EP 14
遅れてきたやらせ勇者と、悪知恵による完全なる『炎上戦術』
昨夜の襲撃から一夜明けたポポロ村。
広場には、討伐されたおびただしい数の魔獣の死骸と、粉々に爆散した『死蟷螂機』の残骸が散乱していた。
だが、村に悲壮感は欠片もない。
「ほら、シャドウウルフの毛皮はタローマン(ホームセンター)で高く売れるから、傷つけないように剥げよ! 魔石はギルドの買取に回すから一箇所に集めろ!」
俺は防刃ジャージの袖を捲り上げ、片手にバインダーを持ちながら、村の自警団やドンガン地下帝国から派遣されてきたドワーフたちにテキパキと指示を出していた。
前世の工場勤務で培った「ライン作業の効率化」は、解体作業や戦後処理にも大いに役立っている。
ちなみに、俺のもう片方の手には『どんぶり』が握られていた。
「うん、美味い。ルチアナの野郎が作った設定らしいが、死蟲機の肉って本当にエビみたいな味がするんだな。ネクロマンティスの海老天丼、最高じゃねえか」
サクサクの衣に包まれた、プリプリの謎の白身肉(元・巨大カマキリ)を頬張りながら、俺はすっかりスローライフの醍醐味(?)を満喫していた。
キャルルが淹れてくれた食後のポポロ・コーヒーを啜り、「これで今日の仕事は終わりにして、昼寝でもするか」と思った矢先だった。
――ファンファーレの音が、村の入り口から鳴り響いた。
「……あ?」
天から降り注ぐような、やたらと仰々しい金管楽器の音。
それに合わせて、真っ白なペガサスに跨り、全身をピカピカの白銀の鎧(オリハルコン製)で固めた一人のイケメン剣士が、数台の『魔導浮遊カメラ(ドローン)』を引き連れて広場へと乗り込んできたのだ。
白い歯が不自然なほどキラリと光り(間違いなく整形だ)、その背後には十数人の熱狂的な取り巻き(ファンクラブ)が黄色い歓声を上げている。
「嘆くことはない、ポポロ村の哀れな民たちよ! この村を襲った未曾有の悲劇……だが安心してほしい! 神界より遣わされしこの勇者、ゼロス・ディバインが、今こそ君たちを絶望から救い出そう!!」
バサァッ、とミスリル製のマントを翻し、ゼロスと名乗った勇者が芝居がかったポーズを決めた。
ドローンカメラが様々な角度から彼の『ヒロイックな姿』を撮影し、ゴッドチューブの生配信へと映像を送っているのだろう。
だが、ゼロスはポーズを決めたまま、ピタリと固まった。
「……え?」
彼の視線の先にあるのは、阿鼻叫喚の地獄絵図などではない。
鼻歌交じりに魔獣を解体しているドワーフたちと、ネクロマンティスの海老天丼を美味そうに掻き込んでいる俺の姿だった。
悲惨な被害者も、泣き叫ぶ子供も、村を蹂躙しているはずの強大な魔獣も、どこにもいない。
「な、なんだこれは……!? ワイズ様のシナリオでは、村は壊滅状態になり、私が颯爽とボスを倒す手はずだったのに! ボ、ボスはどこだ!」
「ボスなら俺がさっき食ったよ。天丼にして」
「はぁっ!?」
俺がどんぶりを掲げて見せると、ゼロスの整った顔面が、怒りと焦りで醜く歪んだ。
こいつが、ネギオの言っていた『やらせ炎上配信』の主役か。
神界のクソ野郎と結託して、村が襲われるのを安全圏で待機し、被害が拡大したところで美味しいところだけを掻っ攫う。
前世でも見たことがある、承認欲求とPV稼ぎの権化のような迷惑系配信者だ。
「ふ、ふざけるな! このままでは私のゴッドチューブの同接(同時接続数)が落ちてしまうではないか! ええい、せめてその魔獣たちの素材と魔石だけでも、私が討伐したことにして回収させてもらうぞ!」
