第4章 乗り越える者-3
「……随分と信頼されているんですね」
「そりゃあの。互いに死ぬほど殴り合った仲故、この程度はどうとでもなるわな」
「うらやましい限りです」
シュラリと自らの刀を振り払い、自らの体の調子を確認しながら彼女はにんまりと微笑む。
神刀は使い手の笑みに呼応するようにその刀身から輝きを放ち、その胸元に鎮座する勾玉もここぞとばかりに真紅の光を放出していた。
久々の出番に、どうやら両者ともに奮い立っているらしい。
眼前の敵を前にして神器達が興奮する辺り、どうやら最低限の実力は兼ね備えているらしい。
いつぞやの天使破りができなかった分を、ここで取り戻すことができそうだ。
「ま、私としてもおんしのような強敵と切り結べる機会を逃すわけにはいかんでの。付き合ってもらうぞ」
「……ちょくちょく思ってはいたんですが意外と好戦的ですよね、あなたも」
「そもそも魔導師になった理由が理由じゃからの。もともと戦いたくてなったようなもんじゃ」
半眼でこちらを見据えるロレンツォに、やはり静の調子は変わらない。
何をいっているのやら、とでも言うように、唇の端に浮かべた笑みで切り捨てて、少女は戦いの態勢を整える。
それに呼応するように、ロレンツォもまた銀色の杖を構えた。
銀色の杖は魔力の光を宿し、純白の輝きを放つ。
それをもって、互いの準備は整った。
今屋上に彼ら以外の立つ姿はない。
その場に、二人の戦いを妨害するのは何もない。
刹那、両者の距離がゼロになる。
瞬間、屋上を激突の衝撃が駆け抜けた。
ギチギチと金属の軋む音と共に、互いに自らの有利を勝ち取らんと両者が鍔ぜり合う。
静とてただの少女ではない。
その肉体は同年代の少女としてはありえないほど鍛え込まれているし、その体力は琉衣夜をも凌ぐ。
魔力を注ぎ込めば、“黒”を纏う琉衣夜をさえ叩きのめす。
されど、この場においてその膂力は絶対足りえないらしい。
「ふぅうううううっ……! やはりおんし、ただ者ではないの」
「それはこちらのセリフですよ。随分とお強いことで」
言葉を交わし、視線を交える。
互いに相手に対する遠慮など存在しない。
静は琉衣夜や瑠奈と合流するために、眼前の敵を打ち倒すべく己のギアをさらに加速させる。
刹那、両者の間で力が交錯する。
圧縮された魔力が炸裂し、輝きを放つ燐光がその爆風を掻き散らす。
魔力を伴う風さえも術式に組み込んで加速された銀刀が振るわれるも、地脈から汲み上げた力の込められた杖がそれを阻む。
刀身を滑らせて懐へ飛び込み蹴りを放つも、いつの間にか散らされた純白の光がそれを防いだ。
と思えば次の瞬間には彼女の足を止めた光が爆発し、その勢いで両者の距離が一時的に離れる。
されど、屋上程度の空間などこの二人にとっては射程範囲に収まりきってしまう。
一呼吸置く間すら与えず静は腰ほどの高さしかない手すりを蹴って、再度互いの距離を殺すべく前に出る。
対するロレンツォもスッと構え直し、突撃してくる少女を真正面から迎え撃つ。
瞬間、ガギィ!! という金属が激突する音が響き渡った。
横薙ぎに払われた神刀を、ロレンツォが握る杖が真っ向から打ち払った音だ。
静とて刀を真正面から叩きつけるつもりはなく、またロレンツォもそれをまっすぐ受け止めるつもりはなかったのだろう。
だが、互いにフェイントも交えながら仕掛けた結果、真正面からの激突になっただけの話。
秒にも満たない均衡の果て、互いの得物が弾かれ瞬きするほどの間だけ、両者の間に空白が生まれる。
だが、次の瞬間二人の力が再度衝突した。
