第4章 乗り越える者-10
轟音と爆風が全てを引き裂いた後、人造天使はもはやその形を留めていなかった。
銀色の何かで形作られていたその形代はほとんどが崩壊し、胸の辺りからだらりと垂れた細い手が琉衣夜の視界に映る。
「……ッ!!」
それを見た途端、ヴェインはさらに体を加速させてその手の元へと駆け寄っていく。
まだ魔力を感じる。
であれば、まだ引きずり出せるはずだ。
「……おいッ、聞こえるかッ!?」
形代が崩壊しかけていると言えど、まだ人の全身がそのまま外へ飛び出すほどの壊れ方ではない。
すでに人造天使の纏う魔力が消失している以上、あまり無理矢理に外殻を引っぺがそうとすれば中身を傷つけかねない。
ヴェインはギリ、と歯噛みしながら中の人物を傷付けないよう外殻を少しずつ少しずつ引き剥がしていく。
それを横目で見やりながら、しかし琉衣夜は別の方向へと動いていた。
「よお。随分ゆったりとした逃げ足だな」
「…………」
どこかへ歩き去ろうとしていたミランに対して、そう笑いかける。
それに対し、ミランは沈黙のままこちらをギョロリと睨めつけた。
「出力自体は確かに眼を見張るものがあったが、それだけだ。使い手がこの程度なら、先もしれてるわな」
「……ふむ。確かに、今回の戦闘を経て随分と学ばせてもらいましたよ。これは次回の素体作りに役立ちそうです」
「おいおい、次があると思ってるのかよ」
呆れたようにそう言って、次の瞬間琉衣夜は走り出した。
その右手に宿されるは、漆黒の“黒”。
ただの魔導師相手には過ぎた武器を振りかぶり、彼は容赦無く眼前の敵へと振り下ろした。
だが、その拳は空を切る。
「……チッ。おいおい、逃げ道の用意だけは周到だな」
忽然と敵の姿は消えていた。
魔力反応自体も喪失していることから、おそらくこの場自体から転移なり何なりで移動してしまったのだろう。
霊脈を中心とした術式に、そんな魔導でも埋め込まれていたのだろうか。
『はは、万一の仕込みはしておくものですねぇ。またどこかでお会いしましょう、琉衣夜くん』
「ざっけんなよ、置き土産だけ残していきやがって」
どこからともなく聞こえてきた音を頼りに“黒”を走らせるも、そこにあったのはただの魔導を記されただけの札が一枚だけ。
ミランの反応そのものは、すでにこの場から完全に消え去っていた。
「……ちっ。仕方ない、こっちはこっちで色々と回収しにいくか」
深々とため息をつき、琉衣夜はちらりとヴェインの方へと視線を向ける。
ちょうど天使の外殻を壊しきり、素体として使われていた中身-少女を救い出したところだった。
その後ろ姿から察するに、随分と顔も知らない隣人に入れ込んでいたのだろう。
それに魔力の反応からして、まだ生きている。
であれば、こちらが割って入るのは野暮ってものだ。
それに、こっちはこっちで大事な要件がある。
「よう、瑠奈。少しは回復したかい」
「少しはね。さっきので、だいぶ安定したし」
えへへ、と微笑むもその笑顔は随分と弱々しい。
先ほどの様子を見るに、大分ボロボロになっていただろうからそれも当然だろう。
「とりあえず全部終わったらしいから、部屋にでも戻って少し休もう。あの金髪メガネのことは司にでも報告しておけば、後はどうにでもしてくれるだろ」
「便利に使い過ぎじゃない?」
「むしろこんな所に放り込んだことに、文句の一つや二つは言ってやらないと気が済まねえよ」
ぺたりと座り込んだままの瑠奈に肩を貸し、戦闘の余波で壊れかけた扉を開いて廊下へと出ていく。
「静も回収しないといけないしな。やらないといけないことは山積みだ」
「……それに、あいつが残した研究も一通り確認しておかないといけないね」
「だな。……実験自体はこれで終わりだろうから、確認できるのは研究データくらいだろうが」
残りの滞在期間は数日程度だろうか。
その間にこの研究所を洗いざらいひっくり返さないといけないと考えると、途端に疲労感が湧き上がってくる。
瑠奈を休ませられる場所に寝かせたら、さっさと応援を呼ぶことにしよう。
その上で、あのくそメガネが調べたらしいあれこれを引っ張り出すこととしよう。
げんなりするものの、やらないといけないことは山積している。
その事実を受け止め、琉衣夜は深々とため息をついた。
「……やっぱ遠出なんてするもんじゃねえな」




