第4章 乗り越える者-9
「悪いが、もう終わったも同然なんだよ」
そう囁くと同時、琉衣夜の仕込んだ式が起動する。
と言っても、この短時間で生み出せる式など大した情報量を含ませることはできない。
術式をこねくり回すことには慣れきっているミランは、琉衣夜に対しても冷ややかな笑みを向けていた。
「終わった? 何をおっしゃっているのやら。確かにこちらの攻撃は当たっていませんが、リソースの量に絶望的な差があるのは明白でしょう。極端な話、こちらはあなた方が倒れ伏すまで全方位攻撃を継続すれば良いのですから」
「その全方位攻撃にも隙間がある時点で、色々とご察しなんだが……ま、リソースの差があるのは認めるよ」
だがな。
そう、一呼吸置いて琉衣夜はにたりと獣じみた微笑を浮かべる。
犬歯がぎらりと輝くその笑みに、ミランは言いようのない悪寒を背筋に感じていた。
「そのリソース差が全部ひっくり返されたとしたら、この場における主導権は完全に逆転するよなぁ?」
言葉と同時。
起動した式が展開を完了し、その身に宿された意味を発現させる。
確かに、琉衣夜が組み上げた術式はこの人造天使を動かしているそれや、先ほどいじってみせた結界魔導に比べれば、比較に値しないほどの弱小魔導だ。
だが、忘れるな。
琉衣夜はそもそも魔導の大小や魔力の多寡で戦っていない。
相手に優位性があるのであれば、徹底的にそれを削いでやればいい。
相手が誇る何かを持っているのであれば、それを丸々奪い取ってやれば戦況は一変する。
そして、琉衣夜はそれを躊躇なく実行する。
この場には先ほど無力化した防御結界の魔力が未だに巡回している。
琉衣夜が先ほど使った方法は術式を空転させることで、魔力が意味のある動きをなさないようにしただけ。
魔力そのものは、この場を未だに流れ続けている。
そして、眼前の天使を律する魔導式も、未だプロテクトされることなくいじり放題だ。
であれば、その全てを自らの有利に運ぶように書き換える。
この場を流れる霊脈も、人造天使を御するための術式も、何もかもを全て琉衣夜の魔力へと染め上げる。
霊脈は、あっさりと彼の元へ跪いた。
そして、人造天使を操る術式は全てを覆すことできなかったものの、その行動を妨害することはできただろう。
……実際、こちらを迎撃しようとしていたはずの人造天使は、ギギガガと体を軋ませるような音を出しながら、されど動くことを許さない。
「……そういう訳だ。あとは、そっちに任せるわ」
「そっち、だと……!?」
ハッ、と気付いたその時には、もはや遅い。
この場に存在するほとんどの魔力を根こそぎ吸い上げた琉衣夜が、その全てを天使級の戦力に注ぎ込んだとしたら。
それは、まず間違いなくこの場における最大戦力へと変貌する。
そして、注ぎ込まれた魔力は、ヴェインの元で束ねられ、磨き上げられ、ただ一振りの無双へと練り上げられた。
その握り締められた右腕からは、琉衣夜がこれまで見た中でも一二を争うほどの威圧が放たれていた。
「……返してもらうぞ、全部まとめて。テメェのくそウゼェ計画もこれで終わりだ」
小さく呟いたその瞬間、雷の如き閃光が場を引き裂き。
刹那、豪雷かと思うほどの爆音と爆風が、戦場を蹂躙した。




