第1章 這い寄る影は鼠のように-3
そして、時はあっさりと過ぎ去って放課後のこと。
琉衣夜、瑠奈、静の三名は歓談しながら帰路についていた。
本来であれば龍音もここについてくることが多いのだが、親からの勧めもあって塾に通い始めたらしい。
それもそれなりに厳しい塾というだけあって、放課後は随分と拘束されるようだ。
おかげで秋らしい涼やかな日々を送ることができている。
受験さまさま、受験万歳である。
「そんなこと言ってるの龍音に知られたら、また蹴られるよ?」
「ここにいる二人が言わなかったら、知れることはないさ」
「ふむ、どうしようかの……もしかすると口が滑ってしまうかもしれんな」
「そうか。そんな口には肉まんでも突っ込んでおくか」
「肉まんだけでは足りんの。ピザまんも追加でよこせ」
「ざっけんな、ピザまんは自分で買え。瑠奈は何か食べるか?」
「ん〜……一緒に見に行こ」
「おう」
「ちっ、仕方ない。私も一緒に行くかの」
そんな事を駄弁りながら、三人はコンビニへの道をふらふら歩いていく。
そういえば琉衣夜はともかく、瑠奈と静は受験をどうするのだろうか。
静の成績は良く知らないが、瑠奈は以前宿題がわからず苦戦していたような気もするが。
コンビニでそれぞれ思い思いの食べ物を購入し、涼やかな風が通り過ぎる中ハフハフと頬張りながら歩いていく。
あっという間に肉まんを食べ終えてしまった静がピザまんを取り出すのを横目に眺めつつ、「そういえば」と琉衣夜は切り出した。
「二人は卒業したらどうするんだ? 俺は一応、大学に通うつもりでいるけど」
『え』
「え」
はた、と両名の動きが止まる。
明らかにフリーズしたかのような挙動に、琉衣夜もつられて立ち止まった。
二人ともほんのわずかに顔を見合わせた後、同時にひょこりと首をかしげる。
「……卒業?」
「……どうする?」
「ちょっと待て、お前ら全く考えてねえのか」
予想外の反応に、琉衣夜が困惑した表情で問いかける。
すると、瑠奈は「だってぇ」と唇を尖らせた。
「……お金だったら、もう腐る程あるし」
「……まあ」
「実際、私も実家の資産と神器に対するお布施だけで割とどうにでもなるしの」
「お前らの場合、金稼ぎのためというよりは一般の生活に慣れるためにある程度普通の暮らしをしてみた方が良い気がしてきたな……」
よくよく考えてみれば、先日のイタリア訪問の際も瑠奈にとっては立派な仕事だ。
自分の体を研究材料として使用させる代わりにある程度の金額をもらっているおまけに、瑠奈自身が金銭に関わる欲をあまり持っていないが為にどっかしらに眠りっぱなしだろう。
静も似たようなものかもしれない。
親類と仲が悪いとはいえ、実質的な当主である以上ある程度の金額を動かすことはできるだろう。
であれば、金銭をどう稼ぐかというよりも、世間離れしてしまった価値観をある程度世間に近付けさせるための行程を重要視すべきかもしれない。
「そういえば奏絵先生が心配してたぞ。親と連絡もつかないし、進路についての話をどうすれば良いのかわからないってな」
「とは言うがの……正直、あやつらは私が行きたいと言った事にそもそも反対できんぞ? なにせ、こやつを操れるのは現状私だけ故、神器を持ち逃げでもされようものならあの家が丸ごと潰れかねんじゃろうしの」
じゃから、私がやりたい事をやればよかろう。
そう呟いて、静は袋からさらにフライドチキンを取り出して頬張る。
……凄まじい速度でコンビニフードを消費しているが、これも後ほどのトレーニングで消化すると考えればまだ足りないのだろう。
実際に体重は変わらないにも関わらずさらに研ぎ澄まされているのか、ぱっと見で筋肉が目立つようになっている。
言動こそ色々とあれな部分があるものの、この美貌はそれを補ってあまりあるほどの魅力だろう。
バトルジャンキー故に、異性に全く興味がないらしい部分が残念な所だ。
「やりたいこと、ねえ。……瑠奈は?」
「うーん……私は正直、琉衣夜と一緒に暮らすことができればそれで良いんだよね。それ以外に何がしたいかって聞かれると……うーん」
「んん……まあ、その辺は色々と調べながら興味があるものを探してみるしかないかもなあ」
魔導に関する知識が深いことや、天真爛漫なやり取りのせいで忘れがちだが、瑠奈の記憶はここ一年より前のものがほとんど残っていない。
