EP 5
修行編① 工業知識×魔法の効率化と、最悪な閃き
「エイト! 魔法の構築が0.2秒遅いわ! フリーランスの戦場において、納期の遅れは即ち死を意味します!」
「はい、母さん! すぐ修正します!」
豪邸の裏庭に設けられた広大な訓練場で、俺は血の滲むような修行の日々を送っていた。
三歳で伯爵家を追放されてから数年。俺は十歳になっていた。
この七年間、母・マリアが作成した『人生設計シート』に狂いはなかった。帝都トップの進学校で学力を叩き込まれ、放課後は自宅で三時間の魔法訓練。さらに『怪我=無収入』というフリーランスの絶対法則を守るため、ひたすら遠距離から的を射抜く【弓術】の反復練習を課された。
俺の着ている服は、地球のジャージを模した動きやすい素材に、急所だけを覆う特殊な軽量プレートを仕込んだ防刃服だ。これも母さんがドワーフの職人に特注した「生存率特化」の装備である。
「はぁっ!」
俺は息を吐きながら、ショートボウを引き絞り、的のド真ん中を連続で射抜く。
弓の腕前は、自分で言うのも何だが天才的だった。いや、前世でコントローラーのエイム合わせばかりやっていたおかげか、集中して的を狙う作業には妙な適性があったのだ。
だが、問題は『魔法』だった。
「……また魔力経路がショートした。くそっ、普通のやり方じゃ効率が悪すぎる」
この世界の魔法は、通常、呪文を詠唱して体内の魔力を練り上げ、それを自然界のマナと結びつけて発動させる。
しかし、俺の小市民的な精神構造のせいか、詠唱という「エモい」工程がどうにも苦手だった。熱く叫んで魔法を撃つなど、疲れるし恥ずかしい。
そこで俺は、前世でたった三日だけ経験した『自動車工場のライン作業』の記憶を、魔法構築に応用することにしたのだ。
(魔法の発動に必要な工程を『部品化』して、脳内に魔法陣の『ベルトコンベア』を作るんだ)
まずは『魔力抽出』という工程。次に『属性付与』。最後に『形状変化』。
これらを一つの呪文でゼロから作るから時間がかかる。俺は前世の工業高校で学んだ「規格化」の概念を取り入れた。
自然魔法で生み出す『植物の種』をあらかじめ魔力でコーティングし、魔法ポーチの中にストックしておく(部品の事前生産)。戦闘時はそれに魔力を通すだけで、一瞬にして足元に木々の根を生やしたり、鋭い『撒菱』の形状をした硬い植物を大量に散布できるようにした。
炎魔法も同じだ。指先に小さな炎の弾を圧縮し、弾倉に詰めるように魔力回路にストックする。
「……工程よし。射出!」
パパンッ! と指先から『フレイム・バレット(炎弾)』が機関銃のように連射され、的の周囲に展開した自然魔法の植物罠に着火。一瞬にして炎の壁が出来上がった。
「素晴らしいわ、エイト。魔法の『モジュール化』による大量生産。まさにライン工の鏡ね」
メガネを光らせたマリアが、満足げに頷いた。
「敵と直接戦う必要はありません。相手が勝手に罠のラインに乗り、自動的に処理されていく。これぞ究極の『不労所得型戦闘』よ」
「だろ? これなら俺は安全圏で座ってるだけで勝てる」
泥臭い裏方の作業だが、俺の「絶対に前線に出たくない」という強烈なバックレ精神が、魔法を全く別の兵器へと進化させていた。
そんなある日のことだ。
俺が炎魔法のライン構築を極限まで効率化し、数千度の炎を無駄なくコントロールする練習をしていると、訓練場の中央に突如として凄まじい熱波が巻き起こった。
空間が歪み、轟々たる炎の中から、巨大な赤い肌を持つ魔人が現れたのだ。
『ハハハハハッ! 見事な炎の制御よ! 我を呼ぶとは、貴様、どれほどの闘争を望む覇王か!』
「うわっ!? なんだお前!」
『我は炎の上位精霊、イフリート! さあ小僧、我と契約を結べ! 共に戦場を焼き尽くし、敵の悲鳴で宴を開こうぞ!』
イフリート。神話にも出てくるような超強力な召喚獣だ。普通なら大喜びするところだろう。
だが、俺はドン引きしていた。
「いや、遠慮します」
『……は?』
「戦場とか危ないし、敵の悲鳴とか聞きたくないんで。俺、そういう体育会系のノリ無理だから。帰っていいよ」
『な、なんだと!? 上位精霊であるこの我を袖にするというのか!?』
イフリートが怒りで炎を膨張させるが、俺は冷めた目でため息をついた。
「お前さ、無駄に燃えすぎなんだよ。熱効率が悪すぎる。そんなに派手に燃えたら、敵に『ここにいますよ』って宣伝してるようなもんだろうが」
