生きた死体
白い衣は消えていた。
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岳飛狼が崖を見上げる。
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「誰かいたか?」
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「いや」
柳青玄は答える。
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いた。
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だが今は言わない。
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言ったところで誰も信じない。
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前世でもそうだった。
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本当に恐ろしい人間は、
見つけられた時にはもう姿を消している。
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「行くぞ」
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鎮魔隊は再び進み始めた。
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黒石谷の奥。
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谷はさらに狭くなる。
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岩壁は高く。
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空は細い。
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まるで巨大な墓の中を歩いているようだった。
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二刻後。
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最初の死体が見つかった。
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護衛隊の武者。
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胸を貫かれている。
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だが。
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妙だった。
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傷が一つしかない。
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「一撃か」
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熊鉄山がしゃがむ。
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「達人だな」
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柳青玄は傷を見る。
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違う。
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達人ではない。
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もっと厄介だ。
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剣が迷っていない。
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躊躇もない。
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ためらいもない。
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殺すことに慣れすぎている。
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「どう思う」
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岳飛狼が聞く。
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柳青玄は答えない。
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まだ確信がない。
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だが。
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嫌な予感だけは膨らんでいた。
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さらに進む。
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そして。
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谷の中央付近で。
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全員の足が止まった。
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そこに人がいた。
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岩壁に縫い付けられて。
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生きたまま。
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十一本の剣。
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肩。
腕。
腿。
脇腹。
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一本も急所を貫いていない。
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なのに動けない。
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男は涙を流していた。
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口も開けない。
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喉の横を剣が通っている。
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ほんの少しでも動けば死ぬ。
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岳飛狼が顔をしかめる。
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「畜生……」
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蘇月も青ざめている。
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「何日だこれ」
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「十日以上」
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高文秀が即答した。
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柳青玄は男の前へ進む。
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男の瞳が揺れた。
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助かった。
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そう思ったのだろう。
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だが。
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柳青玄の視線は男ではなかった。
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剣。
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刺さっている剣だった。
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一本。
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二本。
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三本。
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そして。
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十一本。
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呼吸が止まる。
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「あり得ない」
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前世で一度だけ見た。
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死人を作るための剣ではない。
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生者を壊すための剣。
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もっと正確に言えば。
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恐怖を育てるための剣。
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「知っているのか」
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熊鉄山が聞く。
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柳青玄は答えない。
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答えられない。
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なぜなら。
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この剣術の使い手は。
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まだ江湖に現れていないはずだからだ。
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その時。
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男が必死に目を動かした。
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何かを伝えようとしている。
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右。
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左。
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右。
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上。
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柳青玄は視線を追う。
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岩壁。
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そこに何か刻まれていた。
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血。
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指で書かれた文字。
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『逃』
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一文字だけ。
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その瞬間。
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岳飛狼が叫ぶ。
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「伏せろ!」
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遅かった。
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ヒュッ!
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空気を裂く音。
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一本。
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二本。
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三本。
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数十本。
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黒い針が雨のように降る。
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蘇月の目が見開かれる。
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「暗器!?」
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鎮魔隊が散る。
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熊鉄山が荷車を蹴り飛ばす。
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木片が弾ける。
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岳飛狼はすでに岩陰へ飛び込んでいた。
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柳青玄だけは動かない。
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いや。
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動けないのではない。
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見ている。
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針の軌道。
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風。
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角度。
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そして。
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撃った人間の癖を。
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その瞬間。
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柳青玄の背筋が冷える。
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知っている。
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この癖を。
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この間合いを。
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この殺意を。
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あり得ない。
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前世でも三本の指に入った暗器使い。
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だが。
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そいつもまだ現れる時代ではない。
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「何なんだ……」
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初めて。
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柳青玄の胸に焦りが生まれる。
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未来が変わっている。
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そんな話ではない。
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まるで。
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自分以外にも。
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未来を知る誰かがいるみたいだった。




