EP 7
到着、カオスすぎる不夜城「ポポロ村」
ルナミス帝国の帝都から馬車に揺られること数日。
俺は、フリーランスとしての初任務(という名の就職先)である辺境の地『ポポロ村』へと向かっていた。
道中、馬車の窓から見える景色は徐々に緑深くなり、人の気配もまばらになっていった。
ポポロ村は、人間主体の『ルナミス帝国』、獣人が治める『レオンハート獣人王国』、そして魔族の国『アバロン魔皇国』という、大陸の三大勢力が交わる国境付近に位置する。
本来なら一触即発の危険地帯だが、ここは国際条約によって『完全中立の緩衝地帯』に指定されているらしい。
(中立地帯のド田舎の農村。最高じゃないか)
俺は馬車の中で、防刃ジャージのポケットに入れた紙パックの人参ジュースを啜りながら、ニヤニヤと笑っていた。
帝都の喧騒や、母さんの厳しい「フリーランス育成プログラム」からようやく解放されたのだ。
朝は鳥のさえずりで目覚め、昼は適当に畑仕事を手伝い、夜は満天の星空の下で静かに眠る。スローライフ。なんて美しい響きだろうか。
「お客さん、そろそろポポロ村の入り口に着きやすぜ」
御者の声に、俺は期待に胸を膨らませて窓の外を覗き込んだ。
時刻はすでに夜の八時を回っている。本来なら、田舎の夜は真っ暗闇で、虫の音しか聞こえないはずだ。
――しかし。
俺の目に飛び込んできたのは、予想とは全く違う『異常な光景』だった。
「……は?」
村の入り口に建っていたのは、丸太で作られた素朴な門などではない。
赤と黄色と緑の、目に痛いほどケバケバしい『魔導ネオンサイン』だった。
『Welcome to ポポロ村! この先、24Hファミレス「ルナキン」営業中!』
『タローソン・ポポロ支店、深夜の廃棄弁当タイムセール実施中!』
「…………えっ?」
馬車を降りた俺は、呆然と立ち尽くした。
目の前に広がるのは、のどかな農村などではない。
煌々と魔導照明に照らされた舗装路。そこかしこに建ち並ぶプレハブ小屋やコンクリート造りの店舗。
俺の前世の、地方都市の国道沿いをそのまま異世界にブチ込んだような、強烈な資本主義の匂いが充満する『不夜城』がそこにあった。
「オラァッ! 今日の『トライバードの照り焼き弁当』は俺のモンだ!!」
「ふざけんな! 獣人族の嗅覚舐めんなよ、三十分前からタローソンの前で待機してたのは俺だ!!」
タローソン(どう見ても地球のコンビニをパクった外観)の入り口では、ルナミス帝国の兵士とレオンハート獣人王国の兵士が、半額シールを貼られた弁当を巡って本気の取っ組み合いをしている。
「キュイイイイイン! 激アツだドン!!」
少し歩けば、ガラス張りのド派手な建物の自動ドアが開き、鼓膜を劈くような大音量と、ジャラジャラという銀玉の音が漏れ聞こえてくる。
看板には『ルナミスパーラー・ポポロ支店』。
パチンコ屋だ。しかもポスターには『CR異世界転生トラックでドン!』という、前世の俺からすればトラウマを抉られるようなクソ台の宣伝がデカデカと貼られている。
「……なんだこれ。なんだこの村は」
スローライフを夢見ていた俺の心は、開始五分で完全に打ち砕かれた。
前世で俺が三日で逃げ出した自動車工場の周辺の歓楽街よりも、よっぽど欲望に塗れている。
ふと、路地裏から香ばしい匂いが漂ってきた。
見れば、赤提灯をぶら下げた屋台で、ピラダイ(凶暴な魚の魔獣)と肉椎茸を煮込んだ『特製おでん』が売られている。
その屋台の長椅子では、絶対に相容れないはずの敵国同士――ルナミス軍の重装歩兵、アバロン魔皇国の魔族兵、レオンハートの獣人兵が、肩を組んで安酒の『イモッカ(芋焼酎ウォッカ)』を煽り、大声で笑い合っていた。
「いやー、昨日のダストンのちゃんこ配信、最高に飯テロだったよな!」
「それよりスアイ様のサウナ上がりプロマイドだろ! 俺、アレ引くために今月の給料全部溶かしたぜ!」
「お前らアバロン軍はいいよなァ、ウチの戦闘糧食なんてゲロオムレツだぞ? どうなってんだよルナミス軍の予算!」
敵味方が入り乱れての、完全なる泥酔宴会。
殺伐とした国境警備などどこ吹く風。彼らの手には、ポポロ村の特産品である最高級の『ポポロシガー』が握られ、紫煙が夜空に吸い込まれていく。
(……なるほど、そういうことか)
ただ呆然としていたわけではない。
母・マリアから地獄の『金融学』と『裏社会の経済ルール』を叩き込まれた俺の脳内(悪知恵)は、この村の『真の構造』を瞬時に理解していた。
(建国者の佐藤太郎が作った近代資本主義のシステム。それが、この緩衝地帯で最悪の形で煮詰まってるんだ)