お互いに自らの思惑を通すべく、されど相手の動きから次の戦局を互いに読み合いながら次の一手、次の一手と手を進めていく。
しかし、思考のみに没頭すれば次の瞬間、彼らの体は血まみれの肉塊と成り果てるだろう。
思考を進めながら状況を確認し、敵の動きを読み解きながらそれに対する対応策のために体を動かす。
その応酬は一秒経つ間に数度行われ、しかも両者が交錯するごとに状況はさらに変化していく。
音すら一拍置いて響き渡るほどの戦闘を繰り広げながら、十数手先の展開を探り合う。
何十何百と広がるパターンから相手の行動を絞り込みつつ、ミリ単位で動きが狂えば肉塊へ成り果てる激闘を継続する。
常人には見ることも、その場に立つことさえも許されない領域。
にも関わらず、静は余裕の微笑みを浮かべていた。
それに対してロレンツォは冷静な表情を崩さぬままだった。
両者にとっては、まだ全力全霊足り得ぬ状況。
互いに互いを探り合い、自らの切り札を切るべき場面を探っている状態。
「おんし、ただの研究員だと思うていたが、随分と戦い慣れておるの」
「これでもそれなりに経験を積んでいますから。これまで出会った魔導師の方々全てが友好的だったわけでもないので」
「はは、その辺りの話も聞いておけばよかったの。随分と楽しそうな話もあったじゃろうに」
「普段からあんな戦闘訓練を積んでるあなた方に話せるほどの内容はありませんよ」
「そんなものかの。……そんなものかも知れんの」
実際、琉衣夜と会うまでは大した出会いもなかったしの。
そんなことを考えながら、静はロレンツォが放つ一撃を往なす。
「まあ、そこまで長く戦うつもりもないのでな。そろそろ、決めにかからせてもらうぞ」
「出来るものなら。こちらも特にダラダラと戦うつもりはありませんから」
「さよか。では、参ろうか」
シャラリと神刀を走らせ、横薙ぎに払う。
胴の辺りを振り払う一撃をロレンツォは後方へ下がることで回避するも、攻撃の軌跡から生み出された魔力の斬撃が追撃にかかる。
舌打ちを一つこぼしながら、ロレンツォはさらに後方へ下がりながら杖に魔力を集中し、斬撃を真正面から受け止めた。
同時に左手を振るい、純白の燐光をばらまくことで牽制するも、静も同様に後方へ下がっていたことから不発に終わる。
静の目的はただ一つ。
距離を開き、集中する時間を生み出すこと。
「神刀よ、我が一族と共にありし叢雲の剣よ。今一度、御身の力を我に与え給え」
するりと神刀に指を走らせ、天に祈りを捧げるように構える。
瞬間、神刀は眩いばかりの青白い輝きを放った。
「御身は我が身に宿る血と共に有り、我が身は御身と共に在り。共に歩みし日々は全て我が血に刻まれ、共に躍りし時は御身に刻まれたり」
詠唱が進むほどに、神刀から放たれる輝きと魔力は勢いを増す。
少女と神器が放つ圧倒的な神威を前に、ロレンツォは一瞬どう動くべきか判断に迷っていた。
その時間が、静にとって絶対の優位をもたらす。
「今我が身にかの焦原の如し危機訪れり。神剣よ、我が血と共に歩みし同胞よ。御身に秘められたる力を授け給え。願わくはこの危機を乗り越えんが為に」
小さく息を吸い、静は敵を見据える。
刹那、彼女の切り札が静に起動した。
「人武共生」
瞬間、神刀から放たれる神威と輝きは頂点に達し、屋上を余すことなく赫奕と照らす。
光は少しずつ弱くなっていき、ロレンツォの視界が戻った時に静の準備も完了していた。
「さて、では行くぞ?」
静謐を引き裂く一言。
刹那、肉を切り裂き血の溢れる音が、辺りに響き渡った。




