第四話 突然の来訪者 へようこそ
来訪者が女性というシチュエーションに、二人はどう応対したものか戸惑っていた。
今までも女性の来訪者がなかったわけではない。見た目からして冒険者と分かる容姿をしていたから、要件は想像がついた。
今、目の前にいる女性。年齢は自分たちと同じくらいだろうか。整った顔立ちをしているが、まだ少しあどけなさを残している。国営ギルド職員には見えない。
長旅だったのだろう、少しくたびれた旅装をしているが、冒険者のような装備は見当たらなく、華奢に見える。
持ち物は、肩から下げたバッグ一つと、反対の肩に乗る小動物……リス?がこちらを警戒するように威嚇している。
なにかの依頼だろうか?だったら、解散した俺たちには何も出来ない。
掃除の手伝いにでも来てくれたのだろうか?いやいや、そんなはずはない。などとバカな事を考えていると、
「ア……クレス」
女性はかすれた声で、アクレスの名を言った。
「あぁ、アクレスならいないよ。」
フリムが応えた。
「アクレスいない?」
「うん。しばらく帰ってきてないんだ。今は僕……フリムとあそこにいるエルの2人だけなんだ。」
「フリムと……エル?」
「そう、僕がフリムで彼がエル。」
女性はゆっくりとフリム→エルの順に目線を移した。
「エル!やっと会えた……」
女性は安堵した表情を浮かべるや否やその場に倒れ込んだ。
突然の来訪者にエルとフリムは困惑していたが、素性が分からないからといって玄関に放置する訳にもいかない。幸い空き部屋はたくさんあるし、明け渡しのため掃除も行き届いていたので、客室のベッドへ運び寝かせてある。
運び込む際、彼女の肩に乗っていたリスが、気を失っている彼女を守るように邪魔をしてきて大変だった。
交替で様子を看ていたフリムが居間に戻ってきた。
「様子はどうだ?」
「まだぐっすり眠ってるよ。」
「そうか……彼女、何者なんだろうな。アクレスの名前を言っていたし、昔の知り合いか?」
「どうだろうね。エルに会えた!って、言っていたけど、知り合いじゃないの?」
「あぁ……記憶にないな」
二人は記憶を辿っても思い当たる節はなかった。
手がかりになりそうな物はテーブルに置いてあるバッグ一つ。
「……しかたない、バッグを調べよう。」
「えっ、勝手に女性の持ち物を漁るなんて…しかたないか……」
二人はバッグを調べ始めた。
携帯食、路銀の入った袋、衣類…ごめんなさい、その他、旅に必要な物だけで、手がかりになるような物は見当たらない。特に何もないかと諦めかけたとき、バッグの底に小さな袋を見つけた。
中を確認してみると、ギルドのエンブレムが入っていた。マグナ・アラエのエンブレムだ。
そして、もう一つ。くしゃくしゃになった紙切れ。伸ばして確認してみると赤黒いシミがついている。
中心に[マモレ]の文字。
血で書かれているのだろうか、文字はシミと同じ色だ。
「なん……だ、これ。」
二人が困惑していると、眠りから目を覚ました女性が、居間の入り口に静かに立っていた。
勝手にバッグを調べていた二人は慌てて背に隠し、しどろもどろになりながら、彼女に声をかけた。当の本人は二人の挙動不審な反応にキョトンとしている。
「目、覚めたんだ。」
「うん。」
「体調に問題はない?」
「うん……ありがとう。二人が介抱してくれたんでしょう。」
エルが話をしているうちに、フリムが後ろ手で器用にバッグの中身を戻す。
「ああ、突然訪ねてきたと思ったら、いきなり倒れたからびっくりしたよ。」
「ずっと探してたから。」
「ずっと?そういえば、アクレスとオレのことを知っているようだけど、会ったことあるか?」
「アクレスは半年前に会ってから、少し前までずっと一緒にいた。エルのことはその時に話に聞いていたよ。」
「そうか、それでオレの名前を知っていたんだな。」
「ちょっと待って、君。今、少し前までアクレスと一緒にいたって言ったよね。」
フリムが慌てて会話に入ってきた。
「少し前ってどのくらい前?」
「二十日くらい……かな。」
「二十日!」
その言葉を聞いて、エルとフリムはお互いに目を合わせた。
彼女のいうことが本当ならば、アクレス達は二十日前までしっかり生存している。行方不明に変わりはないが、希望が持てる情報だ。
いったん落ち着くため、彼女に座るよう促し、温かい飲み物を用意した。
彼女はひと口ゆっくり飲み込むと、気に入ってくれたのか、少し笑顔を見せてくれた。
落ち着いたところで、彼女にここまできた経緯を確認する。
