第2章 昏きに潜む-1
「それで、仕事はしてるんだろうな」
「もちろん? むしろ、仕事をしてないと思われているのが悲しいなぁ」
「趣味を混同している故、致し方無し」
以前と同じファミレスに、ヴァーリとオイゲンは今日も訪れていた。
味を含めてそこそこのサービスに、そこそこのお値段。
仕事をまだ続けている身としては、報酬が入るまではその辺りも考慮しておく必要があるのだ。
眼前の女性としては、あまり気にすることでもないのかもしれないが。
じっとりと冷たい目線を向けられたオイゲンはしかし、飄々とした姿勢を崩すことなく眼前のミートドリアへと手を伸ばす。
冷めてしまっては美味しくなくなる。
良い仕事は、良い体調から。
良い体調は、良い食事と良い睡眠から。
そう考えてもしゃもしゃと頬張るものの、それを見た雇い主様は良いように思わなかったらしい。
ゴクリと頬張った食事を飲み込んで、どうしたんだと言わんばかりに首をかしげる。
「せっかくの美味しいご飯が冷めますよ?」
「……おい、ヴァーリ。本当にこいつは大丈夫なのか」
「憤りも当然、なれど実力は確か」
イライラした様子を隠しもしない女性は、赤ワインをグラスごと傾けて豪快に煽る。
周りの視線がギョッとしたようなそれに変わるが、女性はそれを気にすることなく店員呼び出しのボタンを鳴らす。
パタパタとやってきた店員にグラスを見せながら、同じものを注文したらしい。
飲み干す前と全く変わらない表情で、ギロリとこちらを見やる。
「相変わらず酒に強いねぇ。そんな飲み方をして、味は楽しめるのかい」
「極論を言うなら、補充さえできれば何の問題もない。薬の味が甘かろうが苦かろうが、効力に違いはないだろう。それと同じだ」
「随分な言い方だ、これでもそれなりのブツだとは思うけどね」
「むしろ用途を考えればそれなり以下のもので全く構わない。本当の酒飲みに失礼だろう」
そんなことを言いながら、店員が持ってきた赤ワインのグラスを受け取って即座に傾け始める。
しかしその目は酒気に惑うどころか、より鋭い気配を宿していた。
それを見て、ヴァーリがひっそりと囁く。
「神の血の補充。されど、目的によっては背信では」
「私の場合、信仰は手段であって目的ではない。私が目指す果てを敬虔な信徒に聞かせれば、火あぶりにされても文句は言えまいよ」
「目的のためには何を利用してでも、ってことかい。随分と物騒な考え方だね。嫌いではないけれど」
「別に嫌ってくれても構わんよ。好悪で判断すれば、間違いなく悪に類する思考だ」
「ま、それもそうですねぇ。僕は別に嫌いませんけど。むしろこの契約で恩恵を受ける側ですし」
そんなことを言いながら、オイゲンはさらに一口ミートドリアを頬張る。
口内に広がる旨味を存分に堪能してから嚥下し、「それで」と彼は口を開いた。
「仕事は一応していますよ。目は着実に増えている。何か妙な動きがあれば、すぐに引っかかる」
「数は」
「合わせて二百ほど。アクティブじゃないのを混ぜれば、その倍くらいかな。要注意対象の周辺に集中してばらまいているから、ノンアクティブもそれなりに、って感じ」
ただ、とそこでオイゲンは区切りを入れる。
続きを促すような女性の視線に内心で「やれやれ」とこぼしながら、彼は再び言葉を紡ぐ。
「今の監視体制は動物がメイン。基本的には生物の動きとしておかしくない範疇の行動が中心になるから、行動制限もそれなり。もちろん人間を狙うこともできるけれど、人間の場合は手間が増えるんでなるべくやりたくないなあ」
「今の監視体制に追加するとすれば、許容数は」
「出来たとして二、三名。万全を期すなら、一人にしておきたい。そのぐらい」
「……あまりおいそれと切れる札ではないな
「その通り。だからこそ、なるべくクリティカルな相手に仕込みたいんだよねぇ。ま、見込み通りなら大丈夫でしょう」
あとは接触してから、と区切りをつけて、オイゲンは再びミートドリアへ手を伸ばした。
また一口食べてから話し始めるのかと思えば、もう話すことはないと言わんばかりにモリモリと残りを食べ続けている。
どうやら、本人としては必要な説明を終えたと考えているらしい。
苛立ちのまま何かを言ってやろうかとも考えたが、この軽々とした男に何を言った所で今は変わらないだろう。
それなら、先ほどの本人の言葉通り実力で示してもらう他にない。
「わかった、これ以上は何も言わん。その代わり、成果で示せ」
「もちろん。これでもプロですから」
ニマニマと微笑みながら、オイゲンはそう答える。
これでもそれなり以上の実力者であることは理解できている。
そうでなければ彼女と引き合わせられることもないだろうからだ。
しかし、そうだとしても眼前でモリモリとミートドリアを頬張る男が本当にその実力を発揮してくれるのか。
そんなイライラを流し込むべく、彼女は再び赤ワインを喉へぶち込むのであった。
なお、あまりにも豪快な飲みっぷりに周囲の目を引いたことは、言うまでもない。




