EP 10
スイッチ――覚悟と大胆なる指揮官
ギガァァァッ!!
ネクロマンティスの巨大なチェーンソー状の鎌が、満身創痍のリーザと幼い子供の頭上に振り下ろされる。
死の軌道。誰の目にも、二人が挽肉にされる未来が確約された、その瞬間だった。
ドゴォォォォンッ!!
夜の広場に、強烈な爆発音が轟いた。
ネクロマンティスの巨大な複眼のど真ん中に、一本の『爆発属性付きの矢』が正確に突き刺さり、起爆したのだ。
硬質な外殻を破壊するまでには至らないが、至近距離での爆発と閃光に、機械の化け物はバランスを崩して大きくのけぞった。
「……えっ?」
血に染まった芋ジャージ姿のリーザが、呆然と目を丸くする。
彼女の目の前に、屋根の上から音もなく着地した一つの影があった。
地球のスポーツメーカー製防刃ジャージ。急所を守るドワーフ製の軽量プレート。
絶対に前線には出ないと言い張っていた、地域応援隊の新人・只野英太だ。
「エ、エイトさん……? 逃げたはずじゃ……」
「馬鹿言え。フリーランスが契約初日に逃げ出したら、違約金で首が回らなくなるだろうが」
俺は振り返りもせず、背中の魔法ポーチから高価な『陽薬草の濃縮ポーション』を一本取り出し、リーザの顔面に放り投げた。
「怪我人はすっこんでろ。そのガキ抱えて、三歩下がってポーション飲んどけ」
「あ、はい……っ」
リーザがポーションを受け取り、子供を抱き寄せる。
俺は、体勢を立て直して激怒の金切り声を上げるネクロマンティスを、氷のように冷たい目で見据えた。
心臓の音は、驚くほど静かだ。
手足の震えは完全に止まっている。
先程までの「死にたくない」「バックレたい」という小市民的な恐怖は、俺の精神から完全に切り離されていた。
覚悟を決めた瞬間、脳内を支配するのは極限の『冷静さ』と、前世で培った『ライン工としての効率化(悪知恵)』だけだ。
(敵の数は推定一千。対してこちらは俺を含めて四人。まともに殴り合えば、絶対に押し潰される。……なら、盤面を丸ごと作り変えるまでだ)
俺は大きく息を吸い込み、乱戦を繰り広げている味方たちに向かって、腹の底から怒鳴り声を上げた。
「村長!! 無駄に暴れ回るな、敵が散るだろうが! 広場に続くメインストリート以外を、お前の安全靴で叩き割って瓦礫の山にしろ! 魔獣の進行ルートを一本に絞れ!!」
「えっ!? エイトさん!?」
魔獣の群れのど真ん中でダブルトンファーを振るっていたキャルルが、俺の登場に驚きつつも、即座に俺の意図を察した。
「……ルートの限定ですね! 了解です!」
キャルルが空高く跳躍し、広場の入り口を囲む古い石壁や建物の残骸に向かって『流星脚』を放つ。
轟音と共に瓦礫の山が築かれ、シャドウウルフやマッドボアたちの侵入経路が、強制的に一本の狭い道へと限定された。
「おい、そこのインチキA級冒険者!!」
次に俺は、剣を振り回しながら泣き言を喚いているフェイトに向かって叫んだ。
「お前、さっきからコイントスはどうした! いつものギャンブル中毒はどうしたんだよ!」
「や、やってるよ! さっきから五回連続で『裏』なんだよ! 俺の運気は今、最悪のどん底だ! 親友の従兄弟の隣のおばさんの……アーッ! 悲しい! 死にたい!」
フェイトの周囲には、不運のオーラが漂い始めている。
普通なら使い物にならないポンコツ状態だが、俺の『悪知恵』はそれすらも利用する。
「上等だ! 運気が最悪ってことは、魔獣からのヘイト(狙われやすさ)も今のお前が一番高いってことだ! お前はそのまま剣をしまって、メインストリートを全力で逃げ回れ! 最高の『撒き餌』になれ!」
「俺を囮にする気か悪魔ァァァッ!!」
フェイトが涙目で走り出すと、予想通り、知能の低い魔獣たちが一斉にフェイトを追いかけて狭い道へと雪崩れ込んでいく。
「リーザ!!」
俺は背後でポーションを飲み、傷を塞いだばかりの人魚姫を振り返った。
「お前、さっきファンを見捨てないって言ったな。だったら、ここでお前の『一番強い歌』を歌え! 俺がスパチャ(五円玉)を一万枚恵んでやる!」
「い、一万枚……!!」
リーザの瞳に、強欲の火が灯った。
彼女は血塗れの芋ジャージのまま立ち上がり、深呼吸をして、戦場のど真ん中で夜空に向かって歌い始めた。
「さぁ、ショーの始まりよ――! 『Love & Money』!!」
その瞬間、戦場に異変が起きた。
リーザのユニークスキル【貧乏神】の悪運と、人魚姫の底知れぬ強欲を乗せたバフ(デバフ)ソング。
歌声を聞いたシャドウウルフたちが、突如として足を止め、フラフラと幻覚を見るように天を仰いだ。そして、自らの命の源である『魔石』をポロポロと口から吐き出し始めたのだ。
「私に貢ぎなさい! あなた達の時間を、私にちょうだい!!」
物理的な『時間』と『闘争心』をスパチャとして強制徴収する最凶のアイドルソング。
魔獣たちの進軍スピードが、劇的に低下した。
(完璧だ。役者は揃った。あとは――『ライン工』の仕事だ)
進行ルートの限定。囮による密集。デバフによる足止め。
すべてが俺の計算通りに配置された。
俺は魔法ポーチの中に手を突っ込み、事前に魔力をコーティングしておいた無数の『植物の種』を鷲掴みにした。
そして、魔獣たちが密集するメインストリートの石畳に向けて、思い切りばら撒いた。
「自然魔法――『強制ジャングル生成』&『連鎖撒菱』」
ズゴゴゴゴォォォッ!!
