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EP 8

遭遇! 嘘発見器のウサギと、強欲アイドルと、ダメ剣士

「――あ! そこの防刃ジャージのお兄さん! もしかして、ギルドから派遣されてきたエイトさんですか!?」

 ウサギ耳の少女の声が、夜の広場に響き渡った。

 完全に逃走姿勢に入っていた俺の背中が、ビクンと跳ねる。

(や、やべえ。見つかった。ここは誤魔化して、そのまま馬車に乗って帝都にバックレよう)

 俺は極力自然な動作で振り返り、愛想笑いを浮かべた。

「あ、いえ。人違いです。俺はただの、通りすがりの……ジャージ愛好家でして。それじゃ、夜も遅いのでこれで」

「えっ? でも、その特徴的な急所プレート付きの服、ギルドからの手紙にあった特徴と完全に一致してますけど……」

「最近帝都で流行ってるんですよ。じゃあ!」

 踵を返し、早歩きでその場を去ろうとした、その時だった。

「……おかしいですね」

 少女の呟きが、妙に耳元でハッキリと聞こえた。

 振り返るよりも早く、彼女は縮地のような異常なスピードで俺の目の前に回り込んでいた。

 ウサギの耳がピクピクと動き、彼女は俺の胸元に顔を近づけて、じっとこちらを見上げている。

「あなたの心音テンポ……さっきから、嘘をつく時に特有の不協和音を奏でていますよ? ドクン、という脈拍の跳ね上がり方、冷や汗の量。……あなたは『エイト』さんですね?」

「なっ……!?」

 俺は息を呑んだ。

 こいつ、相手の心音を聞き分けて嘘を見抜いてやがるのか!?

 人間離れした聴覚を持つ獣人族(月兎族)だからできる芸当なのかもしれないが、これでは前世で培った俺の『言い訳スキル』が一切通用しない。

「あ、観念した心音に変わりましたね。ふふっ、初めまして!」

 少女はパッと花が咲くような、純真無垢な笑顔を浮かべた。

「私はこのポポロ村の村長を務めております、キャルル・ムーンハートです。エイトさん、地域応援隊へのご赴任、心より歓迎いたします!」

「あ、はい。……どうも」

 俺は引きつった笑みを返すしかなかった。

 こうして俺は、逃げる間もなく、広場の中央にある村長宅(兼・自警団の詰め所)へと連行されることになったのである。

     * * *

「さあ、お茶が入りましたよ。陽薬草のハーブティーです」

 村長宅の応接室。

 木張りの床に、どこか見覚えのある簡素なパイプ椅子と長机。テーブルの上には、なぜか『ルナキン』のテイクアウト用メニューが置かれている。

 キャルルが淹れてくれたお茶を啜りながら、俺は向かいのソファに座る『同僚たち』を半眼で見つめていた。

「初めまして! ルナミス帝国トップ地下アイドル(自称)の、リーザ・シーラン・リヴァイアサンですの!」

 先ほど、広場で野良犬と死闘を繰り広げていた少女だ。

 間近で見ると、驚くほどの美少女だった。透き通るような白い肌に、海の宝石のような青い瞳。だが、着ているのは色褪せた『芋ジャージ』で、足元は健康サンダル。

 さらに彼女の手には、先ほど犬から死守した『土まみれのパンの耳』が大切そうに握られている。

「エイトさん、私のファン第一号になってくれませんか!? 今なら特別に、私のライブの最前列チケットを五円玉(真鍮のゴールド)一枚でお譲りしますわ! さあ、御縁(五円)を! 私にスパチャを!」

「……いや、アイドルが初対面の男に五円玉たかるなよ」

 俺がドン引きしていると、リーザは「チッ、渋い客ですの」と舌打ちをして、パンの耳をモシャモシャと齧り始めた。

 なんだこいつ。本当にアイドルなのか? それともただの極貧な浮浪者か?

「……ふぁぁぁ。うるせえな、頭が痛い……」

 続いて、部屋の隅の長椅子から、重々しい金属音を鳴らして一人の男が起き上がってきた。

 全身をミスリル製の超高級アーマーで固めた、二十代半ばのイケメン剣士。彼が、広場で白目を剥いて倒れていた男だ。

「よぉ、新入りか。俺はフェイト・ラック。この村の自警団リーダーで、一応A級冒険者だ。……よろしくな」

「あ、どうも。エイトです。フェイトさん、さっき広場で倒れてましたけど、お加減悪いんですか?」

 俺が気を遣って尋ねると、フェイトは深く、絶望に満ちたため息をついた。

「ああ。さっき、運命のコイントスで『裏』が出ちまってな。……実は、親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬が死んだんだ。その悲しみがフラッシュバックしてきて、精神的に限界なんだわ」

「は?」

「悪いが村長、俺、三日ほど忌引きで有給もらうわ。……あー、メンタルきっつ」

 フェイトはそう言って、再び長椅子にゴロンと横になった。

 俺の脳内で、何かがブチッと切れる音がした。

(コイツ……ただ仕事をバックレたいだけのクズじゃねえか!!)

 親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬!? 赤の他人のペットじゃねえか! なんだその小学生でも言わないような底辺の言い訳は!