「半年前位かな……私の村、とても怖い……モンスターに襲われて……。」
余程恐ろしいモンスターだったのか、彼女の声は少し震えている。
「大丈夫?無理しなくていいよ。」
フリムが心配して声をかける。
彼女は再び飲み物をゆっくり口に含む。
「ありがとう、大丈夫だよ。続けるね。」
勇気を振り絞り話を続けた。
「誰もいなくなって……逃げるところなんて無いんだけど、それでも必死に逃げて、逃げ続けて……体力も尽きて……動くこともできなくなっちゃって……。」
「もうダメかな。私、ここで死んじゃうんだな。って、思った時。彼らが現れたの。」
「アクレス達だね。」
少し呼吸の荒くなる彼女を見てフリムが間を取る。
「その時は私、そのまま気を失ってしまって、詳しい話はできないけど、アクレス達が追い払ってくれたみたいで……。」
「その後もモンスターは私をしつこく狙ってきて、でもアクレス達がいつも守ってくれて……。」
「それなのに、なぜ君は一人でここまで?アクレス達は?」
エルは当然の質問をする。
「それが……ある日、近くに村があって、モンスターは……その……村の人達を利用して……。」
自分が追われることで被害が出たことに心を痛めているのだろう、彼女は今にも泣き出しそうな顔をしている。
「それでもアクレス達は、私も……村の人達も守りながら必死に戦っていたよ。」
「けれど全部は守り切れないと判断したんだな、アクレスは。」
エルの問いに彼女は小さく頷いた。
「そして、エンブレムとメモを渡されて、ここまで来たってわけだ。」
「うん、そうだけど……私見せたっけ?」
「ん~、あ~その、なんとなく?」
「なに言ってるのエル。ここに来て気を失う前に、力を振り絞って見せてくれたでしょ。」
意味不明な返事をするエルに、フリムが助け船を出す。
「そうか……見せてたんだね。そして、アクレス達と別れたのが二十日くらい前になるの。」
「事前に、『何かあったときはギルドへ向かえ。エルを……仲間を頼れ』って。」
それで、彷徨いながらも今日の昼にギルドへ辿り着いた。
記憶が曖昧な部分もあるらしいがこれがギルドまで訪ねてきたことの顛末らしい。
彼女は話し終えると深く呼吸した。まだ長旅の疲れがとれていないみたいだし、今夜はこの辺にしておこう。
フリムは旅の垢を落とすために、お風呂の用意をしてあることを伝えると、影を落としていた彼女の顔が、少し明るさを取り戻したように見えた……。
居間に残っているエルとフリムは、彼女をどうしたらいいか考えていた。
アクレスの残した紙切れ[マモレ]の通り保護するか。かといって、保護するためのギルドはなくなり、館ももう出て行かなければならない。
彼女を守るどころか、自分たちの明日を心配しなければならない身だ。
「他のギルドを当たってみるか?」
二人には親しい付き合いのギルドはないし、アクレスの意志を丸投げすることになる。
いくら考えても良案は浮かんでこず、結局、
彼女にギルド解散の事実を話し、自分で決めてもらい、いずれにせよアクレス達の報告も含めて、国営ギルドのエリナに相談することにした。
すっかり夜も更けて、彼女は既に客室で眠りについている。
旅の垢を落としてお礼を言いにきた時は、今までの印象と違い、可憐で可愛らしく、エルは平静を装っていたが、内心ドギマギしてしまった。フリムには見抜かれ、からかわれた。
二人も今日一日頭を使った分、いつもより疲れていたためか横になりすぐに眠ってしまった。
~エルは夢を見た
光と闇に分かれた空間にいた。体は無意識に温かい光の方へと移動していた。光の先に1人の女性が立っている。顔が分かる距離までくると彼女だ。彼女はニッコリ微笑むと顔を近づけてきた。そして優しく口づ……ペロリとエルを舐めてきた。ペロペロ最初は優しく、そして、抵抗することも出来ず激しくベロベロベロンベロン~
目を覚ましたエルは、顔がベチョベチョに濡れていることに気づいた。そして、お腹の辺りに重みを感じ、恐る恐る見てみると…昨日、彼女の肩に乗っていたリスがそこにいた。もう一度長い舌でエルの鼻先をペロリ。
「うぬぉわ!」
今まで発したことのない声が出た。
それを聞いてフリムが飛んできた。
「何、どうしたの?」
「コイツ、オレの部屋に入り込んでやがった。この顔見てくれ!」
グッチョグチョのベッチョベチョ。
「アハハ、いつの間にそんなに好かれたの。」
フリムは腹を抱えて笑っている。
その後ろから彼女も顔を覗かせた。
「ルミ知らない?」