俺の魔力に呼応し、石畳を突き破って、巨大で強靭な茨の群れが爆発的に成長した。
ただの植物ではない。前世の工業知識で「絶対に敵が抜け出せない構造」を計算し尽くした、緻密な棘の檻だ。
さらに、足元には鉄のように硬い植物の撒菱が一面に敷き詰められ、踏み込んだ魔獣たちの足を次々と貫いていく。
「ギャンッ!?」
「ブギィィィッ!」
フェイトを追いかけていた魔獣たちが、茨の檻に絡め取られ、身動きが取れなくなる。
後続の魔獣たちは前の魔獣に激突し、大渋滞を引き起こす。
一千頭を超えるスタンピードが、俺の構築した『死のライン』に見事に陳列された。
「……工業ラインの基本はな」
俺はショートボウを背中にしまい、両手の指先を前に突き出した。
指先に、超高圧縮された数千度の『炎の弾』が、機関銃の弾倉のように次々と生成されていく。
「不良品を、自動で正確に弾くことだ」
俺は一歩も動かない。安全圏から、身動きの取れない標的(不良品)に向かって、ただひたすらに撃ち込むだけだ。
「フレイム・バレット――全弾掃射」
パパンッ! パパパパパパパパンッ!!
乾いた破裂音と共に、俺の指先から無数の炎の弾が連射された。
それらは寸分の狂いもなく、茨に捕らえられたシャドウウルフやマッドボアの眉間を的確に撃ち抜き、次々と絶命させていく。
燃え上がる茨の檻の中は、まさに一方的な焼却炉と化していた。
その光景を後方から見ていたキャルルは、トンファーを下ろし、呆然と呟いた。
「……信じられない。あんなに怖がって、逃げようとしていたのに。心音が……氷みたいに冷たくて、透き通ってる。これが、エイトさんの本当の……」
キャルルの頬が紅潮し、その瞳にゾクッとするような熱が宿ったことに、俺は気づいていなかった。
「ギィィィィィィヤァァァァァァッ!!」
だが、戦況を完全にコントロールした俺の鼓膜を、金属を擦り合わせるような不快な悲鳴が打った。
茨の檻を、回転するチェーンソーの鎌で強引に切り裂き、血と炎にまみれた『ネクロマンティス』が這い出してきたのだ。
並の魔獣とは外殻の硬度が違う。フレイム・バレットの連射も、奴の装甲には決定打を与えられていなかった。
死蟲機は、自らの群れを一方的に虐殺した俺を明確な『敵』と認識し、狂気の機械音を響かせながら、跳躍した。
その巨大な鎌が、一直線に俺の首を刎ねにくる。
「エイトさんッ!!」
キャルルが叫ぶ。距離が遠い。誰もカバーには入れない。
目前に迫る鋼鉄の死神。
しかし、俺の心は一ミリも揺らがなかった。
唇の端を吊り上げ、俺は背中のショートボウを再び手に取った。
「馬鹿が。お前みたいな規格外の不良品は――こうやって処理するんだよ」
俺は、ポーチから特別な『一本の矢』を引き抜いた。
間接付与。
この世界で最も悪辣で、最も理不尽な【ハズレスキル】の真骨頂を、今ここでお披露目してやる。
読んでいただきありがとうございます。
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