三国が睨み合う国境地帯。本来なら緊張状態にあるはずだが、兵士たちも人間(あるいはそれに類する生物)だ。娯楽もなく、いつ死ぬか分からない極限状態のストレスを抱え続けることなど不可能に近い。
そこに、このポポロ村が『ガス抜き』の場として機能しているのだ。
美味い酒、コンビニ弁当、ファミレス、そしてパチンコ。
三国の上層部も、表向きは対立しながら、裏ではこの村の娯楽施設を通じて莫大な利益を吸い上げ、あるいは裏取引(密輸)を行っているに違いない。
だからこそ、この異常な不夜城が「中立地帯」という名目で黙認されているのだ。
「……最悪だ」
俺は頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
「俺は、小鳥のさえずりと共に起きて、無心で畑を耕す平和なスローライフを求めてここに来たのに……。こんな欲望と癒着とギャンブルの吹き溜まりみたいなドス黒い村、前世の俺の地元よりタチが悪いじゃねえか!」
俺の小市民メンタルが、激しい拒絶反応を起こしていた。
帰りたい。今すぐ馬車を呼び止めて、実家の……いや、母さんのいる豪邸にバックレたい。
だが、冒険者ギルドを通して正式に雇用契約を結んでしまった以上、初日でバックレれば違約金が発生し、俺のフリーランスとしての社会的信用は地に落ちる。母さんに知られれば「投資の回収が終わっていませんよ?」と笑顔でマグローザ漁船に乗せられるのは確実だ。
「……はぁ。とりあえず、村長に挨拶して、初日の報告だけでも入れないと……」
俺は重い足取りで立ち上がり、ギルドでもらった地図を頼りに、村の中央広場へと向かった。
せめて村長だけでも、まともな感性を持った田舎の好々爺であってくれ。そう祈りながら。
しかし、中央広場に近づくにつれ、何やら尋常ではない騒ぎが聞こえてきた。
「ウー! ウー! ガルルルルルッ!!」
「負けませんわ! このパンの耳は私の命! 五円玉ランチャー、発射ですのーっ!!」
『フンッ!!』
パァァンッ! という破裂音と共に、何かが野良犬の額にクリーンヒットし、犬がキャンキャンと鳴きながら逃げていく。
見れば、色褪せた『芋ジャージ』に健康サンダルを履いた美少女が、土にまみれたパンの耳を抱きしめて勝利の雄叫びを上げていた。
「いや、ここで表を出せば……俺は真のヒーローだ! コイントス……ッ! ……あ、裏だ。……ダメだ、死ぬ。親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬が死んだ悲しみがフラッシュバックしてきた……俺、寝込むわ……」
そのすぐ横では、ミスリルアーマーという超高級装備に身を包んだイケメンの剣士が、コインを落とした瞬間に顔面を青ざめさせ、白目を剥いて地面に突っ伏している。
「……えーっと?」
俺が完全にフリーズしていると、広場の中央にある村長宅らしき立派な建物から、一人の小柄な女性が飛び出してきた。
現代風のストリートカジュアルな服。頭には可愛らしいウサギの耳(月兎族か)。
だが、彼女の足元にだけは、全く可愛げのないゴツい『特注の安全靴(つま先鉄板入り)』が光っていた。
「もう! リーザちゃんもフェイトさんも、また広場で騒ぎを起こして! 怪我人はいませんか!? いたら私が『全回復』させてから、細胞レベルでみっちり説教を入れますからね!!」
ウサギ耳の少女が、ドォォォンッ! と安全靴で地面を踏み鳴らす。
それだけで、石畳の広場にクレーターのようなひび割れが走った。
――パンの耳を巡って野良犬と死闘を繰り広げる芋ジャージの女。
――コイントスで勝手に鬱になって寝込む重装備のイケメン。
――そして、安全靴で地面を粉砕しながら「全回復」とかいうサイコパスな単語を叫ぶウサギ耳のヤンデレ娘。
「……………………」
俺は、無言で踵を返した。
(ダメだこいつら。絶対に関わっちゃいけない人種の詰め合わせパックだ。違約金払ってでもバックレよう。俺の胃が持たない)
全力で逃亡を図ろうとした俺の背中に、
「――あ! そこの防刃ジャージのお兄さん! もしかして、ギルドから派遣されてきたエイトさんですか!?」
ウサギ耳の少女の、やたらとよく通る声が叩きつけられた。
俺のささやかな逃亡計画は、最悪のタイミングで潰えたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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