死人の荷車
谷を出る頃には日が傾いていた。
⸻
生き残った護衛は一人もいない。
⸻
残ったのは死体と謎だけ。
⸻
鎮魔隊は荷車へ遺体を積み込んだ。
⸻
岳飛狼が舌打ちする。
⸻
「結局何も分からねえ」
⸻
「いや」
高文秀が帳簿を閉じる。
⸻
「一つ分かりました」
⸻
「何だ」
⸻
「相手は私たちを知っています」
⸻
沈黙。
⸻
隊員たちが顔を見合わせる。
⸻
高文秀は続ける。
⸻
「谷へ入った直後ではなく」
⸻
「中央で襲撃した」
⸻
「つまり人数も戦力も把握していた」
⸻
柳青玄は小さく頷く。
⸻
正しい。
⸻
偶然の襲撃ではない。
⸻
待ち伏せだ。
⸻
しかも。
⸻
こちらを観察した上で。
⸻
その時だった。
⸻
荷車の後ろから音がした。
⸻
ガタン。
⸻
岳飛狼が振り返る。
⸻
「おい」
⸻
「またいるぞ」
⸻
隊員たちが一斉に振り返る。
⸻
少年だった。
⸻
名前のない少年。
⸻
河原で見た。
⸻
黒石谷で見た。
⸻
そして。
⸻
今もいる。
⸻
死体を積んだ荷車の後ろに。
⸻
当然のように。
⸻
「お前な……」
⸻
岳飛狼が額を押さえる。
⸻
「何でいる」
⸻
少年は答えない。
⸻
ただ。
⸻
荷車を見ている。
⸻
死体を。
⸻
じっと。
⸻
まるで。
⸻
知り合いを探しているように。
⸻
その目を見て。
⸻
柳青玄は少しだけ違和感を覚えた。
⸻
獣の目ではない。
⸻
悲しみだ。
⸻
だが。
⸻
それを表に出す方法を忘れた人間の目だった。
⸻
「誰か知っているのか」
⸻
柳青玄が聞く。
⸻
少年は初めて反応する。
⸻
ほんの少しだけ。
⸻
視線が揺れた。
⸻
だが答えない。
⸻
代わりに。
⸻
荷車の中の一体を指差した。
⸻
老いた護衛。
⸻
既に死後数日。
⸻
「この人」
⸻
少年が呟く。
⸻
「優しかった」
⸻
それだけだった。
⸻
そして再び黙る。
⸻
誰も何も言えなかった。
⸻
その時。
⸻
熊鉄山が荷車へ飛び乗る。
⸻
ドスン。
⸻
車体が軋む。
⸻
「よし」
⸻
酒瓶を振る。
⸻
空だった。
⸻
「最悪だ」
⸻
隊員たちが笑う。
⸻
「人が死んでるのに酒か」
⸻
「だから酒だ」
⸻
熊鉄山が答える。
⸻
「生きてる奴の方が大事だろ」
⸻
乱暴な言葉だった。
⸻
だが。
⸻
不思議と誰も反論しなかった。
⸻
その夜。
⸻
鎮魔隊は山中で野営した。
⸻
焚き火。
⸻
簡素な食事。
⸻
そして見張り。
⸻
柳青玄は一人で火を見ていた。
⸻
パチ。
⸻
木が弾ける。
⸻
その向こう側。
⸻
誰かが座る。
⸻
蘇月だった。
⸻
饅頭を食べている。
⸻
どこで手に入れたのか分からない。
⸻
「取ったな」
⸻
「拾った」
⸻
「同じだ」
⸻
「違う」
⸻
真顔で答える。
⸻
柳青玄は少し笑った。
⸻
すると。
⸻
蘇月が突然言った。
⸻
「今日の針」
⸻
柳青玄の表情が変わる。
⸻
「何だ」
⸻
「嫌だった」
⸻
焚き火の火が揺れる。
⸻
蘇月は自分の指を見る。
⸻
細い指。
⸻
まだ何も知らない指。
⸻
「見た瞬間」
⸻
「懐かしかった」
⸻
「でも」
⸻
「すごく嫌だった」
⸻
柳青玄は黙る。
⸻
前世。
⸻
暗器皇になった蘇月は言っていた。
⸻
『一番嫌いなのは私と同じ暗器使い』
⸻
理由は聞かなかった。
⸻
今なら少し分かる。
⸻
その時だった。
⸻
岳飛狼が木の上から飛び降りる。
⸻
音もなく。
⸻
「客だ」
⸻
全員の空気が変わる。
⸻
柳青玄が立ち上がる。
⸻
岳飛狼は森を見ていた。
⸻
その片目が鋭く細くなる。
⸻
「三人」
⸻
「こっち見てる」
⸻
熊鉄山が酒瓶を置く。
⸻
蘇月の指が動く。
⸻
高文秀は帳簿を閉じた。
⸻
森の奥。
⸻
闇の中。
⸻
確かにいた。
⸻
三つの気配。
⸻
殺気はない。
⸻
だが。
⸻
普通でもない。
⸻
そして。
⸻
その中央。
⸻
一人だけ。
⸻
異様に気配の薄い人間がいる。
⸻
柳青玄の背筋に冷たいものが走る。
⸻
前世の記憶が警鐘を鳴らす。
⸻
強い。
⸻
かなり。
⸻
そして。
⸻
その気配には。
⸻
どこか懐かしさがあった。
⸻
まるで。
⸻
昔どこかで会ったことがあるような。




