EP 12
勇気と知恵の決着『カクテル・エンド』と、暴かれた本性
炎の竜巻が、夜空を焦がすように高く燃え盛っている。
上位精霊イフリートが作り出した『バーニング・トルネード』の檻の中。
かつて古代大戦で猛威を振るったとされる最悪の殺戮兵器『死蟷螂機』は、自身の配下だった魔獣たちの狂乱のリンチによってボロボロにされ、今は数千度の劫火に焼かれて黒鋼の装甲をドロドロに溶かしていた。
ギィ……ガガガッ……!
それでもなお、機械の化け物は生きている。
両腕の鎌はへし折れ、脚は千切れかけているというのに、真っ赤に発光する複眼だけは、檻の外に立つ俺をはっきりと捉えていた。
殺意。純粋な破壊衝動。
もしこの炎の檻がなければ、奴は最後の力を振り絞って俺の首を刈りにきていただろう。
だが、俺はもう逃げない。
極限まで冷静に澄み切った脳内が、この結末を完璧に計算し尽くしている。
「フリーランスの仕事の基本は、確実な『納品』だ。……不良品は、跡形もなく消し飛ばす」
弦を引き絞る。
俺の指に挟まれた、特注のミスリル矢。そこに、俺の持つすべての魔力と闘気が流れ込んでいく。
まずは、炎魔法。指先から溢れ出す灼熱の力が、矢の先端に赤い光を宿す。
次に、氷魔法。相対する絶対零度の冷気が、赤い光の周囲に青い霜を這わせる。
さらに、雷魔法。パチパチと紫色の紫電が矢のシャフトを駆け巡る。
そして最後に、俺自身の『闘気』。生命力そのものである黄金のオーラが、反発し合う三つの属性を強引に一つに束ね上げ、圧縮していく。
「ギギギギギ……ッ!!」
ネクロマンティスが、俺の手元で膨れ上がる破格のエネルギーに本能的な危機感を覚えたのか、炎の壁を突き破ろうと身をよじる。
「無駄だ。お前のライン(工程)は、ここで終わりだ」
ギリッ、と。弦が限界まで引き絞られ、ミシミシと悲鳴を上げる。
炎、氷、雷、そして闘気。
本来なら絶対に混ざり合うことのない極彩色のエネルギーが、俺の『悪知恵』と『緻密な魔力制御』によって一つの矢の先端で奇跡的な調和を果たしていた。
周囲の空間が、極度に圧縮されたエネルギーの余波で蜃気楼のように歪む。
(理不尽な世界。俺の平穏を脅かすクソ野郎。……全部まとめて、吹き飛べ)
「――『カクテル・エンド』ッ!!」
弦を弾く。
放たれた矢は、もはや矢の形をしていなかった。
それは、極彩色の光の奔流だ。
空気を切り裂く音すら置き去りにして、光の線はイフリートの炎の竜巻を貫通し、ネクロマンティスの眉間――真っ赤な複眼のど真ん中へと吸い込まれた。
着弾。
一瞬の無音。
直後。
カッッッッッ!!
夜の闇を完全に払拭するほどの、目も眩むような閃光がポポロ村の広場を包み込んだ。
そして、遅れてやってくる轟音と衝撃波。
ズドォォォォォォォォンッ!!
