2026年7月。スナックにも店長をたてて、オーナー業に専念。定期面談や会議はするよ。自分の家引っ越そうかな。
二〇二八年七月。
「もう、俺が全部見るんやめよ」
博之は、一号店と二号店で長く働いてくれている女性をそれぞれ呼び、そう切り出した。
「店長お願いできへん?」
「店長?」
「月の手当もつける。俺も話は聞くし、最終判断はするけど、普段のシフトとか女の子の相談とか、
ある程度任せたい」
一号店も二号店も、今では十分安定している。
売上を最大化するなら、もっと高い酒を入れたり、客単価を上げたりする方法もあるのだろう。
だが、博之はそこまでしたいとは思わなかった。
「一号店も二号店も、利益で言うたら月十万とかそこらやで。俺の取り分も取らせてもろてるし、
それでええねん」
「ええんですか?」
「ええよ。女の子が給料もろて、お客さんもそこそこ楽しく飲んで、店も赤にならん。それで十分」
「茨木でこの値段、だいぶ安いですよ」
「そうなん?」
「しかも私ら結構可愛いですし」
「自分で言うんかい」
「事実です」
「まあ、よその店で遊んでる限りでは、可愛いと思うで」
「何その褒め方」
博之自身、派手な抜き物を並べて、一本何万円、何十万円という商売にしたくなかった。
「高い酒で煽らへんのがええねん。客も安心して来れるやろ」
「そこは確かに」
採用についても店長たちにある程度任せることにした。
「募集とか一次面接ぐらいはやってもらってええ。ただ、最後は俺も一回会う」
「体験入店とか?」
「三回ぐらい入ってもらおうかな。客への接し方とか、他の子とうまいことやれるかとか見たいし」
店には監視カメラもある。
揉め事。
レジの金が合わない。
あるいは、金を抜いてそのまま来なくなる。
「そんなこと起きへんのが一番やけど、一応分かるようにはしとかなあかんからな」
「いよいよ会社っぽくなってきましたね」
「まだ株式会社ちゃうけどな」
博之は笑った。
三号店は、まだ完全には任せられない。
「阪急茨木市の方は、もうちょい俺が見るわ。立ち上がったばっかりやし」
ただし、そこも安定すれば店長を立てる。
その次は阪急茨木市側に、もう一軒小さなスナックを探したい。
四号店である。
「茨木をまず固めたいねん」
JR側に二軒。
阪急側に二軒。
その形ができれば、次は高槻。
JR京都線、阪急京都線に沿って、六席や十席程度の小さな店をちょこちょこ増やす。
「吹田とか高槻とか。その先は長岡天神とか桂とかもおもろそうやけどな」
「梅田は?」
「梅田でこの商売やるんは違う気がする」
梅田なら、高回転の飲食店の方が向いているのだろう。
「でも俺、高回転の飯屋しんどいねん」
「オーナー、客にゆっくりしてほしい人ですもんね」
「俺自身がゆっくりしたいからな」
ネイルも伸びている。
今では顧客リストも百人近くなっていた。
「意外とうまいこといってるやろ」
「オーナーが人集めてくれるからですよ」
「それ何回言うねん」
美容も人は増えている。
ただ、美容室の固定店舗は設備費が重い。
「居抜きでも高いからな。そこは焦らへん」
さらに、清掃を自社部門にするか。
弁当や唐揚げのような食事系を作るか。
できることはいくらでもあった。
「まあ、派生はぼちぼちやな」
そんな話をしていると、一号店の店長が突然言った。
「ところでオーナー」
「ん?」
「いつまで家賃三万五千円の部屋住んでるんですか?」
「そこ?」
「もう店四つぐらい関わってる人の家ちゃうでしょ」
「住めたらええやん」
「もうちょっとドカッと構えたらいいのに」
博之自身、引っ越しは何度か考えていた。
JR茨木と阪急茨木市の間。
二部屋ぐらいあって、少し広め。
築年数を妥協すれば、家賃六万、七万円程度でも探せるかもしれない。
「じゃあ待機場所兼俺の家にする?」
「ええやん」
「よくないやろ」
「リビングあったら、ちょっと集まれるし」
「俺の居場所なくなるやん」
「オーナーの部屋一個確保したらええやん」
「なんで俺が家賃払って、みんなのたまり場作らなあかんねん」
「いつも仕事作ってくれてるから」
「付き合ってくれるん?」
「付き合いません」
「ほな何でそこまで面倒見なあかんねん!」
店内が笑いに包まれた。
「オーナー、そういうこと言うからモテないんですよ」
「モテたところで君ら相手してくれへんやろ」
「それとこれは別です」
「何が別やねん」
店長を立てた。
税務は税理士に任せた。
ネイルと美容にも責任者を置いた。
少しずつ、博之がいなくても回る場所が増えてきた。
それなのに本人だけは、相変わらず家賃三万五千円の部屋に帰っている。
「……まあ、家ぐらいは考えてもええか」
「やっと?」
「ただし、たまり場にはせえへんぞ」
「はいはい」
「ほんまやぞ」
店を増やすこと。
人に任せること。
そして自分の生活も、少しずつ整えること。
博之の小さな経済圏は、店だけではなく、本人の暮らしまで変え始めていた。




