EP 13
不夜城の朝と、裏で糸を引く『やらせ炎上神』
チュンチュン、という小鳥のさえずりで俺は目を覚ました。
ポポロ村での初日の朝だ。
「……痛え」
ベッドから起き上がろうとした瞬間、全身の筋肉がバキバキと悲鳴を上げた。
昨夜の死闘――『死蟲機』のボス、ネクロマンティスを討伐した代償だ。極度の緊張と、魔力と闘気の限界突破のせいで、身体中が鉛のように重い。
だが、とりあえず生きて朝を迎えられたことに、俺はホッと息を吐いた。
「エイトさーん! 朝ごはん、できてますよー!」
一階から、キャルルの明るい声が聞こえてくる。
俺が重い足取りで村長宅のリビングに降りていくと、テーブルの上には目を疑うような光景が広がっていた。
焼きたての分厚いトースト、目玉焼き、そして大量の『人参サラダ』と『人参ジュース』。
そこまではいい。問題は、エプロン姿のキャルルが、俺の席の隣にピタリと張り付き、フォークを片手に満面の笑みで待機していることだ。
「おはようございます、エイトさん! さあ、あーんして下さい! 私の作った『月見大根と陽薬草の特製スープ(愛情たっぷり)』を飲めば、全身の筋肉痛なんて一秒で『全回復』しますからね!」
「……いや、自分で食えるから。スプーン奪わないで」
俺がドン引きしていると、テーブルの向かい側で、芋ジャージ姿のリーザが『パンの耳』に塩を振って齧りながら、恨めしそうな目でこちらを睨んできた。
「ぐぬぬ……。エイトさんだけズルいですの。村長、私にもその目玉焼きをスパチャしてくれませんこと?」
「ダメですよリーザちゃん。これは、昨夜村を救ってくれたエイトさんへの特別報酬ですから。それに、リーザちゃんにはあとでタローソンの廃棄弁当争奪戦が控えているじゃないですか」
「そうですわ! 今日は絶対に『ロックバイソンの焼肉弁当』を野良犬から死守してみせますの!」
リーザが鼻の穴に五円玉を詰め込み、フンッ! と謎の気合いを入れている。
そして部屋の隅では、自警団長のフェイトが「今日は親戚の隣の……あー、とにかく腹が痛いんで寝るわ」と長椅子で丸くなっている。
(……これが、俺の求めたスローライフなのか?)
キャルルから強引に口にねじ込まれた陽薬草スープは、確かに劇的な回復効果があったが、代わりに俺の胃壁をヤンデレ特有の重い愛で溶かしてくるような気がした。
ガチャリ。
俺がカオスな朝食に辟易していると、リビングの扉が開いた。
「朝っぱらから騒々しいですね。貴方たちの脳内は月見大根の葉っぱで出来ているのですか?」
入ってきたのは、植物が人型に成長したような不思議な姿を持つ男だった。
片手にはポポロシガーを持ち、もう片方の手には鋼鉄すら斬り裂くという伝説の無限伸縮ネギ『ネギカリバー』を握っている。
ドンガン地下帝国の技術者にして、この村の教師も務めるポーンの突然変異体、ネギオだ。
「あ、ネギオさん。昨夜の被害状況の調査、終わりましたか?」
キャルルが村長の顔に戻り、真剣な声で尋ねる。
「ええ。防衛ラインの修復は地下のドワーフたちに指示を出しました。……ですが、村長。一つ、非常に『面倒な事実』が判明しましたよ」
ネギオは紫煙を吐き出しながら、俺の顔をジロリと見た。
その双眸には、植物族特有の冷徹な理知の光が宿っていた。
「昨夜のスタンピード(魔獣の暴走)。あれは、自然発生したものではありません。何者かが意図的に、あの『死蟲機』をポポロ村の境界へと誘導した痕跡がありました」
「……意図的に?」
俺はトーストを咀嚼する手を止めた。
「ええ。魔獣の死骸から、微弱な『神気』の誘導マーカーが検出されたのです。恐らく、神界のどこぞの馬鹿が、この緩衝地帯を意図的にパニックに陥れようとしたのでしょう」
「神界の……神様が、どうしてそんなことを?」
キャルルが信じられないというように目を丸くする。
だが、俺の『悪知恵』は、ネギオの言葉を聞いた瞬間に最悪の可能性に思い至っていた。
(神が、わざと悲劇を起こす理由。……ルチアナが言ってたな。『ゴッドチューブのPV(視聴率)稼ぎ』だって)
平和な村が魔獣に蹂躙される悲劇。そこにタイミングよく現れる『契約勇者』の活躍。あるいは、絶望の中で散っていく村人たちの姿。
そんな胸糞の悪い『やらせ炎上配信』のために、この村は生贄にされかけたのではないか。
俺の心臓の奥で、冷たい怒りの火がチロチロと燃え上がり始めた。
* * *
その頃。
天界の中央に位置する、ゴッドチューブ・モニタールーム。
無数の中空モニターが浮かぶその部屋で、一人の若い男神が、高級なマイタンブラーを床に叩きつけて激怒していた。
「クソッ!! なんだあの防刃ジャージの男は!!」
彼の名はワイズ。
最近神界に入ったばかりの新人神(第3種惑星創造神格公務員)であり、『炎上』や『ざまぁ』のやらせ配信で莫大なPVを稼ぎ出している、タチの悪い反社野郎だ。
