第4章 乗り越える者-4
人造の天使と、天然の天使。
広いとはいえ室内でありながら、世界のバランスを崩壊させるに足る二者はその力を加減することなく振るっていた。
初めは瑠奈とて琉衣夜や静のことを考えて力を出し渋っていた。
これまで出された研究相手が、多少力を放出すれば叩き潰せる程度の相手だったことも一因である。
だが、その思考はすぐに撤回されることとなる。
解き放たれた人造天使の出力は、それほどまでに人知を逸していた。
「ちっ、琉衣夜でもここまでしつこくないよ……!」
舌打ちを一つこぼしながら、瑠奈は右手を振るい魔力を放出する。
速攻で生み出されるのは天使の魔力で満たされた光。
それが彼女の前に数えて六つ展開され、同時に解き放たれた。
だが、それだけでは足りない。
スウ、と一息吸い込み意識をわずかに集中させる。
刹那、その背から純白の翼が一対現出した。
ふわりと広げられた一対の翼が羽ばたくと共に数多の光の羽が溢れ、一斉に敵へと向かって進撃を開始する。
だが、それだけでは足りない。
天へ祈りを捧げるように両手を胸の前で合わせる。
瞬間、合わせた手の中で織り上げられた術式が広がり、天使の力を混ぜ込まれた術式が起動した。
瞬きする間もなく魔導は発現し、まるで淡雪のような輝きがふわりふわりと天から降り注ぐ。
だが、それだけでは足りない。
天使とは、人の域を超えて力を振るいたる者。
展開した三つの攻撃全てが一つの都市を滅ぼし得る破壊力を持つにも関わらず、人の手によって生み出されたソレはあっさりと人が到達した限界値を突破する。
その天使は言葉すら発しない。
ただ眼前に迫り来る攻撃を一瞥し、対処を開始する。
何でできているかもわからない銀翼が振るわれる。
ただその一振りで天より降り注ぐ淡雪が消し飛ばされた。
その翼に込められた魔力の余波で、さらに放たれた羽の一部が消失、あるいはその方向をそらされてしまう。
さらに、その翼が大きく振り回されることで、瑠奈の放った六つの光があっさりと消し飛ばされてしまった。
無論、瑠奈とて本気の一撃ではない。
今までの攻撃は牽制としての意味が強く、とにかく手数を増やすことで敵の動きを制限することが目的だ。
それでも、あっさりと薙ぎ払われて当然の攻撃でもない。
琉衣夜でさえ一撃一撃を処理するには時間がかかる。
彼の場合はその魔力を吸収することで対処してくるだろうが、しかしだからと言ってノータイムで反撃できるほどの能力はない。
にも関わらず、目前の人造天使はあっさりとそれを成してみせる。
しかも、その動きに何かしらの無理をしている仕草はない。
魔力の動きは順調そのもので、何かしら場に強大な干渉をしている素ぶりもない。
この場に通っている霊脈から魔力を組み上げているらしき流れは見えるが、それも許容範囲だ。
決して望外な魔力量を外部から供給されているわけではない。
(それに、何か引っかかる……)
瑠奈は距離を取るように動きながら、冷静に思考を進めていた。
この状況において、少しでも冷静さを失えば即敗北につながる。
そんなことを許す瑠奈ではない。
(あの形代、中に何か入ってる……!)
素体を組み込んだ形代、とミランは言っていた。
つまり、もともと何かしらを組み込むことを想定して、あの銀の体は作り出されているはず。
天使の形を模しているのは、ただの神話狂いではない。
それが必要だからこそ天使を形作り、なんらかの意味があるからこそあの形が作り出されているのだ。
本来ならば意味を持たないものに意味を持たせ、力なきモノに力を与えることこそが魔導の本来のあり方なのだから。
であればあの形代にも意味があり、そもそもとして形代と呼んでいることにさえも意味があるはずだ。
形代とは何かを宿すために作り出されたもの。
そして、わざわざその役割を強調しているのであれば、中に宿しているものはそれ以上に強い何かがあるはずで。
(でも、これだけのやり取りを可能とする何かなんて、同じ天使しか……)
「そう、天使しかありえないでしょう。なにせ、人は天使に勝てないと明言されているのですから」
やっとそこまで思考が至ったか、とでも言いたげに研究者は呟く。
認めたくはないが、瑠奈とてそれを否定することはもはや不可能だった。
天使は、人間に勝る。
これは少なくとも純然たる事実だ。
天使は言葉の通り天の使い。
神と人をつなぐメッセンジャーであり、そして神の命ずるままに人を導く教導者でもあり、更に言えば神の命令のままに人へ罰を与える存在でもある。
そして、人が天罰を受けて無事でいられた試しはない。
天罰を回避することはできても、天罰を乗り越えることはない。
そう理づけられているが故に、人は天使より強者たりえない。
そして、瑠奈は曲がりなりにも大天使の一角を宿す者だ。
その力の全てを扱うことはできずとも、その一端を操ることを許された人間だ。
その瑠奈に対抗し得るのは、同じ天使以外にありえない。
天使を殺すのは、特殊な状況を除けば同じ天使のみ。
単純な道理だ。
しかし、単純すぎるが故にありえない道理だ。
“罪咎の巣”が瑠奈を全力で手元に残したがる理由はただ一つ。
瑠奈の存在が、それほどまでに貴重であり、それほどまでに強力であるからだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
そして、そんなものを人の手で生み出し得るとしたら。
「……随分と、大きく出たわね。神にでもなるつもりなの?」
「そんな座に興味は毛頭ありませんが……そうですねぇ、天使を生み出し操るものをそう呼ぶのであれば、我々はその末席に手を伸ばしつつあるのかもしれません」
「一研究者ごときが、随分大きな口を叩くものね!」
そう高らかに吼え、瑠奈は高々と手を掲げる。
呼応するように空を模した天井は渦を巻き、その中心から蒼天の矛先が顔をのぞかせた。
彼女の咆哮に呼応するように矛は物々しい輝きを放ちながら、主人の敵を討つべく解き放たれる。
「では、こちらも慎んでこう返答しましょう」
しかし、それをしてなお、ミランの表情を崩すには至らない。
逆に、その口元には挑戦的な笑みすら浮かべられていた。
「いつまで天に在るのは己のみと驕っていられるか、しっかりと見届けさせてもらいますよ」
使い手の宣言に応えるように、天使の口元がガパリと開き高らかに吠え立てる。
そして、瑠奈の放つ力とミランの操る天使が、正面から激突した。