ゼロスは馬から降りると、横暴にも自警団がまとめていた魔石の山へと歩み寄ろうとした。
だが、そこに立ちはだかったのは、お賽銭箱型掃除機を抱えたリーザだった。
「ちょっと! それは私たち地域応援隊が命懸けで確保した大切なスパチャ(資金源)ですの! 横取りするなら、五百円玉一万枚を置いていきなさい!」
「どけ、薄汚い物乞い女が! 勇者であるこの私に逆らう気か!」
ゼロスが苛立ち紛れに、リーザの肩を乱暴に突き飛ばした。
よろめいたリーザを、キャルルがサッと背後から支える。
「……あなたの心音、ひどい不協和音ですね」
キャルルのウサギ耳がピクッと動き、その瞳が氷のように冷たく細められた。
「『村を救う』なんて言葉、微塵も思っていない。あなたの心の中にあるのは、金と名誉への執着、それに、ポポロシガーのヤニの匂いだけです。……偉そうな口を叩く前に、その口臭スプレーで誤魔化した嘘吐きの口を閉じなさい」
「な、なんだと貴様……!」
隠れて吸っていたタバコのことまで当てられ、ゼロスは顔を真っ赤にして激昂した。
チャキッ、と。彼が腰のオリハルコンソードを抜き放つ。
「たかが辺境の田舎者どもが、神に選ばれし勇者をコケにする気か! 私のユニークスキル【マネー】の力を見せてやる!」
ゼロスが懐から分厚い札束(あるいは高額な魔石)を取り出し、剣の柄に押し込んだ。
その瞬間、彼の身体から強烈な闘気と魔力が爆発的に膨れ上がる。
【マネー】――課金すればするほど、一時的にステータスが跳ね上がるという、資本主義のバグのようなスキル。
今のゼロスから放たれるプレッシャーは、昨夜のネクロマンティスにも匹敵するものだった。
「ここで貴様らを叩き斬り、『村人を洗脳していた悪党を成敗した』というシナリオに書き換えてやる! カメラ、しっかり回しておけよ!」
カメラドローンがゼロスを中心に旋回し、取り巻きのファンたちが「キャー! ゼロス様かっこいい!」と歓声を上げる。
圧倒的な暴力と、配信という『世論の暴力』。
まともにやり合えば、たとえキャルルたちでも無傷では済まないし、村に多大な被害が出る。
(……あーあ。本当に、どいつもこいつも)
俺は、手に持っていたどんぶりをそっと近くの木箱の上に置いた。
ドクン、と。
やかましかった心臓の音が、ピタリと止む。極限の恐怖が、氷のような冷たさと凪いだ感情に塗り替えられていく、あの『スイッチ』が入った。
(俺の平穏を邪魔するクソ野郎は、絶対に許さねえって決めたんだよ)
俺は深く息を吐き出し、わざとオドオドとした足取りで、震えながらゼロスの前へと進み出た。
「ゆ、勇者様! どうか、どうかお許しください!」
「ん? なんだお前は」
「俺はこの村のしがない裏方でして……! 彼女たちが無礼を働き、申し訳ありません! 手柄も魔石も、すべて勇者様にお譲りします! ですから、どうか剣を収めてください!」
俺は両手を擦り合わせ、前世の営業マン顔負けのペコペコとした態度で、ゼロスへと歩み寄った。
「エイトさん!? 何を言っているんですか!」
背後でキャルルが驚きの声を上げるが、俺は無視した。
「はっ! やはりお前のような底辺の小悪党は、私のような本物の強者を前にはひれ伏すしかないのだな!」
ゼロスは完全に気を良くし、俺を見下して高笑いを上げた。
「よかろう! ならば私の靴を舐め、カメラの前で謝罪の言葉を……」
「ええ、もちろん。ですがその前に――お疲れ様です」
すれ違いざま。
俺は、怯えたふりをして頭を下げながら、ほんの少しだけよろめくフリをして。
