5 求めていた相手【ジェフリー】
◆◇◆
ジェフリーとアレクシアは、お互いが十歳の頃に婚約した。
二人の相性もよく、ジェフリーが強く望んだから結ばれた婚約だった。
それでも二人は互いを想い合い、絆を深めていった。
アレクシアの家、ブルーベル公爵家の領地は避暑地としても人気がある場所だった。
そのため、婚約が結ばれて以降、ジェフリーは夏季休暇として、長期的にブルーベル公爵領へ滞在するようになった。
それが恒例行事になった頃転機が訪れる。
二人が十四歳になった頃、この年の夏もジェフリーはブルーベル公爵領で過ごそうと馬車で向かっていた。
天気が悪くなりそうだったので、早めに王都を出たのが、彼の運命を決めた。
その途中、ジェフリーは魔獣の群れに襲われ死ぬ思いをした。
それを助けたのが、鮮やかな金髪と青い瞳を持つ少女だった。
彼女は天候を操り、雷を落とし魔獣たちをあっさり倒してしまった。
その勇姿と凛とした佇まいが、ジェフリーの心を捉えて離さなかった。
この年のブルーベル公爵領の滞在は、魔獣の大量発生により中止された。
そして後日、王都の邸宅で開かれたアレクシアの誕生日パーティーで、自分の本心を告げたのだった。
◆
「ジェフリー、どういうつもりだ!?」
誕生日パーティーの数日後、幼馴染の彼が突っかかってきた。
「仕方ないだろう? 自分の心に嘘はつけない」
「だが……だったら、婚約は解消するべきだろう!? アレクシアに申し訳ないと思わないのか!?」
「婚約に関しては、父上は許してくれたが、母上は許してくださらない」
アレクシアの誕生日パーティー後、自分の考えを両親に相談したが、婚約解消には至らなかったのだ。
「それでも……」
「アレクシアも愛する俺と婚約できるのだから、問題はないはずだ」
「……は?」
「俺の愛は得られなくても、愛する人のそばにいられるだけで幸せなのだと母上も言っていたからな」
「……君が、そこまで愚かだとは思わなかった」
「はぁ……王太子たる俺になんたる言草だ」
それを機に、その幼馴染は姿を見なくなった。
ジェフリーに対する暴言で、何かあったのかもしれないが、彼は仕方がないとしか思わず、特に気にしなかった。
◆
それからも、ジェフリーはアレクシアに対しては愛情は無かったが、婚約者ではあるのでお茶会や季節のプレゼントなどは送りあっていた。
しかし、ジェフリーには『初恋の君』を探すという使命があったので、プレゼントにつけるメッセージカードや手紙は、従者に任せていた。
そのうち、面倒なお茶会の頻度は月一回となり、やがてそれすら無くなった。
『初恋の君』を探すのに夢中になっていたジェフリーは、そんな些細なことは、まったく気に留めなかった。
しかし、いくら探しても『初恋の君』は見つからず、そのうち見つからない苛立ちを、アレクシアへと向けるようになっていった……
◆
この国では十五歳頃になると、大抵の貴族の令息令嬢は王立学園へ通い始める。
その頃にはジェフリーの異母姉たちは嫁いだり婚約者と同居するために王宮を去って行った。
それまで、姉姫たちに諭されることでかろうじてアレクシアを気にかけていたジェフリーは、学園入学を機に更にアレクシアを蔑ろにするようになった。
ジェフリーに蔑ろにされることで、彼女が周囲にも冷遇され、中傷されていても彼は気にも止めなかった。
二年生になると成人を迎える者が多くなる。
その祝いに友人によって男女の集まりに招待され、そこでジェフリーは初体験を終わらせた。
閨教育でも実践はするが、それとはまったく違う体験が心を揺さぶった。
始めは『初恋の君』に捧げるはずだった純潔を、泥酔の果てになし崩し的に失ってしまったことを後悔もしたが、周囲から『初恋の君』と愛し合うための練習だと慰められ、そう思うことにした。
それからも『初恋の君』の捜索は続けられ、時に好みの相手とベッドを共にすることもあった。
しかし、その相手が『初恋の君』でないことを知ると、翌日手のひらを返して冷たくなり、二度と会うことはなかった。
そういった対応を続けることで、ジェフリーの人望は緩やかに下がっていった。
◆
そして、三年生の時、ようやく運命の再会を果たす。
