出る。

「俺、人から指図されるために会社辞めたんちゃうからな」

「そこですか」

「大事や」

 もし将来、食をやるなら。

 まず自分たちの店舗で働く人への食事。

 そこから周辺への販売。

 内部需要を固めてから外へ出す。

「介護食とか宅食なら、また話変わるかもしれんけどな」

「オーナー作れるんです?」

「俺が作ったら唐揚げと焼きそばとカレーしか出てこん」

「ジャンキーですね」

「せやから俺に考えさせたらあかん」

 結局、飲食の新規事業は一旦保留になった。

 今うまくいっているのは、ネイル。

 美容。

 そしてスナック。

「勝ってるところ伸ばそ」

 博之はそう決めた。

 新しい話が来る。

 面白そうに見える。

 だが、全部拾う必要はない。

 四号スナックの準備。

 ネイル二店舗の安定。

 美容院の七日営業。

 清掃部の強化。

 まずはそこ。

「三月は攻める月ちゃうな」

「何の月です?」

「足場固め」

 二〇二九年三月。

 博之のところには、店の話も、人の話も、仕事の話も次々入ってきていた。

 だからこそ。

 今月はあえて、増やしすぎない。

 次に外へ出るために、まず茨木の足元を固める。

 それが一番大事だった。

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