「きゃああっ!?」
「うおおっ!?」
後方で見ていたリーザやフェイトが、凄まじい爆風に耐えきれず悲鳴を上げて地面に伏せる。
炎の熱で装甲を溶かされ、氷の冷気で内部の金属を脆くされ、雷の衝撃で電子回路を破壊され、最後に闘気の物理破壊がそのすべてを粉砕する。
完璧な工程。完璧な破壊。
ネクロマンティスは断末魔の叫びを上げる隙すら与えられず、その強固な鋼鉄の巨体を内側から完全に爆散させた。
破片一つ残らない。
ただ、焦げた匂いと、クレーターのようにえぐれた石畳だけが、そこに強大な魔獣がいたことを証明していた。
「……ふぅ。納品完了、っと」
俺はショートボウを下ろし、大きく息を吐き出した。
パラパラと火の粉が舞い散る中、イフリートが満足げな笑い声を上げる。
『クハハハハッ! 見事な一撃よ! 流石は我が主。このイフリート、久々に胸のすく思いであったわ!』
「お疲れ。お前の火力のおかげで退路を塞げた。……でも、残業代(追加の魔力)は出ないからな。さっさとポーチに戻れ」
『相変わらずケチな男よ! だが、そこが良い! また呼べ!』
イフリートは豪快に笑いながら、シュルシュルと魔法ポーチの中へと吸い込まれていった。
完全討伐。無傷の圧倒的勝利。
――その事実を完全に認識した瞬間。
カチッ、と。
俺の脳内で、極限の集中を司っていたスイッチが、強制的にオフになった。
「あ……」
急速に、視界がグラグラと揺れ始める。
さっきまで氷のように冷たかった心臓が、突然、狂ったような早鐘を打ち始めた。
ドッドッドッドッドッ!
「はぁ、はぁ、はぁっ……!」
指先がブルブルと痙攣し、膝の力が完全に抜け落ちた。
ペタン、と。
俺は無様に、その場にへたり込んでしまった。
手からショートボウが滑り落ち、カランと虚しい音を立てて地面に転がる。
「こええええええええええっ……!!」
俺の口から飛び出したのは、紛れもない本音だった。
冷酷な指揮官? 最強の狙撃手?
冗談じゃない。俺はさっきから、本当はちびりそうなほど怖かったのだ。
あんなチェーンソーを持った巨大なバケモノが、自分めがけて突っ込んできたのだ。前世なら、不良に肩をぶつけられただけで財布を差し出していた俺が、よくあんなギリギリで回避できたものだ。
もし一歩でもタイミングが遅れていたら?
もし矢が弾かれて、スキルが発動しなかったら?
今頃、俺は首から上がない状態でこの石畳に転がっていただろう。
「あー……死ぬかと思った。もう嫌だ。絶対に前線なんか出ない。帰りたい。母さんの作ってくれたフレンチトーストが食べたい……」
俺は膝を抱え、ガタガタと震えながら半泣きで呟いていた。
「エ、エイト……お前……」
「エイトさん……?」
その後ろから、呆然とした声が聞こえた。
振り返ると、ボロボロになったフェイトと、子供を抱きかかえたリーザ、そしてトンファーを持ったキャルルが、信じられないものを見るような目で俺を見下ろしていた。
「あ……」
やべえ。さっきまでドヤ顔で指揮を執っていたのに、今のダサすぎる本音を聞かれたか。
「お前……なんだその情けない姿は」
フェイトが、引きつった顔で俺を指差した。
「さっきまで、俺を囮にして魔獣をハメ殺す悪魔みたいな顔してたじゃねえか! なんだよそのブルブル震えてる小動物みたいな態度は! キャラがブレブレだぞ!」
「そうですわ! それにエイトさん! 約束の一万枚のスパチャ(五円玉)はどうなったんですの!? 私、死ぬ気で歌いましたわよ! さあ、払え! 払うんですの!」
リーザが血まみれの芋ジャージのまま、俺の胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶってくる。
「痛い痛い! 金ならあるから! 後で払うから揺らすな!」
相変わらずカオスな連中だ。
俺がリーザの強欲アタックから逃れようとジタバタしていると、不意に、キャルルが俺の目の前にしゃがみ込んだ。
「村長……あ、いや、キャルルさん。その、なんだ。さっきは生意気な口を利いてすいませんでした。俺、やっぱりこういうの向いてないんで、違約金払ってでも実家に……」
