2028年4月。3軒目のスナックを阪急茨木市でオープンさせる。割引とかもあり、初月はトントン。ネイルはトントンまで戻した。もう会社にしないとやばいかも
二〇二八年四月。
「なんとか、開いたな」
博之は阪急茨木市駅側に新しく借りた、六席ほどの小さな店を見回していた。
三号店。
一号店、二号店に続く、三つ目のスナックである。
駅から歩いて十分ほど。
築年数は古い。
席数も少ない。
華やかさもない。
ただ、家賃は安い。
博之が探していた条件には、かなり近かった。
「最初やし、ちょっと安めでええやろ」
オープン直後は価格も少し抑えた。
まずは店を知ってもらう。
一号店の時も、最初からうまくいったわけではない。
土日だけ営業し、少しずつ常連を作ってきた。
三号店も同じでいい。
平日も開けられる日は開け、博之自身も顔を出した。
一か月目の売上は、五十六万円ほど。
「まあ……微妙やな」
材料費。
家賃。
光熱費。
女性スタッフの給与。
細かな雑費。
そして博之自身の取り分十万円。
すべて引くと、ほとんど利益は残らなかった。
「俺の十万抜いたら黒字なんやけどな」
「またそれ言ってますやん」
「いや、俺の給料抜いたらあかんやろ」
一号店から付き合いのある女性に笑われた。
「でも初月で五十六万なら、そんな悪くないんちゃいます?」
「そう思うことにするわ」
確かに、客が来なかったわけではない。
一号店、二号店を続けてきたことで、
「あの人がまた店出したらしい」
という信用も少しはできているのだろう。
博之のYouTubeやSNSを見て、
「阪急の方にもできたんですね」
と来てくれる人もいた。
「ゼロから六席埋めんのと、一軒二軒やった後で六席埋めんのは、ちょっと違うんかもな」
ただし、平日の昼はまだ弱い。
「まあ半年は見よ」
博之はそう決めた。
「一か月で結論出してたら、何にもできひん」
一方。
三月に固定店舗へ移したネイルサロンにも変化があった。
初月四十人。
博之の取り分十万円まで入れると、七万円ほどの赤字。
そこからGoogleの口コミをお願いしたり、女性スタッフ自身も知り合いに声を掛けたり、
博之が配信で店の話をしたりした。
四月。
来客数は五十五人まで増えた。
「十五人増えたな」
「結構頑張りましたよ」
「ほんまやな」
売上も増えた。
その分、材料費も人件費も増える。
家賃七万円と雑費も変わらずかかる。
それでも博之の十万円を取ったうえで、ようやく損益はほぼゼロまで来た。
「おお」
「黒字じゃないですよ」
「ええねん。俺の十万取ってゼロやろ?」
「まあ」
「先月より七万改善したやん」
博之は満足そうだった。
大儲けではない。
初期投資の回収もまだ始まっていない。
それでも、女性二人にネイルの仕事を渡しながら、博之にも月十万円が残るところまで来た。
三号店の十万円。
ネイルの十万円。
新しく始めた二つの事業だけで、博之の取り分は月二十万円増えたことになる。
「こう考えたら、やってる意味はあるんかな」
「ありますよ」
「でも忙しいねんな」
問題はそこだった。
一号店。
二号店。
三号店。
ネイルサロン。
それぞれに人がいる。
シフトがある。
相談がある。
辞める人もいれば、新しく入りたい人もいる。
一号店、二号店は比較的安定している。
だからといって放置していいわけではない。
「古い店ほど大事にせなあかんな」
長く働いてくれている女性。
閉店作業を手伝ってくれる常連。
掃除を請け負ってくれる人。
最初から付き合ってくれている客。
そこを雑に扱えば、今まで積み上げたものが崩れる。
博之は、できるだけ順番に店を回るようにしていた。
「最近どう?」
「シフトきつくない?」
「客で変なんおらん?」
「何か足らんもんある?」
全部自分で判断するのではなく、とりあえず聞く。
三号店については、まだ博之自身の力が必要だった。
配信でも、
「仕事とか生活の相談したい人おったら、しばらく阪急茨木市の方に来てもらったら
俺おる確率高いです」
と話した。
「JR茨木の方がええ人は、そっちでも連絡ください。どっかにはおります」
コメント欄には、
『どっかにはおりますって何やねん』
『店増えすぎ』
『メンヘラオジサン、今何店舗なん?』
と流れてくる。
「スナック三つとネイル一個やから、四つやな」
自分で口にして、博之は少し止まった。
「四つ?」
スナック三店舗。
ネイルサロン一店舗。
さらに固定店舗ではないが、美容師のシェア営業も続いている。
「……これ、そろそろ会社作らなあかんのちゃう?」
以前から考えてはいた。
阪急茨木市側に店ができ、ネイルも固定店舗になれば、法人化を検討する。
まさにその状態になっている。
「税理士さんも、そろそろやなあ」
今年の確定申告は常連に十五万円払って手伝ってもらい、なんとか乗り切った。
しかし、このままさらに店が増えれば、来年同じやり方で処理できるとは思えない。
帳簿を入力する人。
数字を確認する税理士。
給与関係。
店舗ごとの損益。
「なんか会社みたいになってきたな」
面接も増えた。
三号店の女性スタッフ。
ネイル経験者。
今後の欠員を考えた予備の人員。
話を聞くだけでも時間がかかる。
それでも、人を一人採用すると、その人から別の人につながることがある。
新しい客が来る。
新しい仕事が生まれる。
また別の誰かへ仕事を渡せる。
「面倒やけど、これやらんと回らんのよな」
四月。
三号店は利益ほぼゼロ。
ネイルも利益ほぼゼロ。
派手な成功ではない。
だが、博之の取り分をそれぞれ十万円ずつ確保したうえで、店自体は止まっていない。
「まあ、とりあえず合格でええか」
焦って次へ行く必要はない。
一号店と二号店を守る。
三号店を育てる。
ネイルを五十五人からもう少し伸ばす。
美容はシェアのまま続ける。
そのうえで、人を探し、数字を整理する。
「で、会社作るかどうかやな」
博之は一人、カウンターで呟いた。
会社が嫌で辞めた男が、いつの間にか会社を作ることを考えている。
「人生、よう分からんな」
それでも明日になれば、またどこかの店へ行く。
話を聞く。
人をつなぐ。
仕事を分ける。
そうして四つの小さな箱は、少しずつ回り始めていた。




