6 その後
◇◆◇
「アレクシア、君は、四年前に俺を助けてくれた少女なのか!?」
ジェフリー様が、叫んだ。
「四年前……?」
私はそのあたりの記憶を探る。
確か、誕生日パーティーの前。夏季の頃。
その年のブルーベル公爵領の付近には、魔獣が多く現れた。
そのため、近隣の領地と協力し、魔獣狩りを毎日のように行っていたことを思い出す。
特に王太子であるジェフリーが領地に来る前に、大がかりな狩りが行われた気がする。
お父様は、事前にジェフリー様が来るのを例年より遅らせるように手紙を事前に出していたはずだが?
結局、魔獣の大量発生で、その年はジェフリーの長期滞在はなくなったはずだ。
その後の私の誕生日パーティーで他に愛する人ができたと言われたので、よく覚えている。
「確かに、その時期はブルーベル公爵領やその周辺では魔獣が大量発生したので、近隣の領地と協力して、対峙していましたが……」
もちろん、私も狩りに参加していた。
「じゃ、じゃあ、あの時、俺を助けてくれたのは……」
ジェフリーは絶望したように膝をつく。
「ちょ、ちょっと、ジェフリー様!?」
リタ様が叫ぶ。
「リタ、お前は俺を騙していたのか?」
「ヒィッ!?」
「お前が俺の『初恋の君』だから、愛していたのだ。だが、そうでないのなら……」
「あ、あなたが勝手に勘違いしたんでしょう!? あたしはあなたや伯爵様の言う通りにしていただけなのよ!!」
「この──ぐあっ!?」
ジェフリー様がリタ様に害を及ぼそうとしたため、周囲にいた魔法騎士たちが、彼に拘束魔法をかける。
「何をしている、俺はこの国の王太子だぞ!?」
「こうなることは、あらかじめ予想ができたからな」
と、国王陛下。
「ち、父上?」
「私も、お前の姉たちも、アレクシアには誠意を見せろと言ってきたのだが、お前はとうとう聞き入れなかったな」
「お、俺は……」
「王妃の言葉しか信用しないからこうなるのだ。王妃よ、自分の息子を不幸にして何がしたかったのだ?
この国には私の息子はジェフリーだけだ。大きな問題さえ起こさなければ、順当に次の王に成れたというのに……」
「わ、私は、ただ、ジェフリーの望みを叶えてあげようと……」
「お前が何もしなければ、多少の行き違いはあってもジェフリーの初恋は叶っただろうな」
「──っ!」
陛下は溜息を一つ吐いてから続ける。
「では、ジェフリーとアレクシア嬢の婚姻は無効。王妃はその権能を剥奪。離宮にて蟄居を命ずる。
ジェフリーは王位継承権を剥奪。リタ嬢と共にカルミア伯爵を継ぐといい」
カルミア伯爵本人は、今回の魔獣の件の責任を問われて、死罪が決まったらしい。
「ま、待ってください! 俺以外に誰が王位を継ぐと言うのです!?」
「それなら心配はいらない。お前の兄が継ぐ」
「あ、兄!?」
「先王妃と私の最後の子だ。現王妃に存在を知られれば命の危険があるので、今までその存在は秘匿されてきたのだ」
陛下がこちらへ視線を向ける。いや、私の後ろに控えているエドウィナを見ている。
「エドウィナ──いや、エドワード。前へ」
「かしこまりました」
侍女のお仕着せ姿のエドウィナの姿が、王座に近づくにつれて男性用の礼服姿に変わる。
それどころか、女性にしか見えなかった体格も鍛え上げられた男性のものになった。
顔は……中性的美人のままだが。
「な、アレクシアの侍女が!?」
「お久しぶりですね、ジェフリー殿下。エドワード・アルメリアと申します」
「あ、アルメリア……? それに、久しぶりとは……」
「覚えていませんか? 四年前までは幼馴染として、私とアレクシア様と三人で、よくお茶会をしたではないですか」
「あ……」
ジェフリー様も思い出したようだ。
「では、アレクシア様も王位も私が引き受けますので、ジェフリー様は大人しくリタ様と幸せになってください」
エドワードは、とても爽やかな笑顔で言った。
「な、なぜ、お前が……」
「ジェフリー様との婚約が解消されれば、私とエドウィナ──エドワード様が婚約していたのです。それを邪魔し続けていたのはジェフリー様ですよ?」
「それに本来なら、王位継承権は放棄する予定でしたが、ジェフリー様の素行があまりにも……なので、このような事態になりました」
「〜〜〜〜っ」
特に、私と婚約解消せず、仕事を押し付けるだけのお飾り王太子妃にしたことが、決定打となった。