どうやら何か捜し物らしい。
エルは目線を獣に向け
「コイツのこと?」
指差した。
気まずそうに頷く彼女。
嚙みつく獣。
「いってぇぇぇ!!!」
エルの絶叫が館に響いた。
謝りながら包帯を巻く彼女に、悪いのはコイツと獣と睨み合うエル。それを見て笑うフリム。
慌ただしく始まる一日。昨晩の続きで彼女にギルドの現状を伝え、今後をどうするか考えてもらわなければ……とその時――
グゥゥゥゥゥゥ
地獄の番犬ケルベロスの唸り声のような音が響いた。
エルはまたコイツの仕業かとルミを睨みつけたが、いつの間にか見つけてきたタオルの上で丸まって寝ている。
「……私です。3日間何も食べてなくて」
彼女は顔を真っ赤にしながら手を上げ、正直に名乗り出た。
フリムはすぐに朝食を用意し、エルは食卓の準備をした。
3人で卓を囲み祈りを捧げ食事を始める。
昨日と同じく、固いパンに質素なスープだ。
それでも彼女は料理を口に運ぶごとに幸せそうな顔をした。昨日は暗い顔をしていたが、こちらの顔が本来の彼女なのだろう。
エルとフリムも2人でする食事よりも3人の方が断然美味しいと思いながら固いパンをスープに浸し食べた。
お腹も満たされたところでエルは話を切り出した。
「実は……うちのギルド、マグナ・アラエは解散になってしまった。この館もすぐに出て行かなければならない。オレたち自身が毎日生活するだけで精一杯になるだろう。」
「こんな状況の上に、アクレス達が帰ってきた時、安心できるように新しいギルドを作ろうと思っている。それには多くのやらなければならない事がある。危険も伴うだろう。だから、君の保護を優先出来ない。」
エルはハッキリと伝えた。
真剣な眼差しで聞いていた彼女の返答は――
「マグナ・アラエなくなっちゃったんだ。」
少し寂しそうだった。
「けど、新しいギルドを作るのなら私も力になれるよ。」
「君が?!ギルドの運営管理をしたことあるの?」それは助かるとフリムが聞く。
「ううん、違うよ。冒険の方。ここまでルミと一緒に来たんだよ。モンスターだってやっつけてきたんだから。この辺りのモンスターだったら、自分の身は自分で守れるよ。」
確かに、どこから来たのかは思い出せないようだが、二十日間旅をしてきてモンスターと遭遇しない訳がない。やっつけてきたというのも本当のことだろう。ただ、やはりダメだ。アクレスとの[マモレ]の約束もある。
危険な目には遭わせられないことを伝えようとした時――
「そんなに心配なら試してみる?」
彼女は少し得意げに言った。
ギルドの中庭に出て木剣と盾を構えるエル。妙なことになった……相手は冒険者には見えない女性と一匹の小さな獣。
フリムが開始の合図を送る。それと同時に彼女は何かを囁いた。彼女の周りを淡い光が包む。魔法を使ったのだ。そして、いつでもきていいよといわんばかりに距離を詰めてくる。
躊躇するエルだが、目の前まで迫る彼女。
寸止めしてビックリさせてやろうと、仕方なく木剣を振り下ろした。
ガンッ!
鈍い音が響き、木剣を通して衝撃が伝わる。
ヤバイ!目測を誤ったかと目をやると、木剣は彼女の体に届いていない。彼女を包む淡い光が盾のように木剣を防いでいる。
エルが呆気に取られていると、
「次は私の番、危ないからしっかり構えてね。」
彼女はルミに合図を送る。すると小さな獣の体は優にニメートルを越える巨体となって突進してきた。咄嗟に盾を構えたが吹き飛ばされる。何とか受け身をとって体勢を立て直し、反撃に出ようとしたが、魔法の追撃が胸のプレートに着弾する。勝負あり!エルの完敗だった。
リスの巨大化もびっくりしたが、まさか彼女が杖も無しに魔法を使えるとは。
「どう、これでもまだ心配?」
「いや、十分だ。というかオレたちが守られる方かも……。」
「じゃあ、三人目のギルドメンバーにしてくれる。」
「あぁ、まだギルドの名前も決まってないけどよろしく頼むよ。」
二人は握手をした。
いったい何者?とフリムは呆気に取られていたが、そういえばまだ彼女の名前を聞いていないことに気づく。
大事なことなのに昨日から考える事が多すぎてすっかり忘れていた。
「君、名前は」
「カナン、カナン・ステラリスだよ」
「いい名前だな。」
二人は声を合わせて改めて言った。
【カナン、うちのギルドへようこそ】
登場人物
カナン・ステラリス
所属:エル達の新ギルド予定
職業:迷子
性別:女性
身長:162
年齢:17
性格:のんびりマイペースでちょっとだけ天然
動物大好き




