2027年6月。昼の隠れ家ランチ、予約が入ったら開けます。緩い営業。SNSと自分の店員に提案。
二〇二七年六月。
二号店を始めて一か月。
博之は、思ったほど伸びなかった昼営業をどうするか考えていた。
カレー五食と肉じゃが五食。
どちらもホットクックで作るので、調理そのものは難しくない。
問題は、毎日十食用意して店を開けても、昼から安定して十人来るわけではないことだった。
「これ、毎日開ける必要ないんちゃうか」
博之は方針を変えた。
まず、SNSで一本動画を出した。
「平日のランチなんですけど、しばらく予約制でやります」
一号店は禁煙。
二号店は喫煙可能。
「タバコ吸わん人は一号店。吸いたい人は二号店。何人か予約入ったら、その日は開けます」
メニューは変わらない。
カレーか肉じゃがが八百円。
コーヒーやお茶などのドリンクを付ければ二百円追加で千円。
決して激安ランチではない。
「飯だけ考えたら、もっと安いところありますよ」
博之は動画の中でも正直に言った。
「うちの売りは飯というより、食べたあと一時間ぐらい隠れられることです」
昼休みに飯を食べて、そのまま少し座っていたい。
会社へすぐ戻りたくない。
一人でスマートフォンを見たい。
誰とも喋りたくなければ、別に博之と話す必要もない。
土日は一時間を超えて博之とだらだら喋る客からチャージをもらっているが、
平日のランチではそこまでしない。
「喋りたくない人は、適当に座ってスマホ見といてください。なんか気持ちあったら
チップでも置いてくれたらええです」
商売としては、ずいぶん緩かった。
さらに、店内にはGoogleレビューへ飛べる案内も置いた。
「よかったらレビューだけ書いてください」
SNSを見ていない地元客にも、少しずつ店を知ってもらいたかった。
そして、もう一つ。
博之は女性スタッフにも昼営業について話した。
「ランチ、予約入ったら開ける方式にするわ」
「博之さんが出るんですか?」
「俺でもええけど、君らもやってええよ」
女の子たちが首をかしげた。
「ただ、先に言っとくけど、昼飯はそんな儲からん」
「そこ言うんや」
「いや、ほんまに儲からんから」
例えば五人来たとする。
一人千円なら売上五千円。
四時間ほど店を開けて、一人で回す。
そこから食材費と人件費を考えれば、店に大きな利益など残らない。
「だから利益取りに行くというより、仕事増やすためにやる」
友達同士で昼に集まりたい。
自分の知り合いを五人ぐらい呼べそう。
そんな日があれば、スタッフ自身が店を開けてもいい。
「予約取れたら言って。食材用意するから、勝手に店開けてやってくれてええよ」
「そんな店ある?」
「ここにある」
博之は笑った。
四時間働けば、その分の給料は払う。
もし客からチップをもらえれば、それもスタッフへ還元する。
「店として大儲けせんでも、君らの働く時間が四時間増えたら、それで一個仕事増えたやろ」
その考え方は、女の子たちにも少し珍しく映ったようだった。
「なんかカオスやな」
「友達呼んで昼飯食べさせて、それで給料出るん?」
「客来るならな」
その話が広がると、知り合いの女性が、
「どんな店なん?」
「一回見てみたい」
と覗きに来ることも増えた。
すぐ働くわけではない。
それでも、週二、三日程度ならこういう場所で働くのもありかもしれない、
と興味を持つ人が少しずつ出てきた。
一方、意外に反応がよかったのが二号店だった。
理由は単純だった。
タバコを吸えるからである。
ある日、近くで工事をしていた中年男性数人から予約が入った。
「五人ぐらいなんやけど、昼いけます?」
「いけますよ。タバコ吸います?」
「全員吸う」
「じゃあ二号店ですね」
昼になると、作業服姿の男たちが入ってきた。
カレーや肉じゃがを食べ、食後にコーヒーを飲みながらタバコを吸う。
「こういうとこ、ほんま減ったからな」
「昼飯食って、そのままタバコ吸えるところないねん」
博之が、
「近くで仕事ある時だけ連絡してくれたら開けますよ」
と言うと、
「それ助かるわ。また連れてくる」
と返ってきた。
別の日にも、同じようなグループから予約が入った。
十席しかない小さな店が、昼だけ満席になる日も出始めた。
派手な宣伝をしたわけではない。
料理が評判になったわけでもない。
座れる。
少し休める。
喫煙できる。
予約すれば確実に場所がある。
その程度の価値でも、必要としている人はいた。
「飯そのものより場所なんやな」
博之は少しずつ理解し始めた。
六月末。
数字を締める。
一号店も、前月よりおよそ十万円売上が増えた。
二号店も、およそ十万円増えた。
二店舗合わせれば、売上は二十万円ほど上乗せされたことになる。
ただし、当然ながら二十万円がそのまま利益になるわけではない。
昼営業を増やしたことで食材費も増える。
女性スタッフに店を任せれば人件費も発生する。
光熱費や細かな消耗品も増える。
最終的に、二店舗合わせて増えた利益は約七万円だった。
「二十万売上増えて、利益七万か」
博之は帳簿を見ながら笑った。
「まあ、そんなもんやな」
利益率だけ見れば、大した商売ではない。
だが、先月より七万円残った。
女性スタッフの勤務時間も増えた。
昼の新しい客も増えた。
そして、一号店と二号店に、それぞれ別の役割が見え始めた。
一号店は、禁煙で静かに過ごしたい人。
二号店は、タバコを吸いながら昼休みを過ごしたい人。
どちらも予約が入れば開ける。
需要がもっと増えれば、いずれ毎日開ければいい。
「無理に毎日やらんでも、客おる日に開けたらええんよな」
二〇二七年六月。
二号店にはまだ課題が多かった。
スタッフの安定。
客単価。
新規客。
昼の集客。
それでも、少しずつ数字は伸びていた。
大当たりではない。
ただ、しぶとく増えている。
博之は、その程度の成長が自分にはちょうどいいような気がしていた。
「まあ、潰れん程度に、一個ずつやな」
そう言いながら、翌週のランチ予約を確認する。
カレー三人。
肉じゃが二人。
二号店、喫煙希望。
「五人おるなら、開けるか」
博之の昼の隠れ家は、そんな緩い予約一本から、少しずつ街に根を張り始めていた。




