表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/16

第二章 最強ビビりと愉快なクズ同僚たち。辺境の不夜城で理不尽な死蟲将軍をハメ殺す

タローソンの聖戦と、フリーランスの憂鬱

「おお……輝かしい。これが俺の、正真正銘の初任給……!」

 冒険者ギルドのポポロ村出張所。

 俺――只野英太エイト・ミリシアは、カウンターで受け取ったずっしりと重い皮袋を抱きしめ、頬ずりをした。中には、昨夜の魔獣討伐の歩合として支払われた銀貨がたっぷりと詰まっている。

 チャリン、と鳴る硬貨の音が、これほどまでに鼓膜を幸せにするとは知らなかった。前世で自動車工場を三日でバックレた俺にとって、これは人生で初めて手にした「自分の力で稼いだ金」である。

 実家の脳筋親父に追放され、母さんから地獄のフリーランス教育を叩き込まれた日々が、ようやく報われたのだ。

「よし。今日は奮発して、ルナキンで『ハンバーグ&エビフライ定食』にドリンクバーをつけてやる。最高のオフを満喫するぞ」

 ウキウキ気分でギルドを出ようとした、その時だった。

「エイトさあああああんっ!!」

 ズザーッ! とギルドの木扉を勢いよく開け放ち、そのまま見事なヘッドスライディングで俺の足元に滑り込んできた影があった。

 ボロボロの色褪せた『芋ジャージ』。頭には謎のタンポポの綿毛を乗せ、手には五円玉を握りしめた美少女。

 ポポロ村が誇る(?)強欲の底辺人魚アイドル、リーザだった。

「た、助けてくださいませ……! このままでは、私の命が、私のアイデンティティが失われてしまいますの!」

「なんだよ急に。また公園で鳩の餌を奪い合って負けたのか?」

「違いますわ! 今日は月に一度の、タローソン『ロックバイソンの極厚焼肉弁当』が入荷する日なんですのよ!」

 タローソン。建国者・佐藤太郎の知識がもたらした、24時間営業のコンビニエンスストアである。

 リーザは俺の防刃ジャージの裾をガクガクと揺さぶりながら、必死の形相で訴えかけてきた。

「あと三十分で、お弁当に『半額シール』が貼られるゴールデンタイム……。なのに、レオンハート獣人王国の兵士たちが五人も、お弁当コーナーの前で陣形を組んで待機しているんですの! あの犬耳のマッチョ共、鼻が良いからお弁当の匂いを嗅ぎつけて……っ。私一人の力じゃ、到底勝ち目がありませんわ!」

「知るか。俺は今、仕事が終わってオフなんだよ。半額弁当ごときで獣人兵と殴り合う趣味はねえ。帰ってルナキンで飯を食う」

「そんな殺生な! 私にスパチャ(戦力)を! 慈悲の御縁を!」

 俺はリーザの頭をベリッと引き剥がし、そそくさと出口へ向かおうとした。

 フリーランスの基本は「怪我をしないこと」だ。半額シールを巡る血で血を洗う争いなど、リスクとリターンが全く釣り合っていない。

 ――ドォォンッ、と。

 俺が足を向けた出口の床板が、凄まじい音を立てて陥没した。

「……えっ?」

「エイトさん、まさかリーザちゃんを見捨てるつもりですか?」

 めり込んだ床板の上に立っていたのは、特注の安全靴を履いたウサギ耳の村長、キャルルだった。

 彼女は両手を腰に当て、満面の笑みを浮かべているが、その背後には般若のような凄まじいオーラ(ヤンデレ特有の重圧)が渦巻いている。ウサギの耳がピクピクと動き、俺の心音を正確に拾い上げていた。

「私たちは『家族』ですよね? 家族の危機、つまり餓死の危機を見捨てるような薄情な心音、エイトさんからは聞こえませんよ? ね?」

「いや、餓死って大袈裟な……」

「もしエイトさんが弁当争奪戦で大怪我をしても、私が細胞レベルで『全回復』させてあげますから。さあ、遠慮せずに家族サービス、行きましょうか♡」

 キャルルが安全靴をギチィ……と鳴らす。

 俺の心臓は一瞬で早鐘を打ち、生存本能が「ここで断れば物理的に殺されてから全回復させられる」と正確なアラートを鳴らした。

「……ハイ。全力デ、弁当ヲ奪イニイキマス」

 かくして俺は、初任給の喜びも束の間、不夜城のオアシス『タローソン』へと強制連行されることになったのである。

     * * *

 深夜二十三時四十五分。

 煌々と魔導照明が店内を照らす、タローソン・ポポロ支店。

 その弁当コーナーの前は、まさに一触即発の戦場と化していた。

『グルルルルル……』

『今日ノ、バイソン焼肉弁当ハ、俺タチ第7小隊ノモノダ……』

 棚の前に陣取っていたのは、レオンハート獣人王国の犬耳族・狼耳族の兵士たちだ。

 彼らは鍛え上げられた巨体を寄せ合い、完璧なスクラム(防衛陣形)を構築している。その鋭い嗅覚と動体視力は、店員がバックヤードから『半額シール』を持って現れる瞬間を、今か今かと待ち構えていた。

