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黒石谷への道

出発は翌朝だった。



鎮魔隊十八名。


馬は六頭。


荷車一台。


食料は三日分。


予算は最低。



「武林盟は俺たちを護衛隊だと思ってる」


岳飛狼が言う。



「違う」


熊鉄山が酒を飲む。



「死体回収班だ」



誰も否定しない。



柳青玄は隊列の最後尾を歩いていた。



黒石谷。



前世でも聞いた名だ。



だが。



この時期ではない。



何かがおかしい。



それだけは確かだった。



山道へ入って半日。



岳飛狼が突然立ち止まった。



「静かだな」



柳青玄も頷く。



静かだった。



鳥がいない。



虫がいない。



風の音だけ。



江湖では。



こういう静けさを嫌う。



大抵。



死人が出るからだ。



その時。



前方で馬が暴れた。



ヒヒーン!



悲鳴のような鳴き声。



御者が吹き飛ぶ。



隊員たちが剣を抜く。



敵襲。



誰もがそう思った。



だが違った。



馬の首に。



一本の針が刺さっていた。



細い。



髪の毛ほど。



岳飛狼が顔をしかめる。



「毒か」



蘇月が近づく。



針を見る。



そして。



初めて真面目な顔になった。



「変ね」



「何がだ」



「下手すぎる」



隊員たちが呆れる。



馬が死にかけている。



それを下手と言うのか。



だが蘇月は首を振った。



「毒は強い」



「でも針が下手」



「こんな刺し方じゃ本来当たらない」



柳青玄は横目で見た。



面白い。



まだ本人も気付いていない。



暗器の才能は。



すでに動き始めている。



その時だった。



カサ。



岩陰で音がした。



誰より先に動いたのは岳飛狼だった。



フッ!



地面を蹴る。



一瞬で十丈。



岩陰へ飛び込む。



速い。



今世でも化け物だった。



だが。



柳青玄は動かない。



なぜなら。



そこに敵はいない。



次の瞬間。



岳飛狼が何かを引きずって戻ってきた。



子供だった。



十二歳ほど。



痩せている。



汚れている。



そして。



柳青玄の目が細くなる。



河原の少年。



死体の懐を漁っていた子供だ。



「またお前か」



岳飛狼が地面へ放り投げる。



少年は転がる。



だが泣かない。



怯えない。



逃げようともしない。



ただ。



じっと隊員たちを見ている。



獣みたいな目だった。



「つけてきたな」



岳飛狼が睨む。



少年は答えない。



「名前は」



熊鉄山が聞く。



沈黙。



しばらくして。



少年が口を開いた。



「ない」



「は?」



「忘れた」



隊員たちが顔を見合わせる。



岳飛狼が笑った。



「前にも聞いたぞそれ」



だが。



柳青玄は笑わなかった。



忘れたのではない。



捨てたのだ。



前世にもいた。



そういう人間が。



名前を捨てる者。



過去を捨てる者。



そして大抵。



ろくな人生を歩まない。



その時だった。



高文秀が帳簿を閉じる。



「面白いですね」



「何がだ」



熊鉄山が聞く。



高文秀は少年を見ながら言った。



「三日前」



「河原」



「今日」



「黒石谷への一本道」



「偶然にしては出来すぎています」



少年の目が僅かに揺れた。



本当に僅かに。



柳青玄は見逃さなかった。



そして。



高文秀の方も見た。



やはりだ。



こいつは帳簿係ではない。



数字を見る人間ではない。



人を見る人間だ。



その瞬間。



山の上で。



何かが光った。



一瞬。



本当に一瞬だけ。



鏡か。



刃か。



誰も分からない。



だが柳青玄は振り返る。



見られている。



強烈な違和感。



前世。



天下十尊になってから何度も感じたもの。



殺意ではない。



観察。



まるで誰かが。



自分たちを試しているような視線だった。



そして。



遥か遠くの崖の上。



白い衣の裾が。



風に揺れた気がした。

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