第2章 昏きに潜む-3
「……何か変なのがやっぱりこの街に入ってきてんな」
「ほう、何故じゃ」
「念の為龍音につけたやつから、変な報告入ってる。明らかに魔導師にしか思えないやつが龍音の周りにいるってな」
人間の生命力に端を発する魔力は、微小ながら普通の人間であっても放出していることはある。
だが、自然に生成された魔力ではあり得ない量を、黒虫が感知していた。
龍音は瑠奈はもちろん静とも交友関係を持っている。
ただの人間ではあるものの、いやただの人間であるからこそこうしてアプローチを仕掛けてくる可能性は前々から感じていた。
以前までの“黒”では琉衣夜から離れた状態ではそこまで詳細な条件付けをすることができなかったが故に、自身の感知範囲を広げるしかない。
だが、“黒”を魔導式で律することを前提とした探知網を利用すれば、自分のキャパシティをそこまで圧迫することなく広範囲をカバーすることができるようになった。
「便利じゃのぉ。……じゃが、うら若き乙女に許可もなくそんなものを貼り付けておくとは、おんしも隅におけんの」
「いや、報告を送りつけてくる条件は周囲に不自然な魔力量を感知した場合だけにしてるから……。それ以外は基本的にノンアクティブだよ」
ニマニマと微笑を浮かべながらそんなことを言ってくる静に対し、琉衣夜はげんなりとした表情をして答える。
琉衣夜とて別にやりたくて貼り付けている訳ではない。
訳ではないが、一般人の彼女が巻き込まれる可能性を考慮しないでいられるほど、彼も愚かではいられない。
無論、何も起こらなければそれで構わないのだが、何か起こってから嘆くよりは随分とましだろう。
……許可を取り付けずに貼り付けた件は言い訳が効かないが、そもそも真正面から魔導の話をした所で龍音が聞く訳もないし、聞いたら聞いたで頭の心配をした方がいい。
結論として、不可抗力としか言い得ない状況といえる。
「ただ、まあ近くにいるだけだから今の所はこちらから何か動く必要はないだろ。……追加で何かしらやらないといけない気はするが」
「ふむ、であればこれはどうじゃ?」
そんな事を言いながら、ひょいとポケットから何かを取り出す静。
ほれ、とこちらへ指で弾いて渡してくるそれを受け取った琉衣夜は、眉をひそめた。
「お守り、か? お前でもこんなの持ってるんだな」
「私のこれは世話役に渡されて物での。捨てるに捨てられんし、一応持っておるんじゃよ」
「交通安全か。まあ、必要ないとは思うが、ないよりは御利益あるだろうしな」
別段特別な魔力を宿しているものでもない。
神様なんてものをそもそも信じきっていない琉衣夜からすれば、プラシーボ程度の効果が出れば良いのではないか、程度の認識しかない。
だが、これが何だと言うのだろうか。
首をかしげる琉衣夜に対し、静は「わからんのか」と言葉を続けた。
「お守りであればおんしの魔力を封ずることも可能じゃろ。それに、お守りであれば悪いようには取り扱わんじゃろうしの」
「お守りなあ……。俺から渡すのかよ」
「むしろおんしが渡さんとダメじゃろ。私はそこまで距離を近付けられておらんし、瑠奈でもまあ悪くはなかろうが……」
「あいつの魔力はわかりやすいからな。わかったよ、学業成就のお守りでも探しておくか……」
近くにご利益のありそうな神社があっただろうかと思考を巡らせる琉衣夜。
それに龍音に渡すとしたら、瑠奈と静にも渡さないと違和感が出るだろう。
やれやれと嘆息をこぼしていると、琉衣夜のポケットでアラームが鳴った。
休憩時間の終わりを告げるアラームだ。
「お、休憩終わりだな。そっちは問題なさそうか」