 俺も前世で工場をバックレた身だが、流石にもう少しマシな嘘をついたぞ。A級冒険者という肩書きが泣いている。

「こら、フェイトさん! 今月に入って犬のお葬式で休むの、これで五回目ですよ!?」

 キャルルが安全靴で床をドォン! と踏み鳴らした。

 床板がミシミシと悲鳴を上げる。

「いいですか? これ以上サボるなら、私がフェイトさんの骨を三、四本折って、強制的に『全回復』させてから夜の山に放り込みますからね。細胞レベルで反省させますよ?」

「ひぃっ!? わ、わかった! 働く! 働くからその安全靴で俺の脛を狙うのはやめてくれ!」

 満面の笑みで恐ろしい拷問を提案するキャルルに、フェイトが怯えて飛び起きた。

(……こいつもこいつで、絶対怒らせちゃいけないサイコパスだ)

 俺はハーブティーを飲み込むのも忘れ、胃を抑えた。

 パンの耳を齧る極貧アイドル。

 ギャンブル依存症で虚言癖のダメ剣士。

 そして、可愛い顔して武力と回復魔法による無限地獄をチラつかせるヤンデレ村長。

 ――なんだ、この地獄みたいな職場ブラックパーティーは。

「あ、あのさ……村長さん」

 俺は恐る恐る、キャルルに向かって手を挙げた。

「俺、やっぱりこの仕事、辞退させてもらえませんか? なんか、俺みたいな未熟者が入るには、色々と敷居が高いっていうか、個性が強すぎるっていうか……」

 俺の小市民的な逃走本能が、最大級のアラートを鳴らしていた。

 こんな連中と一緒にいたら、絶対にトラブルに巻き込まれる。のんびりスローライフなんて夢のまた夢だ。母さんに怒られてでも、違約金を払って今すぐ帰るべきだ。

 俺の言葉を聞いたキャルルは、キョトンと首を傾げた。

「辞退、ですか? でもエイトさん、ギルドの契約書にサインしましたよね?」

「ええ、まあ。でも、クーリングオフ期間っていうか……」

「もし契約違反で即日辞退される場合、違約金として金貨三百枚(約三百万円)を当村にお支払いいただくことになりますが、よろしいですか?」

「さ、さんびゃくまん!?」

 俺の目が点になった。

 そんな大金、新米フリーランスの俺が持っているはずがない。実家に請求がいけば、あのマリア母さんのことだ。「不良債権エイトはマグローザ漁船で強制労働させなさい」と笑顔で差し押さえにくるだろう。

「それに……」

 キャルルは俺に顔を寄せ、耳元でふふっと笑った。

「エイトさんの心音、今、ものすごく『逃げたい』って言ってますけど。同時に、『ここで逃げたらマグロ漁船に乗せられる』という恐怖の音も聞こえます。……ふふっ、逃がしませんよ? エイトさんは今日から、このポポロ村の立派な『家族』なんですから」

 その笑顔の奥にある、逃走を絶対に許さない執着(ヤンデレの片鱗)。

 俺は完全に詰んだことを悟った。

 力でも、金でも、嘘でも、このウサギ耳の村長からは逃げられない。

(終わった……俺の平和なフリーランス計画、開始数時間で完全終了だ……)

 俺がソファーに深く沈み込み、白い灰になりかけていた、まさにその時だった。

 ――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!

 突如として、村中にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

 ただの音ではない。魔力を帯びた、腹の底に響くような警報だ。

「な、なんだ!?」

 俺が飛び起きると、キャルルの顔から笑顔が消え、厳しい村長の顔になった。

「村の防衛魔導具アラートです! 地下のドンガン密輸ルート付近から、大規模な魔力反応……!」

 バンッ! と応接室の扉が開き、血相を変えた自警団の村人が転がり込んできた。

「そ、村長! 大変だ! 西の森の境界線から、魔獣の大群が……! ものすごい数だ、このままじゃ村の防衛ラインが突破されちまう!!」

「魔獣の大群……!? なんでこんな緩衝地帯に!」

 キャルルが壁に立てかけてあった自身の武器――鋼鉄製のダブルトンファーを手に取る。

「フェイトさん! リーザちゃん! 迎撃に出ますよ!」

「マジかよ、今日俺は忌引きだって言ってんだろ!? アーッ、頭痛が!」

「魔獣なんて倒してもお金になりませんわーっ! 誰か私にスパチャをーっ!」

 文句を言いながらも、フェイトは渋々ミスリルソードを抜き、リーザは謎の『お賽銭箱型掃除機』を担ぎ上げた。

 完全にカオスな職場だが、一応彼らも戦う気はあるらしい。

「エイトさんも、来てください! あなたの弓術、期待してますからね!」

「……はあ!?」

 俺は素っ頓狂な声を上げた。

 初日の新人に、いきなり魔獣の大群の迎撃だと? そんなの、研修もなしに危険地帯に放り込まれるブラック企業そのものじゃないか。

(冗談じゃねえ! 俺は絶対に前線になんて出ないぞ! 死んでたまるか!)

 最強のビビりである俺の心臓は、恐怖で早鐘を打っていた。

 だが、逃げ道はすでに塞がれている。

 俺は半泣きになりながら魔法ポーチを抱え、ヤバすぎる同僚たちの背中を追って、不夜城の夜の闇へと飛び出していくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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