ゼロスのピカピカのオリハルコンアーマーの肩口を、ポンッ、と素手で叩いた。
「……あ?」
ゼロスが怪訝な顔をした、その瞬間。
《ピロン♪》
俺の脳内に、世界を書き換える最悪のシステム音が響き渡った。
ユニークスキル【鬼ごっこ】、発動。
対象:ゼロス・ディバイン。
ピタリ、と。
広場の空気が凍りついた。
直前まで「ゼロス様素敵!」と黄色い歓声を上げていた取り巻きのファンクラブの少女たちが、一斉に押し黙った。
彼女たちの瞳から、熱狂の光がスッと消え失せ、代わりにどす黒い『生理的嫌悪』が浮かび上がる。
「……え、何あれ。気持ち悪っ」
「嘘、無理。同じ空気吸いたくない。近づかないでよ」
「ていうかさっきから何なのあの自意識過剰な男。殺したいくらいムカつくんですけど」
ファンたちの口から、呪詛のような言葉が吐き出される。
異変はそれだけではない。
ゼロスが乗ってきた真っ白なペガサスが、突如として狂ったようにいななき、ゼロスに向かって強烈な後ろ蹴りを放ったのだ。
「ぐはぁっ!?」
背中を蹴り飛ばされ、ゼロスが地面に無様に転がる。
「な、何をするペガサス! お前たちはどうしたのだ! 私は勇者ゼロスだぞ!」
「うるさい! その汚い声を聞かせないで!」
「死ね! 世界のゴミ!」
取り巻きのファンたちが、持っていた応援グッズや石ころをゼロスに向かって全力で投げつけ始めた。
さらに、上空を飛んでいた『魔導浮遊カメラ(ドローン)』までもが、ゼロスを『絶対に排除すべき敵』としてロックオンし、搭載されている護身用のスタンガンをバチバチと鳴らしながら、ゼロスの顔面めがけて特攻を仕掛けていく。
「ぎゃあああっ!? や、やめろ! 私の美しい顔が! 課金したステータスが!」
【マネー】でどれだけステータスを上げようが、無意味だ。
彼には、仲間を傷つける覚悟も、理不尽に立ち向かう勇気もないのだから。
味方だと思っていた者たちから一斉に襲われ、パニックに陥ったゼロスは、剣を振るうことすらできず、石とスタンガンとペガサスの蹄による『集団リンチ』を浴びて、地面を転げ回っていた。
「……さて」
俺はその狂乱の光景からスッと距離を取り、キャルルたちの元へと戻った。
唖然として口を開けているフェイトとリーザの横で、俺は再び海老天丼のどんぶりを手に取った。
「フリーランスってのはな。正面から殴り合うんじゃなくて、相手のシステム(足元)をすくって自滅させるのが一番賢いやり方なんだよ」
やらせで炎上を狙っていた勇者は、自分自身のファンとカメラの目前で、最悪の『炎上(物理)』を引き起こし、完全に社会的な死を迎えた。
これこそが、俺の悪知恵と【鬼ごっこ】による、最強のハメ技だ。
「……エイトさん。やっぱりあなた、最高に……性格が悪くて、最高にかっこいいです……♡」
キャルルが、顔を真っ赤にしてウサギ耳を震わせながら、俺の背中にぴとりと張り付いてきた。
「おいおい、俺はただの平和主義者だぞ? 面倒事は、システムに処理してもらうのが一番だからな」
俺はため息をつきながら、残っていた天丼の尻尾を口に放り込んだ。
裏で糸を引いているという『炎上神ワイズ』への、これが俺なりの挨拶代わりの反逆である。
理不尽には絶対屈しない。
最強のビビりによる辺境の不夜城防衛戦は、こうして完全なる勝利で幕を閉じたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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