EP 3
運命のスキル検査と、最悪の刻印【鬼ごっこ】
月日は流れ、俺は無事に三歳を迎えた。
この三年間、母・マリアによる「極大回復ドーピング」と「スパルタ金融教育」を毎日浴び続けた結果、俺の身体は恐ろしいことになっていた。
三歳児にして、すでに成人男性並みの筋力と魔力回路が形成されているのだ。木剣を振れば風を切り裂き、ちょっと魔力を練れば火花が散る。前世の貧弱な引きこもりボディとは雲泥の差だ。
(だが、絶対にこの力は親父には隠しておく……!)
俺は固く決意していた。
このアナスタシア世界では、三歳で「スキル検査」、五歳で「魔力検査」が行われ、素質を認められた者は九年間の進学校(という名のエリート軍人養成機関)にぶち込まれる。
そして、脳筋の親父に「おっ、こいつ戦えるじゃん」と思われた日には、間違いなく最前線の激戦区に「使い捨ての駒」として放り込まれる。
俺が目指すのは、あくまで安全圏からのアウトソーシング(後方支援)と、不労所得によるスローライフなのだ。
そして今日。
俺の人生の方向性を決定づける、ルチアナ教会での『スキル検査の儀式』の日がやってきた。
荘厳なステンドグラスから光が差し込む礼拝堂。
祭壇の前には、人の頭ほどある巨大な『魔導水晶』が鎮座している。
腕組みをして仁王立ちする親父と、銀縁メガネを光らせて手帳に何かをメモしている母マリアに見守られながら、俺は神父に促されて水晶の前に立った。
「さあ、エイト様。この水晶に両手を触れてください。女神ルチアナ様が、あなたに相応しい『スキル』を啓示してくださるでしょう」
神父の言葉に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
(そういえば、あのジャージ姿の駄女神……別れ際に変なスキルを渡したとか言ってたな……)
一抹の不安を抱えながら、俺は水晶にペタッと両手を触れた。
瞬間、水晶が眩い光を放ち、その内部に古代文字のようなルーンが浮かび上がった。神父がその文字を読み解き、やがて目を丸くして驚愕の声を上げた。
「こ、これは……! エイト様は、固有の能力……『ユニークスキル』を所持しておられます!」
「おおっ!?」
親父のゴートンが、珍しく歓喜の声を上げた。
ユニークスキルといえば、建国者の佐藤太郎や英雄クラスしか持っていないとされる超絶レア枠だ。親父の頭の中ではすでに「三男坊が我が家の軍事力を底上げする大エースになる」という妄想が膨らんでいるのだろう。
「でかしたぞ! して、神父よ! エイトのスキルは何だ!? 【聖剣】か!? それとも【闘鬼】か!?」
「あ、いえ……それが……」
神父は水晶の文字を二度、三度と見直し、信じられないものを見るような目で俺を見た。
そして、震える声でそのスキルの名前を口にした。
「……ユニークスキル、【鬼ごっこ】……です」
ぴゅーう、と。
礼拝堂の中に、冷たい隙間風が吹いたような気がした。
「……は?」
ゴートンが間抜けな声を漏らす。
「お、おにごっこ? なんだそれは。子供の遊びか?」
「わ、私にも詳細は……あ、いえ、水晶の奥に、スキルの効果が記述されております。読み上げます……ッ!?」
神父は文字の続きを読んだ瞬間、顔面を蒼白にさせた。
額から滝のように冷や汗を流し、一歩、また一歩と俺から後ずさる。
「ど、どうした神父。さっさと読まんか!」
「ひっ……! は、はい! 『効果……対象に直接タッチすることで、その者を【鬼】に指定する』!」
神父は震える声で叫んだ。
「『鬼に指定された者は……全世界の人間、魔族、獣人から【生理的嫌悪】を抱かれ、国家最高ランクの討伐対象として認識される。さらに、魔物や野生動物からも【最優先捕食対象】として果てしなく狙われ続ける』……と!!」
静寂。
完全な、死のような静寂が礼拝堂を支配した。
俺は心の中で頭を抱えていた。
(おいルチアナアアアアッ!! なんだよこのクソ最悪な嫌がらせスキルは!!)