『ぐぬっ……!』
「俺が欲しいのは、定位置で正確に、必要な温度の炎だけを出し続ける『工業用バーナー』だ。お前、指定した座標で火炎旋風だけを自動で回し続ける機械になれるか?」
『我をなんだと思っている! ……だ、だが、まぁ、それくらいなら造作もないが……』
「じゃあ契約してやる。俺の構築した『死のライン』の最後尾で、不良品(敵)の焼却炉担当な。労災は出ないからな」
イフリートはポカンと口を開け、やがて腹を抱えて大爆笑した。
『クハハハハッ! 貴様、見た目は臆病な小僧だが、腹の中は悪魔よりタチが悪い! よかろう、その合理的かつ悪辣な戦法、気に入った! 我が力、存分に自動化するがよい!』
こうして俺は、炎の上位精霊イフリートを「自動焼却炉」として魔法ポーチに(文字通り)収納することに成功した。
生存戦略は着々と完璧に近づいている。
しかし、俺の心には常に一つの暗い影が落ちていた。
――ユニークスキル【鬼ごっこ】。
ルチアナから授かった、触れた対象を世界の敵(鬼)にする最凶のハズレスキル。
俺はこの数年間、一度もこのスキルを使っていない。
理由は単純明快だ。発動条件が『対象に直接タッチすること』だからだ。
(馬鹿じゃねーの。なんでアウトソーシング至上主義の俺が、わざわざ敵のど真ん中に突っ込んで背中をポンッて叩かなきゃいけないんだよ。リスクとリターンが釣り合ってねえんだわ)
魔獣や敵対する相手に「直接触れる」ということは、俺が一番嫌悪する「近接戦闘」を行うことを意味する。そんなことをすれば、良くて大怪我、悪ければ死だ。フリーランスとしては即廃業である。
「結局、あの駄女神がくれたスキルは一生封印だな。俺は弓と罠だけで生きていく」
俺はそう結論づけ、再びショートボウを構えた。
闘気と魔力を矢に込め、深く引き絞る。
ヒュッ、という鋭い風切り音と共に放たれた矢は、五十メートル先の的のど真ん中を正確に射抜いた。
的に突き刺さった矢は、俺の魔力と闘気を帯びて微かに発光している。
俺はふと、弓を下ろし、その刺さった矢をじっと見つめた。
「……ん?」
何かが、脳の裏側で引っかかった。
俺の放った矢。
それは、俺の体から離れた物理的な物体だが、同時に俺自身の『闘気』と『魔力』がみっちりと詰まっている。
魔法の世界において、己の魔力や闘気が込められた武器は、使用者の『身体の延長』として認識されると、学校の授業で習った記憶がある。
(身体の延長……?)
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
もし、俺の手から離れたこの「矢」が、世界のシステム(ルチアナのルールの範囲内)において「俺自身の指先」と同じ判定を受けるとしたら?
(対象に直接タッチする必要なんて、初めからなかったんじゃないか?)
俺の闘気と魔力を限界まで込めた矢を、敵に『当てる』。
それはつまり、遠距離からの『間接タッチ』が成立するということだ。
「おい……マジかよ」
ゾワリと、背筋に悪寒のような興奮が走った。
もしこの仮説が正しければ。
俺は、絶対安全な数十メートル、いや数百メートルの彼方から、弓で敵を射抜くだけで、そいつを『鬼(世界の敵)』に指定できることになる。
敵の軍勢のど真ん中にいる指揮官を、こっそり弓で射抜く。
次の瞬間、その指揮官は【鬼ごっこ】のシステムによって、味方の兵士たちから「生理的嫌悪の塊」として認識され、その場で身内から蜂の巣にされる。
同士討ち。自滅。
俺は草葉の陰で、ポップコーンでも食べながらそれを見物していればいい。
「……くっ、くくく……ははははっ!」
自然と、口元が醜く歪んでいくのがわかった。
俺の中で眠っていた『最強の悪知恵』のピースが、完全にカチリとハマった瞬間だった。
(最高じゃねえか。これぞ究極のバックレ戦法……!)
ハズレだと思っていた【鬼ごっこ】。
だが、弓術というアウトソーシング技術と組み合わさった時、それは神すらも想定していなかった『最悪の狙撃』へと進化を遂げたのだ。
「待ってろよ、理不尽な世界。俺は安全圏から、お前らのルールを全部裏返してやるからな」
的を射抜いた矢を見つめながら、俺は前世では見せたこともないような、大胆で冷酷な笑みを浮かべていた。
読んでいただきありがとうございます。
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