「いまさら、お前の元に嫁ぎたいと言う令嬢もおらんだろう。せいぜい、リタ嬢を大切にするのだな」
リタ様とジェフリー様は、カルミア伯爵領から出ることを禁じられ、一生をカルミア伯爵領で過ごすことが決まった。
こうして、事件は収束したのだった……
◆
その後、子供の血縁関係を確かめるため、ジェフリー殿下とリタ様は彼女の出産を待ってからカルミア伯爵領へ向かうことになった。
そして、生まれた二人の子供は、黒髪と赤い瞳を持つ男の子だったそうだ。
銀髪に赤い瞳のジェフリー様と金髪に水色の瞳のリタ様の子供としてはありえない髪の色だったが、どうやらリタ様は魔法薬で髪を染めていたらしく、魔力による測定では二人の子供に間違いはないという結果が出た。
しかし、リタ様がジェフリー様を騙していたことが確定となり、二人の仲は最悪なものとなっているらしい。
しかも、リタ様を支援してくれる養父はすでにいない。
「リタ様も非はあるけど、せっかく愛し合って、子供まで授かったのに、酷い人ね……」
「恐らく、元々そういった性根なのでしょう。我が弟ながら情けないです」
男の姿に戻ったエドウィナ……いや、エドワードは私を労わって心を落ち着かせるハーブティーを淹れてくれる。
すでに、侍女の仕事はしなくてもいいのだが、長年の習慣になってしまっているのだ。
「それにしても、この認識変更の魔法具、かなりの効果だったわね……」
私はつい最近までエドワードが身につけていた魔法具のピアスを手に取る。
この魔法具は使用者の見た目の性別を変えるタイプのものだ。変身しているわけではないので、女装していたわけでもない。
エドワードの場合は、執事服を着てこの魔法具を使っていたので、お仕着せを着た侍女の姿に見えていたのだ。
断罪の場では、上等な礼服を着ていた。
「ええ。それのおかげでいつもアレクシア様のそばにいられました」
「様はいらなくない? 私たちすでに夫婦だけど?」
「ンンッ、いえ、その、長年の癖です。アレクシア」
そう、私とエドワードはすでに夫婦だ。
卒業パーティーでの出来事は、さすがの私でもどうしても耐えきれなかった。
心が折れてしまい、ついエドワードに縋ってしまい……まあ、そういうことになってしまったのだ。
後悔は特にしていない。
「そういえば、ジェフリー殿下……いえ、ジェフリー様から面会の申請がきていますね」
「今更? どうして?」
「『初恋の君』のことがまだ諦めきれないのでしょう」
「いまだに!? しつこいわねぇ」
とはいえ、このまま会わずに別れると、さらに粘着されそうだ。
四年前のあの日から、二人でマトモに話したこともなかったし。
「仕方ありません。エドワードと一緒ならお会いしましょう」
◆
それから数日後、ジェフリー様との面会の日になった。
側には、エドワードも控えている。
いつでも動けるように剣を携え、護衛騎士の如くソファーの後ろに立っている。
「アレクシア……!」
「お久しぶりですね、ジェフリー様」
「その、君にはこれまでのことを謝罪したい。……済まなかった」
「いいえ、謝罪は結構です」
「そうか! アレクシア、今からやり直すことはできないか!?」
私の言葉を勘違いしたジェフリー様が、懇願するように言った。
「無理ですね。私のジェフリー様への恋心は、十四歳の誕生日に消えてしまいました。
あるいは、それ以降の関係が悪くなければ、また恋をしたこともあったかもしれませんが、そうではありませんでした。
あなたとの未来は、すでに潰えたのです」
「そんな……僅かでも、希望はないのか?」
「ありません。
私はあなたの初恋に付き合うつもりはございません。
初恋とは実らないことの方が多いものです。これからは、リタ様を大切にしてください」
「心配せずとも、アレクシアのことは私が幸せにする。ジェフリーは自分の幸せを大切にしなさい」
と、エドワード。
優しく落ち着いている言い方だが、有無を言わせない凄味がある。
「そう、か……それでも……」
「申し訳ありません、このあと予定が入っているので失礼しますね?」
「ア、アレクシア!? 待──」
それで、ジェフリー様との面会は終了。
彼が何かを言おうとしていた気もするが、もう振り返ることはなかった。
そしてそれ以降、ジェフリー様に会うことはなかった……