「私の完璧なシナリオが! あの辺境の村を死蟲機に襲わせ、阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出したところに、私の契約勇者であるゼロス君を登場させて、感動的な『遅れてきたヒーロー』を演出するはずだったのに!」
ワイズの目の前のモニターには、ネクロマンティスを同士討ちに陥れ、最後は『カクテル・エンド』で粉砕したエイトの姿が映し出されていた。
「あんなチートにも程がある弓術と、魔獣を狂わせる謎のデバフスキル! あんな奴がいたら、私の勇者が活躍できないじゃないか! ええい、どこのどいつだ、あんなバグみたいな人間を転生させたのは!」
「――あんたさぁ、ちょっと声がデカいんだけど」
突然。
モニタールームの隅から、気怠げな声が響いた。
ワイズがビクッとして振り返ると、そこには、いつの間にか持ち込んでいた『コタツ』に入り、ダサいジャージ姿でみかんを剥いている女神・ルチアナがいた。
「ル、ルチアナ先輩……」
「ワイズ君。あんたのやってる『やらせ炎上配信』、正直言って胸糞悪くて反吐が出るんだけど。スポンサーのウケがいいからって、調子乗ってんじゃないわよ」
ルチアナは、みかんの皮をテーブルにペッと吐き出しながら、冷たい流し目でワイズを睨みつけた。
「あの防刃ジャージの男はね、私が直々にスカウトしたお気に入り(ルーキー)よ。あんたの薄っぺらいシナリオなんて、あの子の『悪知恵』と『逃げ足』の前じゃ、紙くずみたいなもんね」
「なっ……! ルチアナ先輩の差し金ですか! ですが、私のエンジェルすまーとふぉんの上限は無限です! あんな小手先の戦法、いくらでも物量で押し潰して……!」
「やってみなさいよ」
ルチアナが、スッと立ち上がった。
ジャージ姿であるにもかかわらず、その身体から放たれる『世界神』としての圧倒的な神気が、モニタールームの空気を軋ませる。
「うちのエイトにちょっかい出してみなさい。……次やったら、あんたのその無限のアカウント、私が物理的に壁ドンして叩き割ってやるから」
ゾクッ、と。
ワイズは本能的な恐怖に背筋を凍らせ、一歩後ずさった。
温厚な委員長キャラであるヴァルキュリアでさえ手を焼く、この永遠の17歳(自称)のキレた時の恐ろしさを、神界の住人なら誰もが知っている。
「……っ、覚えていろよ。私のシナリオを邪魔する者は、神だろうが人間だろうが、絶対に破滅させてやるからな……!」
ワイズは捨て台詞を吐き、足早にモニタールームから逃げ去っていった。
残されたルチアナは、ふぅとため息をつき、再びコタツに潜り込んだ。
そして、手元のエンジェルすまーとふぉんで『朝倉月人』のライブ映像を再生しながら、小さく呟いた。
「……まぁ、私が出る幕でもないか。エイト、あんたの平穏を脅かす理不尽は、神界にもいるみたいよ。せいぜい、自慢の悪知恵で生き残って見せなさいな」
* * *
「――ヘックシュンッ!!」
ポポロ村の村長宅で、俺は盛大なクシャミをした。
「エイトさん! どうしましたか、やっぱり昨日の疲れで風邪を!? 今すぐ陽薬草の濃縮液を口移しで……!」
「バカバカ、寄るな! ちょっと鼻がムズムズしただけだ!」
俺は迫り来るヤンデレ村長の顔面を片手で制止しながら、窓の外に広がる青空を見上げた。
ネギオの推測が正しいなら、昨夜の理不尽な襲撃には黒幕がいる。
そしてそいつは、この村の平和を、俺の求めるスローライフを、己の利益のために平気で踏み躙る『クソ野郎』だ。
(……上等だ)
俺は、冷めた紅茶を飲み干し、口元を拭った。
前世で、俺は力のある奴から逃げてばかりいた。だが、この世界では違う。母さんから叩き込まれた『悪知恵』と、進化した【鬼ごっこ】がある。
そして何より、文句を言いながらも命を張れる、このカオスで厄介な『同僚たち』がいる。
(相手がどこのどいつだろうが、神様だろうが関係ない)
俺の平穏を奪おうとする奴は。
システムの裏から、俺の弓と【鬼】の力で、合法的に地獄へ突き落としてやる。
「さあエイトさん! 朝食が終わったら、タローソンの廃棄弁当争奪戦の援護ですの! 今日は絶対に負けられませんのよ!」
「俺もコイントスするから、外れたらおぶって運んでくれ」
「だから! エイトさんは怪我したら私が全回復させますから安心してくださいね♡」
「……あー、もう。お前ら全員、ちょっとは自重しろ!」
騒がしい不夜城の朝。
俺のフリーランス人生は、理不尽への反逆と、最悪な仲間たちとのドタバタな日常へと、完全に足を踏み入れていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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