「問題ない。筋肉もそれなりにほぐれておる。では、続けようか」
ぐぐっ、と背を伸ばしながら静は琉衣夜へとそう返答する。
既にランニングは終わり、これからやるのは格闘主体の模擬戦闘だ。
とはいえ魔導も形質もありなので、単純な殴り合いには留まらない。
「ひとまず戦闘時間は五分な。それまでに降参した方は追加の筋トレで」
「よかろ。カウントダウンを頼む」
「おっけ、始めるぞー」
ピッ、ピッ、ピッとカウントダウンの音が鳴り。
ピー、という一際甲高い音が鳴り響いて。
刹那、訓練場を魔力と闘気の嵐が引き裂いた。
一歩目を踏み込んだのは、当然のごとく静だった。
自らの内側に巡る魔力を身体能力強化へ注ぎ込み、元より琉衣夜のそれを超える速度で一気に互いの距離を殺しにかかる。
疾風の如きスピードで前進を開始した静だが、しかしそれを食い止める為に琉衣夜も動いていた。
両腕五指をそれぞれに動かして、即座に魔導を展開・起動。
瞬間に生み出された魔導は三つ。
一つ目は『殲光』。
真正面から敵を迎撃する為に生み出された光が放出され、静を灼き尽くすべく前進を始める。
二つ目は琉衣夜自身の肉体能力強化。
“黒”を全身に浸せば単純かつ強大な能力強化を果たすことが出来るものの、それ以外の方法を考慮しないのは怠惰と言えるだろう。
もしもこの肉体能力強化で多少なりと静に追い付くことが出来れば、空いたキャパシティで別の方策を打つ事が出来る。
“黒”と重ねる事が出来れば、より瞬間的な出力は引き上げられるだろう。
今回の使用は試験的なものだが、全身をギチギチと駆け巡る魔力を鑑みれば悪い結果にはならなさそうだ。
三つ目は“黒”への条件付け。
一定の条件を付ける事で静の意表をつく事ができればと考えていたが、しかしそれは流石に悠長が過ぎたらしい。
静へ真正面から前進したはずの『殲光』が、あっさりと拳一つで弾き飛ばされてしまったからだ。
その拳には淡い燐光がハラハラと零れ落ちていく様が見てることから、随分と魔力を集中させているらしい。
あんな一撃を生身で受けようものなら、体が真っ二つにへし折れるだろう。
背筋に冷たい汗を感じながら、琉衣夜は全身へ意識を集中させる。
瞬間、彼の全身からも似たような淡い輝きが放たれた。
まだ動かしてもいないのに、自分の体が軋みにも似た悲鳴を上げているのを感じる。
だが、この程度は乗り越えて見せねば男が廃る。
内臓からこみ上げてくる違和感を必死に飲み込みながら、琉衣夜はまっすぐ突撃してくる静の攻撃を真正面から受け止めた。
振り上げられた静の拳が、琉衣夜のクロスした両腕へと突き刺さる。
琉衣夜よりも細いはずの白腕が、しかしその見た目からは全く予想の出来ない凄まじい威力を伴って直撃した。
互いの纏う魔力がスパークを起こし、襲いかかる衝撃で踏ん張った琉衣夜の足がズズ、とわずかに後方へとズレる。
だが、受け切った。
膨大な魔力を注ぎ込んだ。
全身は今にもぶっ倒れたいと言わんばかりに激痛のアラートを鳴らし続けている。
しかし、それでも真正面から静の一撃を受け止めた。
“黒”を、利用しない状態で、だ。
「ぬぅ……」
「実験、成功……っ!」
真正面から受け止めるとは予想していなかったらしき静の表情が揺らぐのに対し、琉衣夜の口元がニィと歪められる。
一つの到達点が見えた。
あとは、これをどこまで維持し続ける事が出来るかだ。
さあ、戦闘を続けよう。
試したい事はいくらでもあるのだから……!
クロスした両腕を弾き上げ、静の体勢を崩しにかかる。
ほんの僅かに硬直した刹那を見逃さず、琉衣夜は己の拳を握った。
瞬間、再び両者の力が激突した。




