2028年10月。美容院の箱が決まる。頭の中にあったもやもやがスッキリする。初期費用150万計上
二〇二八年十月。
「……これ、いけるんちゃう?」
博之は、JR茨木と阪急茨木市のちょうど間ぐらいにある、小さな美容室の居抜きを見ながら言った。
席は二つ。
シャンプー台も残っている。
多少、古い。
そして、多少どころではなく、ところどころ汚い。
「まあ、綺麗ではないですね」
一緒に見に来た美容担当の女性が、かなり正直に言った。
「そこは清掃やな」
「また清掃部?」
「清掃部と、いつもの専門のおっちゃん。両方投入したら何とかなるやろ」
家賃は月十万円。
駅前一等地というほどではないが、JR茨木からも阪急茨木市からも動ける場所だった。
博之にとっては、むしろ都合がいい。
「で、初期費用どれぐらい見たらええ?」
「細かい備品とか、薬剤とか、壊れてるところ直したりしたら結構いきますよ」
「百五十万あれば何とかなる?」
「かなり居抜き残ってるし、それぐらいあればいけるんちゃいます?」
「ほな、やるか」
「え?」
「やろ」
「決めるん早っ」
博之は、その場でかなり前向きに話を進めた。
もともと美容のシェア営業は、月百人を超えるところまで来ていた。
売上も九十万円台。
美容師も四人ほどいる。
ゼロから美容室を作って、そこから客を探すわけではない。
すでに人もいる。
客もいる。
足りなかったのは箱だけだった。
「百五十万出して、固定の場所作れるんやったら、もうええやろ」
その話を女性たちに伝えると、反応は想像以上だった。
「ほんまですか?」
「ほんま」
「店になるんですか?」
「十一月からな」
「うわ、めっちゃ嬉しい」
「そんな嬉しい?」
「嬉しいですよ」
これまでシェアサロンを借りながら営業してきた。
もちろん、それはそれで便利だった。
固定費も少ない。
撤退もしやすい。
だが、自分たちの店ではない。
予約時間に合わせて場所を確保し、道具を持ち込み、終われば片付ける。
「やっぱり固定の場所ある方が、お客さんにも言いやすいです」
「『ここ来てください』で終わるもんな」
「そうそう」
「じゃあ、その代わりちゃんとやってくれよ」
「やりますよ」
「俺、美容師ちゃうからな。箱と客の入口までは作るけど、そっから先は君らやで」
「分かってます」
十月中に、少しずつ告知を始めることにした。
SNS。
スナックの客。
既存の美容客。
ネイルの客。
「十一月から固定店舗になります」
それだけでも、かなり反応は良かった。
「場所どこ?」
「今より行きやすい」
「固定なら予約取りやすい?」
そんな声が出てくる。
博之自身も、少し肩の荷が下りた気がしていた。
これまでは美容について、
「いつ箱持つ?」
「まだシェアでええか?」
「設備高いぞ」
と、ずっと頭の片隅にあった。
「決めてしもたら、意外と楽やな」
「オーナー、ずっと美容室怖がってましたもんね」
「高いやん」
「でも決めたら楽しそう」
「まあな」
確かに、少しワクワクしていた。
スナック。
ネイル。
そして美容。
全部同じ商売ではない。
だが、人がいて、客がいて、場所がある。
その三つを組み合わせれば、小さな商売になる。
「これでJR茨木と阪急茨木市の間、だいぶ固まってきたな」
一号店。
二号店。
三号店。
ネイルサロン。
美容室。
さらに、その裏側で清掃の仕事も動いている。
「なんか知らんけど、ちょこちょこ増えたな」
「オーナーが増やしたんでしょ」
「そうなんやけどな」
ただし、博之は少し浮かれそうになる自分を抑えた。
「まあでも、店できたから成功ちゃうからな」
「はい」
「一人来てもらう。気に入ってもらう。もう一回来てもらう。それだけや」
新しい箱を持ったからといって、一気に客が倍になるわけではない。
逆に、固定費は増える。
美容師たちにも同じことを伝えた。
「一人ずつでええから、リピーター増やしていって」
「はい」
「俺も入口は作る。でも最後は技術と接客やからな」
「そこは頑張ります」
ネイルも同じだった。
スナックも同じ。
一人の客が来る。
もう一回来る。
その積み重ねでしか、店は安定しない。
「でっかく考えすぎん方がええわ」
博之は自分にも言い聞かせた。
高槻。
吹田。
長岡天神。
その先のことはいくらでも考えられる。
だが今は、十一月に開く美容室。
目の前の二席。
そこをちゃんと回す。
「まず一個ずつやな」
古い居抜きの店内で、博之はもう一度周りを見た。
汚れている。
古い。
決して華やかではない。
それでも、ここからまた新しい仕事が始まる。
「掃除したら、だいぶ見れるようになるやろ」
「たぶん」
「たぶんかい」
女性たちが笑う。
二〇二八年十月。
博之は百五十万円を投入し、新しい箱を一つ手に入れた。
十一月。
今度は、髪を切る店が動き始める。




