2027年12月。年末守りの金の使い方。小規模共済とセーフティー共済。商工会議所への加盟。弥生会計外注できないか?
二〇二七年十二月。
気がつけば、会社を辞めてから一年が経とうとしていた。
博之の生活は、相変わらずだった。
一号店はほぼ完成形になり、女性スタッフたちを中心に安定して営業している。
二号店も、昼の予約営業と夜のスナック営業が定着し、以前ほど博之が細かく口を出さなくても
回るようになった。
ネイルと美容師のシェア営業も、月に何十人か予約が入るようになっている。
YouTubeでは、その様子を相変わらずだらだら喋っていた。
「どうも、メンヘラオジサンです」
そんな動画を撮りながら、博之の頭にあったのは、次の店ではなかった。
「そろそろ年末やな」
個人事業主になった以上、一年間の数字を締めなければならない。
そして、FP資格を持ち、税金や社会保険について多少なりとも勉強してきた博之には、
以前から考えていたことがあった。
小規模企業共済。
そして経営セーフティ共済。
「ようやく使う時きたな」
小規模企業共済については、毎月七万円まで掛けられることを知っていた。
一年間なら八十四万円。
将来、店をやめたり事業から退いたりした時のために、自分で退職金を作っていくようなものだ。
一方、経営セーフティ共済は月額二十万円まで積み立てることができ、積立限度額は八百万円。
ただ、博之は最初から最大まで入れる気はなかった。
「いきなり二十万はやりすぎやろ」
今後、阪急茨木市駅側に三号店を出すかもしれない。
ネイルや美容の固定店舗を持つ可能性もある。
手元現金まで減らしすぎれば、何か面白い話が入ってきた時に動けなくなる。
だから、今年は月一万円分。
一年間で十二万円だけ入れることにした。
「小規模が八十四万。セーフティが十二万」
合わせて九十六万円。
さらに、茨木商工会議所にも加入する。
会費は年間で一万五千円ほどと考えていた。
「だいたい百万円やな」
博之は電卓を置いた。
百万円。
一気に払うとなると、それなりに大きな金額だった。
少し前までなら、百万円使うと言われただけで怖くなっていたかもしれない。
だが、今回の百万円は、酒を買う金でも、高級車を買う金でもない。
事業を続けながら、自分の将来に金を残すためのものだった。
「使ういうても、消えてなくなるわけちゃうしな」
小規模企業共済は自分の将来のために積み立てる。
セーフティ共済も、事業を続けるうえでの備えになる。
「稼ぐだけが仕事ちゃうな。守るんも仕事か」
十二月のある日。
博之は茨木商工会議所を訪れた。
会社員時代なら、商工会議所など自分には関係のない場所だと思っていた。
それが今では、小さなスナックを二店舗持ち、女性を何人も雇い、美容やネイルの仕事まで
動かしている。
受付で書類を書きながら、少し妙な気分になった。
「業種は……飲食でええんかな」
スナック。
ランチ。
ネイル。
美容師のシェア営業。
清掃の仕事も少しずつ外へ出している。
「俺、ほんま何屋なんやろな」
自分でもよく分からなかった。
それでも、商工会議所へ加入し、共済関係の手続きも一つずつ進めた。
小規模企業共済、八十四万円。
セーフティ共済、十二万円。
商工会議所、約一万五千円。
「今年最後に一気に百万円近く出ていくな」
通帳を見ると、やはり少し寂しい。
しかし、それによって年末の利益の一部を将来への備えに変えられる。
博之としては、それで十分だった。
問題は、別のところにあった。
「これ、確定申告めんどくさすぎるな」
二店舗分の売上。
食材。
酒。
家賃。
女性スタッフへの給与。
一日店長への報酬。
常連へ渡した清掃費や締め作業の賃金。
ネイルと美容師のシェアサロン代。
材料費。
YouTubeや小説からの収入。
そこへ共済まで加わる。
以前なら、レシートをまとめて自分で入力すれば済んでいた。
しかし、事業が増えるほど、数字も増えていく。
「俺、このために会社辞めたわけちゃうぞ」
博之は二号店のソファーに寝転びながら、領収書の束を見た。
そして、ふと思った。
「これも仕事として切ったらええんちゃうか」
清掃ができる人には清掃を頼んだ。
締め作業をできる常連には、夜の最後の一時間を任せた。
美容師には美容の仕事を渡した。
ネイルができる女性にはネイルの客を集めた。
なら、帳簿を入力できる人間にも仕事を渡せばいい。
「常連に簿記持ってるおっちゃんおらんかな」
税務判断までやってもらう必要はない。
レシートを整理する。
売上を確認する。
決めたルール通りに会計ソフトへ数字を入力する。
分からないものだけ別にして、博之へ返す。
それだけでも、相当楽になる。
「月一万、二万ぐらい払ってやってもらったらええんちゃうか」
来年以降、会社にすることになれば、さらに帳簿は重要になる。
その頃には税理士も必要になるだろう。
だが今はまだ、できるところまでは自分たちでやればいい。
「また客に聞いてみるか」
博之は笑った。
「簿記持ってる人おりませんか。月何時間か仕事あります、って」
考えてみれば、これも今までと同じだった。
店が増えれば、清掃仕事が生まれる。
人が増えれば、給与計算が生まれる。
商売が増えれば、経理仕事が生まれる。
一つ事業を作れば、その裏側に別の小さな仕事ができる。
博之が以前から言っていた、
「仕事を小さく切って、人に渡す」
という考えが、少しずつ現実になっていた。
二〇二七年十二月。
博之は店を増やす代わりに、百万円近い金を使って守りを固めた。
将来の自分のために積み立てる。
事業の備えを作る。
商工会議所にも入る。
そして、とうとう帳簿仕事まで誰かに渡そうと考え始める。
「まあ、今年ようやったんちゃうかな」
店のカウンターで、一年間の領収書の山を眺める。
会社を辞めた時には、六席のスナック一軒だけだった。
それが一年で、二店舗になった。
働く人も増えた。
仕事の種類も増えた。
そして、守るべきものまで増えた。
「来年は……もうちょい会社っぽくせなあかんかな」
博之はそうつぶやいた。
ただし、その前に。
「まず、このレシート誰か入力してくれへんかな」
二〇二七年最後の悩みは、相変わらず地味だった。