 俺とリーザ、そしてキャルルは、雑誌コーナーの陰からその様子を窺っていた。

「見なさいエイトさん! あの鉄壁の布陣! 私が少しでも近づこうものなら、あいつら威嚇してくるんですのよ!」

 リーザが悔しそうにギリッと歯を噛み締める。

「真正面から突っ込んで勝てる相手じゃないですね。私が安全靴で蹴り飛ばして突破しましょうか?」

 キャルルが物騒な提案をしてくるが、俺は即座に首を振った。

「バカ言え、店内で暴れたら器物損壊で出禁になるだろ。俺たちはあくまで一般客として、スマートに弁当を奪取するんだ」

 俺はため息をつき、頭の中のスイッチをカチリと切り替えた。

 極限まで冷静な、フリーランス特有の『悪知恵』モードだ。

(敵は五人。身体能力と反射神経では圧倒的に負けている。だが、奴らの行動原理は単純だ。狙いは『半額シールが貼られた弁当』のみ。……ならば、動線ラインをハックしてしまえばいい)

「リーザ。お前は店員がシールを貼った瞬間、一直線に弁当へ向かってスライディングしろ。それ以外のことは一切気にするな」

「へ? でも、あいつらに弾き飛ばされますわよ?」

「いいから俺を信じろ。ライン工の基本はな、不良品(敵)の動きをコントロールして、安全なレーンを確保することだ」

 俺は魔法ポーチから、一本の小瓶を取り出した。

 中に入っているのは、高濃度の『ポポロシガー(葉巻)の抽出液』に、魔獣避けの強烈なハーブを混ぜ合わせた特製の悪臭液だ。

 これをどうするか。獣人に直接ぶつける? いや、そんなことをすれば乱闘になる。

「……二十三時、五十九分。来るぞ」

 バックヤードの扉が開き、気怠げな表情の店員(ドワーフの青年)が、手に半額シールのロールを持って現れた。

 その瞬間、獣人兵たちの耳がピンと立ち、全身の筋肉が爆発的に収縮した。

『キタゾォォォッ!!』

 獣人兵たちが、弁当コーナーに向かって一斉にクラウチングスタートの姿勢を取る。

 店員が、ロックバイソン弁当のパッケージに、ペタッ、と黄色い半額シールを貼った。

「――今だ、リーザ!!」

「うおおおおおおっ! 私のスパチャ弁当おおおおおっ!!」

 リーザが芋ジャージを翻し、床を滑るようにして弁当コーナーへと突撃する。

 だが当然、獣人兵たちの反射神経の方が速い。彼らはリーザを邪魔者と見なし、力任せに弾き飛ばそうと腕を伸ばした。

 その刹那。

 俺は、獣人兵たちの足元の『リノリウムの床』に向かって、微弱な自然魔法を発動させた。

「自然魔法――『極小・潤滑油草スリップ・ウィード』」

 ズルッ!!

 獣人兵たちが踏み込んだポイントの床面にだけ、ほんの一瞬、摩擦係数をゼロにする透明なコケが生成された。

 圧倒的な脚力で踏み込んでいた彼らは、見事に足を取られ、空中でバランスを崩した。

『なっ!? 足場ガ――』

 そこに追い討ちをかけるように、俺は先ほどの『特製悪臭液』を染み込ませたティッシュを、獣人兵たちの顔の高さに向けて、指でピンッと弾き飛ばした。

 人間には気にならない程度の匂いだが、人間の数万倍の嗅覚を持つ犬耳族・狼耳族にとっては、鼻腔にマスタードを直接叩き込まれたに等しい強烈な刺激弾だ。

『ギィヤァァァァァッ!? 鼻ガァァァッ!!』

 足元を滑らせ、さらに嗅覚を破壊された獣人兵たちは、完全にコントロールを失い、弁当コーナーを通り越して『洗剤コーナー』の棚へと盛大に突っ込んでいった。

 ガシャアァァァァンッ!!

 見事に開け放たれた、一直線の安全なレーン。

 そこへ、床を猛スピードでスライディングしてきたリーザが滑り込む。

「ゲットですのーーーーッ!!」

 シャッ!と、リーザの手が半額シール付きの『ロックバイソン焼肉弁当』を鷲掴みにした。

 そのままの勢いでレジへと滑り込み、彼女は誇らしげに五円玉の詰まった財布を叩きつけた。

「お会計、お願いしますわ!」

「……へい、毎度あり」

 慣れた手つきでレジを打つドワーフの店員。

 背後では、洗剤まみれになった獣人兵たちが、「俺タチノ、弁当ガ……」と涙を流して崩れ落ちていた。

「……ミッション・コンプリート。完璧な納品だ」

 俺は雑誌コーナーの陰で、静かにガッツポーズを決めた。

 直接的な暴力は一切使わず、環境と相手の特性をハックして目的を達成する。これこそが、俺の悪知恵と機転の真骨頂である。

「やりましたわエイトさん! これで私は三日間生き延びられますの!」

 ホクホク顔で弁当を抱きしめるリーザ。

「すごいですエイトさん! まさかあんな方法で獣人たちを無力化するなんて! やっぱりエイトさんの心音、最高にかっこいいです♡」

 キャルルが俺の腕に絡みつき、尊敬とヤンデレの入り混じった熱い視線を向けてくる。

「……まぁ、俺にかかればこんなもんよ」

 俺は少しだけドヤ顔を作りながら、小さく息を吐いた。

 本来なら、こんなコンビニの半額弁当のために、俺の洗練された戦闘技術と魔力を使うなどバカバカしいにも程がある。

 俺が求めていたのは、もっとこう、静かで誰にも干渉されないスローライフだったはずだ。

 だが、嬉しそうに弁当を抱える底辺アイドルと、腕に引っ付いて離れない安全靴のヤンデレ村長を見ていると。

(……まぁ、たまにはこういうのも、悪くないか)

 俺の心臓は、面倒くさがりながらも、確かな温もりと居心地の良さを感じていた。

 最強ビビりのフリーランスによる、騒がしくも愉快な不夜城の日常は、今日もこうして平和(?)に更けていくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