現状は琉衣夜との間に紡がれた“破れぬ誓い”の効果もあって記憶の蓄積が許されているが、それはあくまでも最近の記憶が残っている事を証明するにすぎない。
その状態で自分の希望を確認するのは、確かに酷な部分があったかもしれない。
何せ自分のやりたい事を思い描かせる記憶がそもそも残っていないのだから。
であれば、対応策は興味を持てる何かに出会うまで、色々な事を経験させるしかない、だろうか。
……問題点は、何であっても琉衣夜が絡んでいないと本気でやろうとしない所だが。
「とりあえず、今度の休みにどっか出かけるかあ……。何か気になる所とかあるか?」
「んー……琉衣夜の行きたい所」
「はいはい、調べておくよ」
予想していた通りの返答にやれやれと首を振る琉衣夜。
ふと振り返るとわずかにジト目になった静が、こちらをひっそりと見つめていた。
「……なんだよ」
「べっつにー。何でもないぞ? 羨ましいとか全く思ってないぞ?」
「うぜぇ……」
真面目な話をしているつもりだったのに、この茶化されようである。
そもそも魔導師相手に真面目な進路指導をしようなんて考えたのが思い上がりだったのかもしれない。
前提になるはずの常識が違うのだから、一般人の思考の元で話をしても理解されないのは当然のことだ。
「……奏絵先生が泣きかねないから、面談はちゃんと受けてやれよ」
「言われんでもそうするさ。余計な詮索は入れられたくないしのぉ」
「私もちょっと考えるようにしておこうかな。……よくわかんないけど」
「頼んだ。お前の場合は特に、俺が詰められるから」
そんな事を話しているうちに、彼らのアパートへ辿り着く。
ちなみに、静は小さめのコンビニ袋いっぱいのコンビニフーズを購入していたはずだが、すでに全て胃の中へ消えてしまったらしい。
胃がもたれたりしないのだろうか。
琉衣夜もそれなりに揚げ物などを食べることはあるが、あれだけ脂っこいものをこれだけの短時間に食べようとは思わない。
これで夕食は減らすことなく大量に食べられるのだから、本当に恐ろしいものだ。
「静、今日はどうするんだ」
「ふむ、そうじゃの……。三十分ほど後にそちらへ行く事にしようかの」
「了解。それなら、また後でな」
自分たちの部屋に到着したところで、一応部屋は分かれているので静は自分の部屋へと戻っていく。
何かずっしりと重い何かを背負ったような気がする琉衣夜だが、ここでぐったりしていても何も好転しないし、何より瑠奈がこちらを見ながら待っている。
疲労の溜息を吐き出したい感情を押さえ込んで、琉衣夜はポケットから取り出した鍵で扉を開けた。
ぐったりと倒れこみたい衝動を感じながら、しかし椅子に座り込むだけでどうにか留める。
それを見た瑠奈が何ともいえない表情でこちらを見つめていた。
「……どうかしたか?」
「……ううん、色々と気にしてあげてるんだなって」
「気にしてるって、静のことか? そんなに大したことはしてないと思うけどな」
「んー、それはそうなんだけど……いいや、なんでもなーい」
何かを考え込むように一瞬どこかを見つめていた瑠奈だが、振り払うように笑顔を浮かべてこちらへと歩み寄ってきた。
ニコニコと微笑む瑠奈は琉衣夜が力なく寄りかかる椅子の近くに自分用の椅子を寄せ、まるで猫が甘える時のようにその身を寄せてくる。
「どうした?」
「近くにいたいだけだよ? 疲れてるんでしょ、少し休んでいいよ。起こしてあげるから」
「んん……そうだな、頼んだ」
くぁ、と小さなあくびをこぼす琉衣夜。
それを見て微笑しながら優しく頭を撫でる瑠奈。
柔らかく触れられるその感触に琉衣夜の意識がとろりと溶け始め、数分と経たないうちにその目が閉じられた。
すうすう、と規則正しく上下する胸元をつつ、と指先でなぞりながら、瑠奈は自分にすら聞こえないほどの声で呟く。
「龍音にも、静にも優しいんだから」
小さくか細い声で囁かれたその言葉は、発したはずの本人にさえ届かない。
けれど、少女は気づいているのだろうか。
寝息を立てる少年を見つめる自分の口元が、ツンととがっている事に。
幸いな事に、今この場を遮る者は誰もいない。
誰にも邪魔されない自分だけの時間をゆったりと楽しみながら、自分だけのものにならない少年を今だけは独占するのであった。




