表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/10

岩壁の文字

暗器の雨は止んだ。



谷に残ったのは沈黙だけだった。



負傷者三名。



死者なし。



それだけでも奇跡だった。



熊鉄山は酒を飲む。



ゴク。



ゴク。



そして傷薬代わりに残りを傷口へかけた。



「痛ぇな」



「馬鹿だからです」



高文秀が即答する。



隊員たちが笑った。



少しだけ空気が戻る。



だが。



柳青玄は笑っていなかった。



まだ終わっていない。



そう感じていた。



「こっちだ」



岳飛狼が声を上げる。



岩壁の奥。



先ほど男が視線で示していた場所。



そこへ全員が集まる。



血文字。



『逃』



そこまでは同じだった。



だが。



近づくと違った。



文字の周囲。



無数の傷。



爪。



いや。



指だ。



男は死ぬほど苦しみながら。



必死に何かを書こうとしていた。



「逃げろ」



ではない。



もっと長い。



何かが削り取られている。



誰かが消したのだ。



死ぬ前に。



あるいは。



死なせる前に。



その時。



高文秀がしゃがんだ。



地面を触る。



土。



砂。



石。



そして。



何かを拾った。



紙切れだった。



濡れている。



血も付いている。



普通なら見落とす。



だが。



高文秀は見つけた。



「字があります」



全員が集まる。



紙は破れている。



残っていたのは数文字だけ。



『天』



『二』



『会』



意味不明だった。



熊鉄山が首を傾げる。



「何だこれ」



誰も答えない。



ただ一人。



柳青玄だけが固まっていた。



天。



二。



会。



前世。



聞いたことがある。



いや。



聞いただけではない。



天下大乱の発端。



最初の噂。



最初の禁句。



最初の都市伝説。



天二会。



誰も存在を証明できない組織。



正派でもない。



邪派でもない。



魔教でもない。



だが。



江湖の裏に存在すると言われた影。



そして。



前世で柳青玄が気付いた時には。



既に手遅れだった。



「……あり得ない」



岳飛狼が振り返る。



「知ってるのか」



柳青玄は首を振る。



今は言えない。



言ったところで信じない。



なにより。



前世でも存在が曖昧だった。



そんな組織が。



なぜ今。



黒風商会なんかに関わっている。



その時だった。



ガラ。



小さな音。



全員が振り返る。



先ほどの。



岩壁へ縫い付けられていた男。



指が動いている。



生きていた。



岳飛狼が駆け寄る。



男の瞳が揺れる。



必死に何かを伝えようとしている。



「水だ!」



隊員が水袋を持ってくる。



男が飲む。



咳き込む。



血を吐く。



それでも。



男は喋ろうとした。



「に……」



全員が耳を寄せる。



「逃……」



違う。



逃げろじゃない。



男の目は柳青玄を見ていた。



「逃げ……るな……」



沈黙。



男の瞳が大きく開く。



「奴らを……」



ゴボッ。



血。



そして。



言葉が止まる。



死んだ。



完全に。



谷を風が吹き抜ける。



誰も喋らない。



だが。



柳青玄だけは気付いていた。



男の最後の視線。



恐怖ではなかった。



怒りだった。



何かを奪われた者の目。



その時。



谷のさらに奥。



見えない場所。



白衣の人物が立っていた。



仮面。



細い指。



そして。



唇だけが僅かに笑う。



「天二会」



その名を呟く。



「まだ早いわ」



風が吹く。



白衣が揺れる。



次の瞬間。



姿は消えていた。



まるで最初から存在しなかったかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