『初恋の君』である、リタ・カルミアは鮮やかな金髪と水色の瞳という、ジェフリーの記憶の少女の面影を残しつつ、そのまま成長した姿をしていた。
「君が、俺を助けてくれた彼女なのか?」
「あの時のことは、無我夢中だったので、ほとんど覚えていないんです。
でも、魔獣に襲われた方を助けたことがあると聞いています。
それに、殿下のことはなんとなく覚えています!」
そんな言葉を交わし、出会って間もなく二人は恋人関係になった。
彼女には当時の記憶はほとんど無かったが、それはジェフリーが覚えていればいいと思ったので、気にならなかった。
リタと睦み合うのに忙しく、学業も彼女の貴族教育すら疎かにしてしまったが、卒業式は待ってはくれない。
卒業間近となってようやく、焦り始めるがどうにもできない時期になっていた。
そもそも、『初恋の君』が見つかったのだから、アレクシアとの関係もなんとかしなければならないのだが……
学園を卒業してからアレクシアとの婚約を破棄し、リタと婚約し直しても世間からは非難されるのが目に見える。
だから、ジェフリーはアレクシアとそのまま結婚することにした。
これなら、年頃のアレクシアを放り出すことなく、彼女の新たな相手を探す必要もない。
とはいえ書類上だけの夫婦であり、彼女と愛し合うことはない。
王妃教育を受けていないため、仕事ができないリタの代わりでしかない。
それでも、自分を愛しているはずのアレクシアはジェフリーの役に立てるのだから喜ぶだろうと、本気で思っていた。
それから、リタの妊娠が発覚した。
おめでたいことだから、卒業記念パーティーでそれを発表した。
なぜか周囲の反応は微妙だったが、ようやく実った初恋にいまだに浮かれていたジェフリーには気にする余裕はなかった。
◆
そして、アレクシアとは書類上だけの夫婦となり、リタはひとまず愛妾となった。
自分はリタの面倒も見なければならないので、仕事はほとんどアレクシアに回していたが、子供が無事に生まれるまでは仕方がないと思っていた。
しかし、アレクシアは自分を愛しているので、多少の無理は許してくれる、本気でそう思っていた。
王宮での生活に慣れてきた頃、リタがアレクシアとお茶会がしたいと言い出した。
安定期に入ったとはいえ、自分の恋敵と会わせるのは気が引けたが、愛するリタの願いなら叶えるしかない。
しかし、アレクシアはその願いを断り続けた。
リタの願いを無下にするアレクシアに憤ったが、王妃に頼むとその名で招待状を作ってくれたので、その助けを借りた。
やはり、王妃の命には逆らえなかったのか、アレクシアからは参加の返事が来た。
だが、その席で、アレクシアは毒に倒れた。
そのせいで、リタが不安定になってしまった。
ジェフリーは怒りに燃え、回復したというアレクシアの離宮に突撃した。
そこで聞いたのは、アレクシアが自分を愛してはいないことだった。
ジェフリーにとっては青天の霹靂で、衝撃が走った。
十四歳の誕生日パーティーのあの日から、婚約解消を願って王宮に申請をしていたことも知らなかった。
ジェフリーには、その事実は知らされてはいなかった。
母である王妃に問うと、彼女以上にジェフリーの後ろ盾になってくれる家はないのだから、逃すわけがないと言われた。
ジェフリーとアレクシアの間の愛は、とっくの昔に無くなっていた。
◆
それから、ジェフリーはアレクシアの言葉について考えたが、結局は〝ただの強がり〟として心の中で処理した。
そして、リタが秋のガーデンパーティーにアレクシアを呼びたがっていたから許可を出した。
しかし、アレクシアに対して何かを準備することはなかった。それが恒例だったから。
だが当日、事件が起きた。
魔獣研究所へ輸送中の魔獣が逃げ出し、選りによって王宮へと侵入したのだ。
それを倒したのは、アレクシアだった。
彼女は、雷雨に特化した天候操作の特異魔法を持っていた。
魔法を展開したアレクシアは、雨に濡れた髪と瞳が魔力の光を受けて輝いていた。
その姿は、鮮やかな金髪と光り輝く青い瞳になっていた。
それは、かつてジェフリーを助けた『初恋の君』の姿そのものだった──




