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2029年2月。ネイルサロン2号店。1号店の客を分け分けして無事黒字。清掃に金をかける

 二〇二九年二月。

「ネイル二号店、なんとか立ち上がりました」

 統括から報告を受けて、博之はほっと息を吐いた。

「客どれぐらい?」

「今のところ七十人ぐらいです」

「黒字?」

「一応、黒です」

「ほな、まずはええか」

 もっとも、博之自身は浮かれてはいなかった。

「七十人いうても、一号店の客を分けただけやからな」

「それはそうですね」

「新規七十人取ったわけちゃうから、成功した成功した言うてたらあかん」

 二百人を超えていた一号店の予約を二号店へ振り分けた結果である。

 それでも、一号店の混雑は少し解消された。

 二号店にも客が入り、ネイリストの仕事も増えた。

「まあ、順調ではある。ゆっくり新規増やしていこ」

 ところが、一つ問題を解決すると、別の問題が出てくる。

「オーナー、美容院どうします?」

「何が?」

「もう百九十人ぐらいです」

「そんな来てんの?」

「予約かなりきついですよ」

 今度は美容院だった。

 二席だけの小さな居抜き店舗。

 固定店舗にしてから客が増え続け、月百九十人ほど。

「もう一軒、美容院作りません?」

「無理無理」

 博之は即答した。

「美容院、百五十万ぐらいかかるやん」

「ネイルみたいに五十万では無理ですもんね」

「そう。そんな毎月箱作ってたら金なくなるわ」

 とはいえ、何もしないわけにもいかない。

「今、美容院って週五やったよな?」

「はい」

「週七にしよ」

「毎日?」

「店を毎日開ける。人は休む」

 美容師を週七日働かせるわけではない。

 四人ほどいる美容師が曜日を分けて入る。

「店に休みはいらん。人が休んだらええねん」

「ああ、シェアリングですね」

「そうそう。ネイルも同じ」

 一人が週五日働くのではなく、複数人が仕事を分ける。

 箱そのものは七日動かす。

「その代わり、問題出るで」

「清掃?」

「そう」

 営業日を増やせば、髪も落ちる。

 タオルも増える。

 トイレも汚れる。

 ネイルも粉や消耗品が増える。

「女の子らに営業終わってから全部掃除せえいうの、俺嫌やねん」

「じゃあ清掃増やすんです?」

「増やす」

 博之はすでに概算を出していた。

 スナック三軒。

 ネイル二軒。

 美容院一軒。

 六拠点。

 日常清掃については、常連のおじさんたちへ切り出して仕事として渡す。

 年間、およそ二百四十万円。

 さらに三か月に一度、専門的な清掃を入れる。

 こちらがおよそ年間百二十万円。

「合わせて三百六十万」

「清掃だけで?」

「そう」

「月三十万ですよ」

「ええねん」

 博之は即答した。

「そこは絶対削らへん」

「珍しく強いですね」

「珍しく言うな」

 建物が古いことは仕方がない。

 家賃を抑えるために、少し年季の入った箱を使うのも構わない。

 しかし、

「古い店と汚い店は違うねん」

「オーナー、前に小汚い店とか言ってましたよね」

「小汚い箱を綺麗に使うんや」

「自分の店に小汚い言わんといてください」

 店長たちが笑った。

「薬剤はちゃんとしたもん使う。料金もちゃんともらう。技術もちゃんとする。

 ほな衛生だけケチってどうすんねん」

 そこには金を使う。

 その代わり、日常清掃は仕事として人に渡す。

「清掃のおっちゃん、今何人です?」

「四人に増やす」

 仕事が少ない常連。

 本業を辞めた人。

 週五日は無理でも、一日二時間なら働ける人。

 そういう人に、

 掃除機。

 床。

 トイレ。

 ゴミ。

 備品補充。

 簡単な買い出し。

 を振り分ける。

「月二十万ぐらいの仕事を四人で分ける」

「一人五万ぐらい」

「そんな感じ。生活全部は無理でも足しにはなるやろ」

 三か月に一回の本格清掃は、これまで通り専門技能を持つ常連へ。

「清掃だけで年間三百六十万かあ」

「店六個あるし、七日動かすならそれぐらい要るやろ」

「オーナー、本当にそこは惜しまないですね」

「俺、汚い店嫌いやもん」

 その結果、美容院についてはすぐ二号店を作らず、まず営業時間を増やすことで耐える。

「二席で週七回したら、二百四十人ぐらいまではいけるやろ」

「たぶん」

「ほな、まだ五十人余裕ある」

「その五十人が一気に来たら?」

「そんな化け物みたいに客持ってくる美容師が突然加入せん限り大丈夫や」

 ネイルについても同じだった。

 一号店と二号店を合わせれば、かなり余力がある。

「二号店三席あるから、茨木だけで三百六十人ぐらいまでは分けられるやろ」

「でも最近増え方早いですよ」

「それは油断したらあかん」

 博之もそこは認めた。

「ええネイリストおったら採用する。美容師も同じ。まず何回か入ってもらって、合えば仕事振る」

「客持ってない人でも?」

「むしろそういう子がうち向きやろ」

 技術はある。

 資格もある。

 でも、自分で百人集客するほどではない。

 そんな人に、すでにある客を分ける。

「自分で客全部持てる子は独立したらええ。そうじゃない子は、うちで分け分けしたらええねん」

 箱も。

 客も。

 仕事も。

 掃除まで。

 一人に全部背負わせない。

「なんか全部シェアですね」

「俺自身がフルタイム向いてへんからな」

 二〇二九年二月。

 博之は新しい箱を急いで増やす代わりに、今ある六つの箱を、より長く、より綺麗に、

 より多くの人で回すことを選んだ。

 月三十万円の清掃費。

 決して安くはない。

 それでも博之にとっては、

「店を七日動かすための金やなくて、人を無理させへんための金や」

 という位置づけだった。

 次の箱を出すのは、その余白まで埋まってからでいい。

 今はまず、目の前の店を綺麗に回す。

 それで十分だった。

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