2 地獄の輿入れ
◆
「皆に知らせたいことがある。我が『初恋の君』、リタが俺の子供を身籠った!」
卒業パーティーの場で、ジェフリー様がそう宣言した。
その傍には、リタ様が寄り添っている。
二人の礼服とドレスは色を合わせており、明らかに上等なものだった。
恐らく、ジェフリー様が用意したのだろう。
ちなみに、私のドレスは自分で用意した、無難なデザインのものだ。
「そ、それでは、アレクシア嬢とは婚約を解消するのですか?」
戸惑っている側近が、当然の疑問を口にする。
この国では、権力争いの観点から側室は認められていない。
現国王のように、先王妃に先立たれたなどの理由なら後妻を迎えることはできるが、もし王族に男児が生まれなかった場合は、王族の血が流れる者から選定される。
そして、王女には王位継承権はないが、その子供に男児がいればその子に王位継承権が発生するのだ。
「いや、リタは王妃教育を受けていない。貴族としての立ち振る舞いも不十分だ。公務などはこなせないだろう。何より身重だ。
アレクシアには公務を任せたい故、このまま結婚する。
当面リタは寵妃として、俺のそばに置くことになる」
──は?
ジェフリー様の宣言に、会場は騒然となる。
彼らが出会って一年。
王妃教育をまったくしていないのか?
いや、それは仕方ないとしても貴族としても不十分?
寵妃ってありなのか?
公務を押し付けるだけのために公爵令嬢とこのまま結婚するのか?
……と。
しかし、どういうわけか都合の悪い言葉は彼の耳には届かないらしい。
「アレクシア!」
「……はい。ここに」
群衆から一歩出て、カーテシーを捧げる。
学生最後の気安い場ではあるのだが、顔が歪むのを抑えきる自信がなかったので、それでなんとか誤魔化した。
「言った通りだ。お前は卒業後、予定通り王宮へ輿入れしろ。
まずは書類上だけの婚姻を結び、リタの体調が整ったのち、同時に結婚式を挙げる予定だ。
お前もウエディングドレスを着られるのだから、嬉しいだろう?」
「その前に一つだけ。私との婚約はどうしても解消はしないと?」
「当たり前だ。リタは元平民であり、貴族のことにはまだ不慣れだ。そもそも、愛する相手に苦労をかけたくはないからな」
つまり、お飾り王太子妃であり、愛のない私には苦労をさせてもいいという訳だ。
「それは……」
それを、隠すことなく宣言するジェフリー様に、彼の取り巻きや彼の寵愛を得ようとした野心家の令嬢たちすら絶句する。
つまり、私が婚約解消になり、他の誰かが代わりに王太子妃になったとしても、お飾りの王太子妃にしかならないということだからだ。
まあ、それを宣言することは、ある意味誠実なのかもしれない。
あるいは、ただの馬鹿かもしれないが……
「……」
エドウィナが私の後方でジェフリー様に殺気が籠った視線を送っている気がするが、頭の中がお花畑な彼は一向に気付かない。
「……ひとまず、家族と話し合いたいと思います」
そうして、微妙な空気のまま、卒業パーティーは幕を閉じた。
◇
「……」
「……」
帰りの馬車の中、私とエドウィナは無言だった。
私も、今回のことは少し堪えてしまった。
「ねえ、エド」
「はい、アレクシア様」
「今日一緒に寝たいって言ったら、どうする?」
「それは……」
「……冗談よ」
だから、子供じみた我儘を言ってしまっても、仕方がないと思う。
◆
それから、我が家からも抗議文を王宮に送ったが、私とジェフリー様の婚約が解消されることはなかった。
そして、ジェフリー様の言っていた通り、私は住居を王宮に移すことになった。
「そもそも、国王陛下が出てこないことが怪しいです」
「そうね……」
エドウィナが淹れてくれた、回復効果のあるお茶を飲みながら、王家から来た返事に目を通す。
最近、陛下は体調が悪いらしく公の場に出てこない。
その代わりを務めているのが現王妃だが、彼女は唯一の子供であり、王太子のジェフリー様にかなり甘い。そして恐らく、彼の『初恋の君』であるリタ様に対しても……
すなわち、面倒事を押し付けられる私を逃すわけがないのだ。
「しかし、本当に王宮に輿入れするつもりですか?」
「これ以上、王家を拒否し続ければブルーベル公爵家に仇をなす可能性もあるわ。ひとまず、ジェフリー様の言葉に従いましょう」
「でしたら、私も付いていきます」
