EP 15
嘘発見器が暴く最強ビビりの本音と、騒がしいスローライフ(未遂)の幕開け
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ! やめろ、来ないでくれぇぇぇっ!!」
かつて白銀に輝いていたオリハルコンの鎧は泥と馬の糞にまみれ、端正だった顔面はペガサスの蹄とドローンのスタンガンによって見る影もなく腫れ上がっていた。
やらせ炎上配信を目論んでいた勇者、ゼロス・ディバイン。
彼は今、かつて自分を信奉していたファンクラブの少女たちから「世界の汚物!」「二度と面見せんな!」と石や泥を投げつけられながら、ポポロ村の出口へと無様に逃げ惑っていた。
「あ、待て」
俺はどんぶりを置き、逃げ惑うゼロスの背中めがけて、足元に落ちていた小石を軽く蹴り飛ばした。
石は綺麗な放物線を描き、ゼロスの背中にポスッと当たる。
《ピロン♪》
脳内でシステム音が鳴り、【鬼ごっこ】の指定が解除された。
「……ま、あんなもんでいいだろ。これ以上やらせてあのバカが死んだら、ギルドや神教会に提出する顛末書が面倒くさくなるからな」
フリーランスにとって、余計な事務作業は天敵だ。
鬼指定が解除されたことで、ファンたちの目から「絶対的な生理的嫌悪」のフィルターが外れる。彼女たちはハッと我に返り、「え? 私、なんであんな奴を推してたんだろ……」と急速に冷めた顔になり、ボロボロになって逃げていくゼロスを放置して帰っていった。
これで、神界のクソ野郎が描いていた悪辣なシナリオは、文字通り物理的に大炎上して終わったわけだ。
「……ふぅ」
俺は大きく伸びをして、首の骨をポキポキと鳴らした。
これでようやく、初日の仕事は本当に終わりだ。帰って寝よう。
「エイトさん」
背後から、静かな声がかけられた。
振り返ると、安全靴を履いたウサギ耳の村長、キャルルが立っていた。
彼女の瞳は、先ほどまでの激戦の興奮を隠しきれないのか、少しだけ熱を帯びて潤んでいる。
「お疲れ様です、キャルルさん。いやー、酷い目に遭いましたね。まさか初日からこんなブラックな職場だとは思いませんでしたよ」
俺は軽口を叩きながら、笑ってごまかそうとした。
「俺みたいなビビりで事勿れ主義の小市民には、やっぱり荷が重すぎます。あんな魔獣の大群や、インチキ勇者を相手にするなんて。……だから、今回は特別に頑張りましたけど、明日からは本当に安全圏で農作業だけ……」
「嘘、ですね」
キャルルが、ピシャリと俺の言葉を遮った。
彼女の長いウサギの耳が、ピンと真っ直ぐに立っている。
「私の耳を誤魔化せると思わないでください、エイトさん。あなたの心音……さっきから、ものすごく不器用なリズムを刻んでいますよ」
「えっ……」
キャルルは一歩、また一歩と俺に近づき、俺の胸元にそっと顔を寄せた。
「あなたは口では『面倒だ』『安全第一だ』と言います。自分の手を汚さないのがフリーランスだ、とも言いました。……でも、ゼロスがリーザちゃんを突き飛ばした時、あなたの心臓は、怒りで張り裂けそうなほど強く、熱く拍動していました」
「っ……」
「自分の保身のためなら、あのまま隠れていればよかったはずです。それなのに、あなたは震える足を無理やり動かして、わざと卑屈なフリをしてまで、ゼロスの前に立ちはだかった。……あんなの、ただの小悪党には絶対にできません」
キャルルの言葉に、俺は図星を突かれて顔を背けた。
前世で、親から「粗大ゴミ」と呼ばれ続けてきた俺だ。誰かに期待されることも、本質を見透かされることも、ずっと避けて生きてきた。
本当は臆病で、痛いのが嫌いで、逃げ出したいだけのダメ人間。
だけど、目の前で理不尽に誰かが踏みにじられるのを見た時だけは……前世のあの路地裏と同じように、どうしようもなく頭に血が上ってしまうのだ。
「……買い被りすぎですよ」
俺はぽりぽりと頭を掻き、わざと悪ぶった笑みを浮かべた。
「俺は、俺の平穏なスローライフを邪魔する奴が嫌いなだけです。そのためなら、使える手札(悪知恵)は全部使う。それだけのことです」
「はい。知っています」
キャルルはパッと顔を上げ、満面の、太陽のような笑顔を咲かせた。
そして、俺の両手を、彼女の小さな両手でギュッと握りしめた。
「怖がりで、ずる賢くて、口が悪くて。……でも、誰よりも優しくて、いざという時には絶対に逃げない。それが、エイトさんなんですよね」
「ちょ、キャルルさん、距離が……」
「合格です!」
ドォォォォンッ!!