対象を世界の敵にする? そんなヘイト管理の概念をぶっ壊すような呪いの力、使い道がなさすぎる。一歩間違えれば、触れた瞬間に味方を破滅させる最凶のデバフだ。
こんなものを持っていると知られれば、周りの人間は「自分が鬼にされるかもしれない」と怯え、確実に俺を排除しようとするだろう。
「……貴様」
地を這うような、ドス黒い声が響いた。
ゴートンだった。
彼の身体から、先程までの期待など微塵もない、殺意に満ちた闘気が立ち上っていた。
「闘気を高めるでもなく、剣を振るうでもない。ただ相手に触れて、世界中から狙われる『呪い』を押し付けるだと……? 己の手を汚さず、他者を破滅させる……なんという卑怯で、おぞましい能力だ」
ゴートンはギリッと歯を食いしばり、俺を汚物でも見るような目で睨みつけた。
「我がミリシア家は、代々『闘気』と『武勇』を以て帝国に仕えてきた誇り高き武門の家柄! そのような呪われた忌み子スキルを持つなど……一族の恥辱! いや、帝国への脅威にすらなり得るわ!!」
「あ、あなた様! 落ち着いて……」
「ええい、黙れマリア!!」
ゴートンは、歩み寄ろうとした母さんに向かって怒鳴り散らした。
「貴様の産んだ三男坊は、使い物にならないどころか、我が家に泥を塗る呪われた忌み子だったわ! もはや一秒たりとも、俺の領地に置いておくわけにはいかん!!」
親父の指が、ビシッと俺と母さんを指差した。
「マリア! 貴様もこの穀潰しと共に、今すぐ俺の屋敷から出て行け! 勘当だ! 二度とミリシアの姓を名乗ることは許さん!!」
俺は顔面から血の気が引いた。
(マジかよ!? 勘当!? 追放!?)
前世でどれだけ親からゴミ扱いされても、家から追い出されることだけはなかった。
この過酷なファンタジー世界で、三歳の赤ん坊と女一人が放り出されたら、待っているのは「飢え」か「魔物の餌」になる未来しかない。
俺の究極のニート・スローライフ計画が、わずか三歳にして完全に崩壊した瞬間だった。
(ど、どうする!? 親父に土下座して泣きつくか!? いや、この脳筋は絶対に許してくれない! 終わった、俺の人生終わった……!)
パニックになる俺。
しかし。
俺の隣に立つ母・マリアは、泣き叫ぶことも、すがることもなく。
ただ、冷たい銀縁メガネの奥で、ゾッとするほど美しい、絶対零度の微笑みを浮かべていた。
「……よろしいのですね、旦那様」
マリアの声は、怒声が響き渡っていた礼拝堂の空気を、一瞬で凍てつかせるほどに冷酷で、静かだった。
「私の産んだエイトを忌み子と断じ、一方的に婚姻契約を破棄し、母子共々この領地から追放する。……当主であるゴートン・ミリシア伯爵の『正式な決定』として、間違いありませんね?」
「ふん! 何度でも言ってやる! 貴様らは今日をもって追放だ!」
ゴートンの言葉を聞き届けた瞬間。
マリアは「ふふっ」と、心底楽しそうに笑った。
そして、彼女の手に持っていた高級な革製のバッグから、ドサリ、と分厚い書類の束を取り出した。
「……追放、承知いたしました」
マリアはメガネを中指でクイッと押し上げ、まるで獲物を前にした死神のような冷徹な声で告げた。
「では――これより、ミリシア伯爵家に対する『財産分与』『不当破棄による慰謝料』、並びに……ルナミス中央銀行および私の実家から当家へ融資していた莫大な負債の、『一括返済手続き』へ移行させていただきます」
その瞬間、ゴートンの顔からスッと血の気が引くのを、俺は見逃さなかった。
武力と闘気しか知らない脳筋貴族が、ルールとシステムを熟知した『元銀行員』の逆鱗に触れたのだ。
(あ、親父……死んだな、これ)
血を見るより残酷な、母の圧倒的『法的ざまぁ』が、今まさに始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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