「……お願いするわ」
王宮からは侍女や護衛を連れて行っていいと言われていたが、私は結局エドウィナだけを連れて行くことにした。
護衛は〝影〟がいるし、必要以上に大切な人々を危険な場所に連れて行きたくはない。
まあ、いざとなれば……
ああ、エド……いえ、エドウィナにはまた面倒をかけてしまうわ。
ふと窓の外を見ると、さっきまで晴れていた空が厚い雲に覆われ、遠くで雷の光が輝いている。
外では季節外れの雷雨の気配に、ブルーベル公爵家の使用人たちが騒いでいる。
いけない、平常心を保たないと……
あの頃のように、災害級の悪天候は良くないわ……
「アレクシア様……」
「悪かったわ、エドウィナ」
そう、私の特異魔法は、最終手段。
高威力だけど、魔力消費が多いから、使い所は見極めないと……
◆
それから、登城する日になった。
必要なものを馬車に詰め込み、本当に大切なものはポシェット型の亜空間収納鞄に入れておく。
恐らく、嫌がらせは受けるだろうから、その自衛手段は持っておかないと。
王宮に着くと、同じ敷地内にある離宮へと案内される。
大きさも築年数も悪くはない。中もしっかり掃除がされている。
ただ、この離宮は王太子妃用のものではなく、この国に長期滞在する来賓客用のものだ。
恐らく、王太子妃用の離宮にはリタ様が入るのだろう。
まあ、今更、私の扱いについてはどうでもいいか。
離宮は一応、綺麗だし。
「アレクシア様、王妃殿下、ジェフリー殿下がお待ちです」
「分かりました」
荷解きもそこそこに、王宮の使用人が私を呼びにきた。
私とエドウィナはすぐに謁見の間へと向かう。
離宮の周りには、一応結界を張っておいた。
◇
「ご機嫌麗しゅう、王妃殿下、そしてジェフリー殿下」
謁見の間には王妃殿下とジェフリー殿下、そしてリタ様がいた。
リタ様は、愛妾であり、伯爵令嬢なので、挨拶の対象外だ。
「面を上げよ、アレクシア。これからは、ジェフリーのために尽くすのだ」
「はい」
微笑の形だけを顔に貼り付けて私は答える。
「では、婚姻契約書にサインを」
「はい」
用意されていた婚姻契約書には、すでにジェフリー殿下の名前が書かれていた。
彼の名前に二重線を引きたくなるが、我慢してその隣に私の名前を記入する。
後はこれを神殿に受理してもらうだけで、結婚は完了だ。
なんともあっけなく、私の地獄は始まってしまった。
チラリと視線だけをジェフリー様に向けると、彼はリタ様といちゃつくことに夢中で、私のことには無関心のようだ。
周りの大臣たちも呆れたり、失望したりしている。
宰相に至っては能面状態だ。
少なくとも、彼らの周囲の人々はマトモらしい。
関心を向けられるよりはいいか。
「では、書類は神殿に提出する」
「一つ、よろしいでしょうか?」
「何か?」
「陛下のご様子はいかがですか?」
「……芳しくはない」
王妃殿下は、目を伏せた。
「では、体調がよろしい時にでも、ご挨拶をしたいのですが……」
お飾りとはいえ、王太子妃が輿入れしたのなら挨拶は必要だろう。
「いいだろう。本日は荷解きなどで忙しいだろう、もう下がって良い」
「はい。失礼します」
私とエドウィナは謁見の間を後にする。
◇
離宮に戻ってくると、荷解きの続きをしながらエドウィナと今後のことを話し合う。
幸い、結界を張っていたおかげか、侵入者はいなかった。
結界の一部に焦げたような跡はあったが……
まあいいか。
「さて、どうします?」
「しばらくは、従っておきましょう。だけど気になるのは陛下のことよ」
陛下はジェフリー殿下のお姉様方と同様、マトモな方だ。
ジェフリー殿下が私を愛することはないと言ったあの時も、真摯に謝罪をしてくださった。
しかし、近年では体調を崩すことが多くなり、公の場にもほとんど出てこなくなってしまったのだ。
「陛下は、武人としても凄腕だと聞きました。体力もあるはずです。そんな方がまだまだ働き盛りの年齢で寝込むなど……」
王族には血族に現れるような病もないし、少し不自然ではある。
「まあ、陛下が倒れて得をしている人物が今、王宮を牛耳っているわね」
今考えれば、ジェフリー様のお姉様方が一斉に嫁に行ったのも、タイミングが良すぎる気がするが……
「ふむ、そのあたりも調べたほうがよさそうね……」
こうして、離宮での生活が始まった。




