2028年5月。さすがに経理わからなくなって税理士に丸投げすることに決める。70万年間。
第〇話 七十万円で、頭の中を空ける
二〇二八年五月。
「もう、よう分からんようになってきたな」
博之は机の上に並んだ数字を眺めながら、そんなことを呟いていた。
一号店。
二号店。
阪急茨木市側の三号店。
ネイルサロン。
さらに、美容師のシェアサロン営業。
YouTubeや小説からの収入まである。
去年までは何とか自分で確定申告までやってきた。
今年の三月も、常連のおじさんに十五万円ほど払って手伝ってもらい、どうにか申告を終わらせた。
だが、さすがに限界を感じていた。
「店見るより帳簿見てる時間の方が長なったら、意味分からんしな」
そこで五月、博之は紹介してもらった税理士事務所へ相談に行った。
「一応、年間五十万か七十万ぐらいはかかるかなと思ってます」
「内容次第ですね」
「できればもう、かなり丸ごとお願いしたいです」
領収書。
売上資料。
銀行明細。
給与。
各店舗の家賃。
ネイルの材料費。
シェアサロン代。
博之が必要な資料を渡し、税務と記帳、確定申告までまとめて見てもらう。
「あと、株式会社にした方がいいのかも相談したいんですよ」
「法人化ですね」
「今、店が三軒とネイル一軒。あと美容はシェアなんですけど」
税理士はしばらく話を聞いてから言った。
「今すぐ法人にしなくてもいいと思いますよ」
「そうなんです?」
「五月ですし、期の途中でもありますからね。それに、法人化したら必ず得するとは限りません」
法人になれば、設立にも費用がかかる。
会社を維持するにも費用がかかる。
社会保険の負担も変わる。
「まず今年一年の数字をちゃんと見ませんか」
「なるほど」
「売上がどれくらいあって、経費がどれくらいあって、最終的に所得がどれくらい残るのか。
それを見てからでも遅くないですよ」
博之は頷いた。
「正直、自分でも儲かってるんか分からんのですよ」
「それが一番問題ですね」
「ですよね」
「店ごとの数字も見えるようにしましょう」
一号店はいくら。
二号店はいくら。
三号店はいくら。
ネイルはいくら。
美容はいくら。
どこで利益が出ていて、どこに金がかかっているのか。
「そこまで分かれば、次に何を増やすかも判断しやすいですよ」
「それ、めっちゃありがたいです」
税理士はさらに言った。
「それと、今までオーナーが頭の中でずっと抱えてた税金とか帳簿の悩み、一回外しましょう」
「外す?」
「資料だけちゃんと出してください。あとはこっちで整理します。その分、オーナーは店とか集客とか、
人を探す方に時間使った方がいいと思います」
「それ、めっちゃ助かります」
博之は即答した。
今、自分にしかできない仕事は何なのか。
レシートを会計ソフトに入力することではない。
客を集める。
人を探す。
スタッフの話を聞く。
物件を見る。
仕事を作る。
そちらの方が、今の博之には重要だった。
「ちなみに、丸投げやったら年間どれぐらいです?」
「内容にもよりますけど、今の規模なら七十万円ぐらい見てもらえたら」
「ほな、それでお願いします」
「即決ですね」
「今年、確定申告で死にかけたんで」
税理士が笑った。
「あと、経費で落とせるもんはちゃんと落としてください」
「もちろん適正な範囲でですよ」
「そこはお願いします。俺、何がいけるんか全部分からんので」
「そのための顧問ですから」
「ありがたいっすわ」
こうして、年間七十万円ほどで税理士事務所と契約することになった。
博之からすれば安い金ではない。
月にならせば六万円弱。
だが、それで経理と税務の悩みがかなり減るなら、払う価値はあると思った。
「あとですね」
「はい」
「うち、ボロいスナックなんですけど」
「はい?」
「もしよかったら、またゆるっと飲みに来てください」
税理士が笑った。
「営業されましたね」
「めっちゃ安いんで安心してください」
「じゃあ一度お邪魔しますわ」
「ぜひぜひ。税務相談しながら飲むとかはあかんでしょうけど」
「それは事務所でやりましょう」
「はい」
博之も笑った。
その後、今後の話も少しした。
「目先は阪急茨木市の三号店ですね。まだ立ち上げたばっかりで」
「はい」
「あとネイルサロン。こっちも今育ててるところです」
「美容もやってるんでしたね」
「美容はまだシェアサロンです。固定店舗持つほどではないんで」
博之は、自分のやっていることを一つずつ説明した。
「あと、こういう雇用とか新しい店とかで、使える助成金とか制度があるなら教えてほしいんですよ」
「それも条件を見ながら確認しましょう」
「知らんまま損するの嫌なんで」
「制度ありきで事業する必要はないですけど、使えるものがあれば使えばいいですからね」
「その辺も丸ごと頼ります」
「丸投げしすぎです」
「七十万払うんで」
また笑われた。
税理士事務所を出た時、博之は少しだけ頭が軽くなった気がした。
株式会社にするかどうかは、まだ決めない。
今年一年。
まず数字をちゃんと出してもらう。
その間に、三号店を育てる。
ネイルを黒字にする。
美容の客を増やす。
そして、今いる人たちの仕事をもう少し増やす。
「まあ、俺は俺の仕事したらええんやな」
税金は税理士。
ネイルはネイリスト。
美容は美容師。
清掃は清掃できる人。
そして博之は、人と客と仕事をつなぐ。
「七十万で頭の中空くんやったら、安いかもしれんな」
そう呟きながら、博之は阪急茨木市の三号店へ向かった。
帳簿ではなく、今日も誰かの話を聞くために。