俺が言い訳を並べようとした、その時だ。
キャルルはそっと手を伸ばし、俺の胸に――心臓の位置に、ポンッと優しく耳を当てたのだ。
「えっ……」
ウサギの耳が、ピクピクと動く。
彼女の顔が俺の胸に密着し、シャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる。
俺は驚きのあまり声を出せず、心臓の音だけがドクドクと鳴り響いた。
数秒後。
キャルルは顔を上げ、信じられないような、けれどどこか嬉しそうな瞳で俺を見つめた。
「エイトさん。あなた……さっきからずっと、こんなに心臓を鳴らしていたんですか?」
「えっ?」
「私、あなたの心音を聞いて、勘違いしていました」
キャルルは、トンファーを地面に置き、俺の手を両手でギュッと握りしめた。
「冷静で、冷酷で、どんな状況でも自分の安全だけを計算している、恐ろしい人なんだと。……でも、違ったんですね。あなたの心音は、さっきネクロマンティスに立ち向かった時も、今と同じように、壊れそうなぐらい激しく恐怖で高鳴っていた」
「あっ……」
「本当は、逃げ出したいくらい怖かったのに。足がすくむほど恐ろしかったのに。……それでもあなたは、震える心臓の音を理性で無理やり押さえつけて、私たちを助けるために、あの死地に立ってくれたんですね」
キャルルの言葉に、俺は図星を突かれて顔を真っ赤にした。
違う、そんなかっこいいもんじゃない。俺はただ、自分の平穏を邪魔されるのが嫌だっただけで……。
だが、キャルルの瞳は、すでに俺の言い訳など一切受け付けないほどに、キラキラと輝いていた。
獣人族特有の嘘発見器は、俺の根底にある『ビビりだけど、いざという時は誰かを守るために命を懸ける』という太郎型の本質を、完璧に暴き出していたのだ。
「エイトさん……」
キャルルの頬が、月明かりの下でほんのりと赤く染まる。
そして、彼女は満面の笑みを浮かべ、俺の手を引いて立ち上がらせた。
「合格です!」
ドォォォォンッ!!
キャルルの安全靴が石畳を踏み鳴らし、先程の爆発にも劣らないクレーターを作る。
「エイトさんは、このポポロ村の地域応援隊として、いえ……私の、私たちの大切な『家族』として、合格です! もう絶対に、逃がしませんからね!」
キャルルの背後に、重すぎる愛情が幻影のように立ち上るのが見えた。
「あ、あの、キャルルさん? 目が据わってるんですけど……」
「ふふっ。怪我したら、私が細胞レベルで『全回復』させてあげますから。ずっと、ずっと一緒に働きましょうね、エイトさん♡」
俺の背筋に、ネクロマンティスと対峙した時以上の悪寒が走った。
終わった。
完全にロックオンされた。この恐るべき安全靴ウサギの執着から、俺が逃れられる未来は万に一つもない。
「待って……俺の、小鳥のさえずりと共に目覚めるスローライフは……」
「スローライフ? 何を言ってるんですの。明日は早朝から、タローソンの廃棄弁当争奪戦ですわよ! エイトさんも五円玉持って参戦ですの!」
「俺も明日からコイントスで表を出す努力をするわ。エイト、お前がいれば俺も戦えそうな気がするぜ」
リーザとフェイトが、俺の両肩をバンバンと叩く。
ボロボロの広場。欲望の不夜城。カオスすぎる同僚たち。
俺の、最高に安全で平和なフリーランス計画は、完全に粉々に打ち砕かれた。
だが、どういうわけか、俺の心臓の音は、先程までの恐怖とは違う、少しだけ温かいリズムを刻んでいたのだった。
(……あーあ。母さん。やっぱり俺、フリーランスには向いてないかもしれないよ)
夜空を見上げながら、俺は深い深いため息をついた。
最強のビビりによる、理不尽で騒がしい辺境再就職ライフは、こうして本格的に幕を開けたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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