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暗器の雨

黒い針が降る。



ヒュッ!



ヒュヒュヒュヒュッ!



雨ではない。



殺意だった。



岩壁。



木。



荷車。



地面。



触れた場所から黒く変色していく。



毒。



しかも上等。



「目に入れるな!」


蘇月が叫ぶ。



その声に隊員たちが顔を伏せる。



遅かった。



一人の隊員が悲鳴を上げる。



頬をかすっただけ。



それだけで皮膚が爛れ始めた。



「畜生!」



熊鉄山が荷車の残骸を蹴り上げる。



ドォン!



木片が舞う。



即席の盾。



針が突き刺さる。



ジュウウウ……



木が溶ける。



誰も顔色を失う。



まともに受ければ死ぬ。



その時。



岳飛狼が消えた。



誰よりも早く。



誰よりも低く。



地面を蹴る。



風になる。



岩壁へ。



崖へ。



敵を探す。



未来の飛狼神行には程遠い。



だが。



その片鱗は十分すぎる。



柳青玄はそれを見ながら。



別のことを考えていた。



多すぎる。



針が。



普通の暗器使いなら。



こんな数は撃てない。



そして。



この精度も。



「違う」



柳青玄の瞳が細くなる。



一人じゃない。



少なくとも三人。



いや。



四人。



配置が良すぎる。



「包囲だ」



熊鉄山へ叫ぶ。



「谷の上だ!」



その瞬間。



ゴォッ!



巨大な岩が落ちてきた。



熊鉄山が振り向く。



間に合わない。



だが。



柳青玄は動いていた。



木剣。



抜く。



踏み込む。



半歩。



それだけ。



剣が閃く。



カァン!!



轟音。



岩が割れた。



隊員たちが固まる。



熊鉄山も。



岳飛狼も。



蘇月も。



誰も理解できない。



木剣だ。



木でできている。



なのに。



岩が割れた。



柳青玄は舌打ちした。



弱い。



身体が。



内功も。



経脈も。



前世の一割にも届かない。



今の一撃で腕が痺れている。



それでも。



割るしかなかった。



その時。



谷の上から笑い声が響いた。



「へぇ」



女の声。



若い。



だが。



妙に楽しそうだった。



「面白いのがいるじゃない」



岳飛狼が崖を見上げる。



影。



一瞬だけ。



人影が見えた。



細い。



女だ。



仮面を付けている。



顔は分からない。



次の瞬間。



消えた。



「待て!」



岳飛狼が飛ぶ。



だが。



遅い。



誰もいない。



足跡もない。



気配もない。



残っているのは。



一本の黒針だけ。



蘇月がそれを拾う。



そして。



初めて。



本気で顔色を変えた。



「……おかしい」



「何がだ」



熊鉄山が聞く。



蘇月は針を見つめる。



指が震えている。



「この作り方」



「私、知ってる」



沈黙。



全員が蘇月を見る。



だが。



蘇月自身が一番混乱していた。



知るはずがない。



暗器など習ったこともない。



師匠もいない。



誰からも教わっていない。



それなのに。



針を見た瞬間。



頭の奥で何かが疼いた。



知らない記憶。



知らない感覚。



「……何なの」



蘇月は小さく呟く。



柳青玄は黙っていた。



見間違いではない。



今。



蘇月の指が動いた。



無意識に。



暗器宗師だけが持つ癖で。



その時だった。



谷の奥。



さらに先。



誰も気付いていない場所。



岩陰。



そこに一人の老人が座っていた。



白髪。



粗末な服。



釣りでもしているような気楽さ。



老人は笑う。



「始まったか」



目の前には碁盤。



白石が一つ置かれる。



その隣に。



黒石が置かれる。



老人は空を見上げた。



「さて」



「今回はどこまで見せてくれるかな」



その声を聞く者はいない。



だが。



碁盤の中央には。



一本の文字が刻まれていた。



『青』



柳青玄の「青」だった。

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