3 決死のお茶会
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離宮に住み始めて数日後から本格的に仕事が始まった。
今の所嫌がらせはないので平和に暮らしているが(やろうとした痕跡はあったが、結界で離宮内に入れなかったようだ)、仕事はかなりの量を押し付けられていた。
……さすがに、多すぎる気がする。
それをこなしつつ、情報を集める。
私は離宮の執務室で仕事をしているので、基本的に離宮の敷地内から外には出ない。
なので、エドウィナの〝特異魔法〟と〝影〟によって情報を集めている。
どうやら、ジェフリー様はリタ様との逢瀬が忙しく、彼の仕事もこちらに回ってきているらしい。
「まったく、いい気なものです」
エドウィナは指先に止まる小さな蝶を見ながら呟いた。
魔力を虫などの小さな生き物に変えて情報を集めることに特化した、エドウィナの特異魔法だ。
蝶以外にも様々な姿を、魔力に取らせることができるらしい。
音声や映像の記録もできるとか。
「ジェフリー様のことはどうでもいいですけどね。それより、最近日用品や食材が送られてこなかったり、傷んでいたりすることの方が問題ね」
離宮に閉じ籠り、周囲に結界を張っているとはいえ、日々の食材や日用消耗品は必要だ。
私に嫌がらせをしたい方々は、離宮に侵入できないのでそういった部分から嫌がらせを始めたらしい。
ちなみに食事は、初日から硬いパンと生ゴミで作ったスープだったため、以降は食材のみ運んでもらい、自分たちで作ることにしている。
最悪、実家に頼んで小型の亜空間収納鞄をくくりつけた伝書鴉に食材などを入れて運んでもらうのも手だけど……余計な警戒をされたくはないので、それは最後の手段だ。
「あらかじめ、食材なども持ってきていて良かったですね」
亜空間収納鞄には、食材などもたっぷりと詰めてきた。鞄の中に入れた物は時間が止まるので、いつまでも保存できる。
この日はそれで夕食を作ったのだった。
疲れたので、日用品や食材に対してのクレームは明日行うことにした。
◆
地味な嫌がらせに対応しつつ、仕事をこなす日々に慣れてきた頃、やたらお茶会の誘いが来るようになった。
相手はリタ様。
明らかに何かを仕掛けてこようという魂胆が見えたので、毎度お断りをしていた。
そもそも、押し付けられる仕事で忙しいのは事実だ。
しかし、どうしても断れない場合もある。
「王妃殿下主催のお茶会ねぇ……」
「嫌な予感しかしませんが……」
「さすがに行くしかないわね……」
陛下が寝込んでいる以上、この国で最も権力があるのは、現王妃だ。今はまだ、彼女の不評をあまり買いたくはない。
「仕方ない。エドウィナ、ドレスを準備して」
「かしこまりました。念の為、防衛機能をつけておきますね」
「お願いするわ」
こうして、行きたくもないお茶会への準備を開始した。
◆
「こんにちは、アレクシア様。こうしてちゃんとお話しするのは初めてですね!」
王妃殿下が気に入っている庭園のガゼボで待っていたのは、案の定リタ様だった。
王妃殿下は初めは一緒にいたが、予定があるとかですぐに部屋へ戻ってしまった。
そうして、私とリタ様は二人きりになった。
一応、エドウィナが控えてはくれているが、目立つことはできない。
他の侍女や護衛騎士たちは、何が起きてもリタ様の味方だろうから。
「アレクシア様は、お辛くないのですか?」
「何がです?」
「ジェフリー様に愛されず、お仕事ばかりの日々がです」
「……辛いと言えば、私を解放してくれますか?」
「──まさか!」
「……」
「あなたに逃げられたら、誰が仕事をするというの?」
キャハハと笑うリタ様は、見た目だけなら無邪気で天真爛漫そのものだった。
「ジェフリー様とあなたがすればいいのでは?」
「ダメよ。私とジェフリー様が愛し合う時間が減ってしまうわ。
ああ、さっきのはただ聞いてみただけだから、気にしないで!」
そう言って、リタ様は勝ち誇ったように笑う。
これが、この女の本性か……
ジェフリー様が探し求めた『初恋の君』だから、もっと高尚な方かと思ったのに……と、内心幻滅した。
「そうですか」
「そういえば、もうすぐ秋のガーデンパーティーが近いわね」
「そうですね」
秋のガーデンパーティーは大規模なお茶会のことだ。
王宮自慢の庭園で行われる。
基本的に、夜会などの公務はジェフリー様とリタ様が行っている。
リタ様の体調がすぐれなくても、私が駆り出されることはない。
というか、王宮に輿入れしてもうすぐ半年が経つのか……
時の流れは残酷だ。
「せっかくだし、アレクシア様も参加されては?」
「私は仕事がありますので」
「でも、たまには気晴らしも必要でしょう?」
「着て行くドレスがありません」
「あら? そうなの? かわいそ〜」
リタ様は酷く見下した目で、とても楽しそうに笑った。
「そうですね」
「ああ、この紅茶は王妃様がわざわざ私のために取り寄せてくれた物なの。もちろん飲んでくださいますよね?」
リタ様が含みのある笑みを私に向ける。
「……」
明らかに何かが仕込まれている。
だが、断るとこれ以上のことをされるだろう。
まあ、彼らを潰す言い訳にできるか。
「……いただきます」
そうして、出された紅茶を一口飲むと……
「──っ!?」
案の定、私は血を吐いて倒れたのだった。
◆
「あいつら、殺しましょう」
「それはダメです」
お茶会から数日が経った。
