第1章 這い寄る影は鼠のように-2
あちらこちらを飛び回っている琉衣夜はあまり意識していないことだが、高校生だけで海外旅行をするという事態は非常に珍しい。
そして、彼らは魔導師であるということは隠してこそいるものの、それ以外の内容については隠す気など毛頭ない。
なので、そもそも交友関係を意図的に閉ざした琉衣夜はさておき、瑠奈については一部の友人はイタリアへ旅行をしていたことは知っている。
そして、高校生にしては非常に珍しい同棲の男女(というには一名余計なのが付いている気もするが)だけで旅行に出たとあれば、噂話のネタにされるのは明白な訳で。
そんなあまりにも簡単で強大すぎる理由のせいで、彼らの周りは朝から随分と騒がしい状態になっていた。
唯一幸いだったことは、早めに登校しすることで奏絵先生にお土産を渡すと同時に、何もなかったことを刷り込むことに成功したことだろう。
実際に疑われるようなことは何もしていないし、瑠奈が気を回して撮影していた写真も思った方向に話を転がすのに十分と寄与していた。
何よりも非常に不本意なことながら静が同行しており、かつ瑠奈と静が基本的にずっと同室であったことを示す写真を大量に撮っていたことが決め手となった。
加えてこれも非常に不本意なことながら、琉衣夜と司が傍目からは仲睦まじく(実際には互いに青筋さえ浮かべながら)写真を撮っていたことも、これをさらに加速させていた。
そんなこんなで、琉衣夜は騒がしさこそあれど想像よりも落ち着いた新学期を迎えていた。
「最近の琉衣夜君は良い傾向なのです。積極的に外に出るようにもなりましたし、転校生や旅行先で出会った人とも仲良くできてますしね〜。まさか琉衣夜君からこんなに美味しいチョコをいただくとは思いませんでしたよ?」
「はは……それなりに悩んで選んだんで、気に入ってもらえたなら何よりです」
コーヒーの香りを漂わせながら、「美味しいです〜」とお土産のチョコレートをパクつく奏絵先生は正直普段にも増して女児にしか見えないが、せっかく機嫌が良くなっているので余計なことは言わないよう誠心誠意努力する。
いつも苦労をさせてしまっているので、龍音に渡すものよりも苦心して選んだのは事実だ。
プレゼントの経験が少ないのは元より、教師に贈り物をするなんて経験はこれが初めてなのも相まって、余計に悩んだような気がする。
「そういえば、琉衣夜君。静さんはもう学校に馴染めたみたいですか?」
「交友関係は俺だけじゃないので全部は知りませんが……まあ、馴染んだんじゃないですかね」
「そうですか。琉衣夜君と瑠奈ちゃんが初めから随分とお世話してくれてたみたいなので、先生は感心してたのですよ」
もう一つ食べようか、でもすぐに食べると勿体無いな。
そんな感情が見て取れる挙動をしながら、奏絵先生はこちらへ微笑む。
瑠奈と龍音がそれなりに気を配っているようだし、放課後はなんのかんの言いながらトレーニングに誘われては殴り殴られの日々だ。
馴染んだかどうかはさておき、充実はしているのじゃないかと思う。
充実していないのであれば、瑠奈はともかく琉衣夜からは離れてしまえば良い訳だし。
「あいつ自身、俺と違って交流するタイプでしょうしね。あんまり気にしてませんよ」
「それなら良いのです。……あー、でも一つ気になることがありまして」
「何かありました? 成績が悪いとか?」
「いえいえ、琉衣夜君には届きませんが静ちゃんも成績は良好ですよ。そうじゃなくて、ご家族の方とお話しできないのが気になりまして……何か知ってたりしますか?」
「……あー」
正確にいうと、知らない訳ではない。
訳ではないが……正直にいうのは非常に憚られる。
そもそもからしてあの家庭は非常に複雑だ。
神器に魅入られた親族と、神器に見初められた静。
神器を崇め奉り、神器を中心として形成されているあの家族は、現代においては非常に歪に映る。
神器に見初められた器として静を大事にはするだろうが、それは裏を返せば神器の器としてしか静を見ていないこともまた確かなのだ。
という話を、この目の前の先生にしたところで、理解をしてもらえるとは思えない。
奏絵先生はあくまでも普通の世界の人間だ。
普通の世界の相談をすることはできても、魔導師が闊歩する世界の話を相談する訳にはいかない。
というか、相談したところでまともに受け取ってもらえるとは思えない。
少し遅めの中二病患者として処理されるのがオチだろう。
「いや、あんまり聞いたことないんでわからないですね。別居だってことだけは聞いてますけど」
「そうでしたか〜。まあ、複雑なご家庭であればわざわざ友人にはお話しないでしょうしね」
「そうですね。俺から聞くのもアレなんで、もし心配なら直接質問してもらった方がいいかな、なんて」
「それもそうですね。ごめんなさいね、変なことを聞いてしまって」
「いえいえ。ああ、そういえば大学の件なんですが……」
そう言って、琉衣夜は話をそらしにかかる。
とはいえもう高二の秋だ。
気にしているやつはとっくに受験に向けた学習を始めているし、琉衣夜も学年ではトップクラスの成績保持者。
その他の学生と違って両親や親族の助けを得られないという環境も考えれば、早めに相談をしたいと考えるのは別段おかしいことでもないだろう。
その証拠に奏絵先生も「そうでしたね」とほんわりした雰囲気を切り替えて、教育者の表情に変わっていた。
「琉衣夜君の成績であればある程度の大学は目指せると思いますよ。もちろん、ここから油断なく学習を継続することが前提ではありますけれど」
「そうですね。まだしっかりと決めた訳ではないですけど、次の模試の結果を見ながら固めたいと思っています」
「とはいえ琉衣夜君の家庭事情ですと、浪人も難しいでしょうし〜。親戚の方は、相変わらずなのですよね?」
「連絡を取ってないのでわかりませんが……まあ、相変わらずでしょうね」
「であれば無難なルートを一つ、本命のルートを一つ考えておくくらいが良いでしょうか。もちろん琉衣夜君が行きたい道を選べるのが最上ですが……」
「中々そうもいかないでしょうしね」
申し訳なさそうに眉を顰める奏絵先生に対して、琉衣夜は苦笑しながら肯定する。
何も申し訳なさそうにしてもらう必要はない。
親の援助もない学生が希望する進路を必ずしも選べないのは、もう既に理解している。
彼の場合、それに加えて親戚の助けを借りることもできないのだからなおさらだろう。
……まあ、実際は“罪咎の巣”からの報酬があるので、学費どころか浪人した所で特に問題は起こらないのだが。
しかし何もわざわざ浪人する必要はないだろう。
その後も琉衣夜と奏絵先生の面談は続き、気付けば昼休みが終わる直前まで話し込んでしまっていた。
お土産だけ渡してすぐに戻るつもりだったので予定が狂ったといえば狂ってしまったが、意欲というものは見せられる時に見せておくべきものだ。
内申点が微増されることを祈るとしよう。




