第4章 乗り越える者-2
そして、時は少年たちの元へと舞い戻る。
「あれは……」
「なンだァ、あの紫の領域は」
二人が研究所へ向かっている途中、研究所の屋上から紫紺の闘気が舞い上がる。
ヴェインは首を傾げているが、琉衣夜はその光景に見覚えがある。
静の展開している領域だろう。
と言うことは、必ずあいつがあそこにいる。
「合流するか。情報の確認もしておきたいしな」
「……チッ。仕方ねェか」
文句ないよな、と言わんばかりに視線を向けると、ヴェインは舌打ちをしながらも同意を示す。
なお、下手な抵抗を示すようであれば、“黒”に物を言わす予定であったので、手間が減ったことを素直に喜ぶべきだろう。
「中から回るのは面倒だな……跳ぶか」
「面倒くせェな……」
なんのかんのぶつくさ言いながら、ヴェインはほのかに輝く力を宿してとんと空へと飛翔する。
最初に出会った時に比べて随分と力の制御もできるようになったらしい。
経験を積めば強くなるだろうと予想はしていたが、ここまでとは思ってもいなかった。
出来るなら全力の状態で戦ってみたいものだが、今はそんなことを考えている場合でもないだろう。
内から湧き上がる欲求を抑えつつ、琉衣夜も“黒”を足に纏わせて一気に跳躍する。
流石に垂直跳躍で屋上までは届かない。
適当なところに足をかけて再度跳躍することで、ヴェインに一拍遅れて琉衣夜も屋上に到着した。
「うん? おう、おんしも戻ってきたのか。そっちは終わったかの?」
「ああ、まあ首輪もかけたことだし大丈夫だろ。そっちは?」
「拮抗はしておるが、それ以上がどうしようもなくての。どうにかしようにも手札が足らん。なんぞ解決策はあるかの?」
「ふむ……」
詳しく事情を確認し、琉衣夜は腕組みをしながら思考を巡らせる。
とはいえ、打つことができる手段もそこまで多くはない。
「敵を崩すだけなら“黒”でいいんだが、そこで時間を潰されるのはこっちとしても得策じゃないな。ロレンツォの相手はできそうか?」
「単機ならどうにでもなるじゃろ。あやつは自分の意思を持って行動してるようじゃしな」
「なら、それ以外の奴らを俺が、ロレンツォを静が対応でいいだろ。……お前は俺と一緒な」
「るッせェな、言われなくてもわかッてるッつの」
「んじゃ、そうするか。静、解いていいぞ」
「うむ、了解した」
こくりとうなずいて、静は紫紺の領域を解除する。
途端、ゾンビのような唸り声を上げながら、扉から研究員達が溢れ出す。
その後ろからコツコツと靴音を立てて、ロレンツォが屋上へと姿を現した。
「合流したんですね。リソースが尽きたと思いましたが」
「流石にこの程度でバテるほどヤワな鍛え方はしとらんよ。こっちもこっちでやりようってものがあるのでな」
「で、どうされるんです? 人数が増えたところで、絶対数ではこちらの方が優っているわけですが」
「おいおい、ロレンツォ。俺達がただの魔導師じゃないってのは、わかってるはずだろ?」
ニヤリと笑い、琉衣夜はトントンと床を靴底で叩く。
瞬間、彼の足元からどろりとした漆黒の波動が広がり、屋上に立つ全ての人間の足元を捉える。
「……食い潰せ、“黒”」
命令と共に、生命に群がる嘆きの亡者共が敵対者へと襲い掛かった。
地より這い出た負の想念は琉衣夜が指定した敵を喰い殺すべく、その身を黒腕と成して掴みかかっていく。
ロレンツォはその全身から魔力とも闘志ともつかないオーラを放って妨害するも、それ以外の研究員はすぐさま体のどこかしらを掴まれ、そのまま全身を漆黒の粒子が侵食していく。
その後は、考えるまでもなく明快な結論が待っていた。
あっさりと全身から侵入した“黒”に生命力と魔力を貪られ、その全てを奪われた上でその場に倒れ伏す。
無論、彼らを操ろうとしているらしき何かがそうはさせじと力を供給しようとするも、多人数を一気に食い潰す“黒”に対抗できるほどの供給源ではないらしい。
一分とかからぬ内にその場に立つ者達が次から次へと倒れていく。
その光景を見てヴェインは小さな舌打ちをかまし、静は当然といった表情で一息ついている。
相対するロレンツォは、ため息を一つついていた。
「なるほど、自信満々でお越しになられるだけありますね」
「そういう訳だ。最低限、これを耐えてくれる奴じゃないと相手にならないんだよ」
「そちらの素体が仲良くしているのはどうしてかと思いましたが……随分ぼろぼろにされたんだろうな、と」
「るッせェ、テメェにャ関係ねェだろォが」
苦笑気味に囁かれた一言に、ヴェインは苛立ち交じりに答えた。
実際本当のことなのだから反論のしようもない。
とはいえ話が進まないので琉衣夜が間に割り込んで話を切り出す。
「そういう訳だ。流石に今のお前はこの程度の“黒”では倒せないだろうが、お前は俺が相手しなくても大丈夫そうだしな」
「へえ、では私の相手は誰が?」
「私じゃよ。それ以外にあるとでも思うたか?」
クスクスと微笑みながら、静は一歩前に出る。
その手には、いつの間に呼び出したのか彼女の愛刀が握られていた。
しゃらりと抜き放たれた神刀からは淡い光が放たれ、戦闘の時を今か今かと待ちわびているような気配さえ見せている。
「ここの相手は頼んだ。俺はひとまず瑠奈と合流してくる」
「任された。終わったら合流するからの」
「おう、了解」
ひらひらと手を振り、琉衣夜は屋上の縁へ足をかける。
建物の中を駆け抜けることも考えたが、そんなことより外から内側へ回った方が早いだろう。
「んじゃ、また後で」
「うむ、後での」
言葉少なに、二人は別れる。
互いの役割を既に理解しているが故に、お互いにかける言葉は要らず。
故にこそ、両者は戦場で再び分かれ、それぞれの戦場へと駆け出した。