私に盛られた毒は、死に至るものではなく、胃や食道を傷つけ、吐血を催すものだった。
つまり、毒を盛られたことを偽装する時によく使われる毒薬といったものだ。
回復薬を飲めば治るし、解毒薬も必要ない。回復薬を飲まなくても、数日飲食はできない程度で済む毒だ。
私はすでに全快したが、嫌がらせとしてはやりすぎだな。
「しかし、毒を盛られたことには変わりありません!」
「そうね。さすがに黙っていられるようなものではない」
一応、王宮でも毒を盛った犯人の捜索はしているが、恐らく有耶無耶にされるだろう。
そうはさせないが。
「エドウィナ、実家にことの次第を連絡を。それと、国王陛下とどうにかして会いましょう」
「分かりました」
幸い、私が毒に倒れたことで、仕事も休ませてもらっている。
時間はある。
その時、離宮の外が騒がしくなった。
「王太子妃を出せ!」
ジェフリー殿下の声だ。
彼の言葉で、自分が王太子妃だったことを思い出した。
「ジェフリー殿下のようですね」
「はあ、仕方ありません」
私たちはジェフリー様の応対をするためにエントランスへと向かった。
◇
「お待たせしました」
「遅いぞ!」
「先触れなく、いきなり来たのはあなたですよ?」
「ぐぬっ、それは、急いでいたのだ。仕方ないだろう!?」
「それで、どういったご用件ですか」
「お前が毒に倒れたせいで、リタの体調が悪くなった! どうしてくれる!?」
「は?」
ジェフリー様の主張に、私とエドウィナだけでなく彼の護衛も愕然としていた。
「ええと、私は毒を盛られて倒れたのですが?」
「どうせ、自作自演だろう? 使われた毒もそういった用途でよく使われていたものだと聞いている」
「……そうですか」
彼はそう捉えたということか。
なるほど。確かに見方を変えれば自作自演という風にも見えなくはないか。
もしや、これが狙い?
「しかし、私にはそうする理由がありませんが?」
「は? お前は俺を愛しているだろう?」
「いいえ?」
「し、しかし、俺たちは長年婚約を……」
「ジェフリー様に他に愛する人がいると告げられた十四歳のあの日より、あなたへの愛は亡くなりました」
「……」
ジェフリー様の顔から表情が抜け落ちる。
「私……というか、我がブルーベル公爵家の総意なのですが、その十四歳の日から王家には婚約解消の打診をしていました。しかし、了承されず現在にいたります」
「そ、それは……」
「ですので、ジェフリー様とリタ様の仲に嫉妬することも、ジェフリー様の寵愛を求めることもありません。
私が望むのは王宮からの解放と、私に毒を盛った犯人に相応の罰を与えてくれることです」
「……分かった。それについてはこちらも努力しよう」
ということは、ジェフリー殿下が指示した訳ではないようだ。
「それと……」
「なんだ?」
「国王陛下へのご挨拶を、そろそろお願いしたいのですが」
忙しさで忘れていたが、私がここに来て半年ほどが経っている。
さすがに挨拶には遅すぎるが、しないよりは良いだろう。
「それも手配する。……使用人はそいつだけか?」
ジェフリー様がエドウィナを見る。
「ええ。エドウィナだけで十分ですから」
「そうか」
そうして、ジェフリー様は去って行った。
「……塩でもまきますか?」
「それ、極東の国のおまじない? 塩が無駄になるからいいわ」
しかし、ジェフリー様の関心が私に向いてしまった。
何事もなければいいけど……
◆
「王国の太陽たる国王陛下に、謹んでご挨拶申し上げます」
私は、国王陛下にカーテシーを捧げる。
「気にするな。公の場でもあるまいし、改まった挨拶は不要だ」
ジェフリー様が私の住む離宮に来てから数日後、私はようやく陛下との挨拶が叶った。
「そもそも、私もこのような状態だしな」
陛下は現在、体調を崩しており、ベッドで半身を起こしている状態だ。
「いいえ、楽にしていてください」
「……アレクシア、毒を盛られたそうだな」
陛下は寝室に防音の結界を張り、そう言った。
この場には、陛下と私、エドウィナしかいない。
陛下の護衛がいないように見えるが、これでも至る所に〝影〟がいる。
「ええ。ですが、弱い毒でしたので、特に影響はありませんでした。すでに回復しています」
「そうだったか。アレクシアには苦労をかける……」
「いえ、それより陛下の現状は……」
陛下はどうにも病気という感じではない。
しかし、体は弱っている。
つまりは、私と同じ被害に遭っている。
「アレクシアが考えている通りだ。すでに対策はしている」
「それでは……」
「ああ。君は君で好きなようにやってくれて構わない」
「分かりました」
「それで……」
陛下が、エドウィナを見る。
「凄いな。分かっていても、侍女にしか見えぬ」
「そう見えるように、振る舞ってもらっていますから」
エドウィナはカーテシーを捧げながら、頭を下げる。
「そ、そうか。しかし、侍女というか、使用人はエド……ウィナだったか? 一人なのか? 不便であろう?」
「問題ありません、どうせ、長居はしませんので」
「そうか。まあ、婚約が解消されれば一緒になるのだろうから、問題は無いか」
「はい!」
私は登城してから初めて満面の笑みを見せた。
そうして、陛下との挨拶は終わった。
◇
陛下の寝室を後にすると、ジェフリー殿下が待ち構えていた。
「陛下はなんだって?」
「よく尽くすように、と」
「そうか。秋のガーデンパーティーには出席しろ」
「……かしこまりました」
それが、決戦の場になるだろう。