キャルルが安全靴で地面を踏み鳴らし、広場の石畳を再び粉砕した。
ヤバい、このウサギ、感情が高ぶると地形を破壊する癖があるのか。
「エイトさん。あなたを、ポポロ村の地域応援隊として、正式に歓迎します。……ううん、違いますね」
キャルルの瞳の奥に、得体の知れない、だが底なしに重くて甘い『執着』の炎が灯った。
「あなたは今日から、私たちの大切な『家族』です。この村のことも、私のことも、絶対に守ってくださいね? ……もし逃げようとしたら、地の果てまで追いかけて、骨を砕いてから『全回復』させて、一生私のそばから離れられないようにしますからね♡」
「ヒィッ!?」
俺の背筋に、死蟲機と対峙した時以上の悪寒が走った。
冗談じゃない。嘘発見器を持っている彼女の前では、建前も逃げ口上も一切通用しない。俺は、この物理攻撃力カンストのヤンデレ村長に、完全にロックオンされてしまったのだ。
「ちょっと! エイトさん、村長とイチャイチャしてないで約束を守るんですの!」
そこへ、お賽銭箱型掃除機の残骸を抱えたリーザが、血まみれの芋ジャージ姿で突撃してきた。
「一万枚のスパチャ! 五万円分の御縁! さあ、払うんですの! 私、これでルナキンの『極厚バイソン・ステーキ定食』を三日連続で食べるって決めてるんですのよ!」
「わーったよ! 払うから血まみれで抱きつくな! ジャージが汚れるだろ!」
「おいエイト! お前のその悪知恵と、俺のコイントスがあれば、ルナミスパーラー(パチンコ屋)で一生食ってけるぞ! 俺の専属マネージャーになってくれ!」
忌引きから復活したフェイトまでが、キラキラとした目で俺の肩を組んでくる。
「誰がギャンブル中毒のマネージャーなんかやるか! お前はまず真面目に働け!」
押し寄せるカオスな同僚たち。
静かな田舎の夜は完全に崩壊し、不夜城の喧騒が再び村を包み込んでいく。
* * *
――それから数日後。
「コラァッ! 逃げるな人参マンドラ! 今日こそお前を収穫してポトフにしてやる!」
「ギャァァァァァァッ!!(訳:誰が食われるかクソフリーランス!)」
俺は麦わら帽子を被り、泥だらけになりながら、ポポロ村の畑を猛ダッシュで逃げ回る『人参マンドラ』を追いかけていた。
これが俺の日常だ。
朝は畑で逃げ回る野菜と格闘し、昼はタローソンの廃棄弁当を巡ってリーザや獣人兵たちと凄絶な心理戦を繰り広げ、夜はフェイトのしょうもない嘘(今日は親戚のペットの亀が死んだらしい)のツッコミに追われ、隙あらばキャルルの重すぎる愛情(監視)を潜り抜ける。
たまに村を脅かす魔物や盗賊が現れれば、俺の悪知恵と【鬼ごっこ】の最悪のコンボで、裏から合法的に社会的に抹殺する。
(……全然、スローライフじゃねえ)
大根を引き抜きながら、俺は深い深いため息をついた。
前世で、コタツ部屋に引きこもってゲームばかりしていた頃の静けさが、時々猛烈に恋しくなる。
だけど。
昼休憩になり、村の24Hファミレス『ルナキン』のドリンクバーでメロンソーダを啜っていると。
正面の席でパンの耳に備え付けの粉チーズをかけて豪遊しているリーザや、競馬新聞と睨めっこしているフェイト、そして俺の横にピタリと張り付いて「あーん」をしてくるキャルルの笑顔を見ると。
(まぁ、あの暗くて冷たいコタツ部屋よりは……少しはマシな人生、なのかもしれないな)
俺は、運ばれてきたハンバーグを口に運びながら、小さく笑った。
理不尽に満ちたファンタジー世界。
神界のクソ野郎どもが、またPV稼ぎのために俺たちの平穏を脅かしにくるかもしれない。
だけど、恐れることはない。俺には母さんから受け継いだ『悪知恵』と、最強のハメ技へと進化したハズレスキルがある。そして、この文句ばかりで厄介だけど、いざという時には命を張ってくれる仲間たちがいる。
「かかってこいよ、理不尽。……俺の平和を邪魔する奴は、地の果てまでバックレながら、裏から全部撃ち抜いてやるからな」
最強のビビりによる、最高に泥臭くて騒がしい辺境再就職ライフ。
俺、只野英太の本当のフリーランス生活は、今ここから始まるのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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