第3章 立ち塞がる者-13
べぎり、と床が砕ける程の力で踏み込み、静が模造刀を振り払う。
ロレンツォはそれに対し、銀色の杖を突き出した。
瞬間、両者の攻撃が互いの中間で激突し、甲高い金属音を周囲に響かせる。
ぎりぎりと両者の間で得物が鍔迫り合う。
それに静は内心で舌打ちをしていた。
(……こやつ、特に強化をしている訳でもないのに私と競り合うじゃと)
「隠してるみたいですが、動揺が見えていますよ」
「!? チッ!」
模造刀を往なして一歩飛び込む。
しかし、ロレンツォは突き出した杖を横に薙ぎ払った。
さすがにそれを受ける訳にはいかず、構えていた模造刀の峰で受ける。
普通の敵相手であれば、受けた上で滑らせて切りかかることすらできるだろう。
しかし、ロレンツォの膂力がそれを許さない。
「ふぅうううう!」
「なに、くそっ!」
杖を振り抜く衝撃を利用して、後方へ下がることしかできない。
ぐるぐると腕を回しながら、衝撃で痺れた腕をほぐしにかかる。
ただ一撃でこの威力だ。
こんなものを何度も受けていると、こちらが保たない。
(こやつ、なんじゃこの力は。振り回している訳でもないのに、この威力を扱うじゃと……どれだけ魔力を使っておるのやら)
魔導によっては筋力を増加するための術式もある。
それを利用すれば確かに筋力をあげることも可能だが。
「おんし、随分と死にたがりじゃの。そんな術式を展開しておると、すぐに枯渇するじゃろうて」
「さて、どうでしょうね。試してみてはいかがですか」
ひゅうん、と風切り音を鳴らしながらロレンツォは杖を振るう。
その表情はまるで動かない。
自分の価値はまるで揺るぎないとでも言外に宣言するかのように。
「そうじゃの、おんしがそれを望むなら試してやる」
「どうぞ。ただし、一対一とは限りませんがね」
「……ぬぅ」
ロレンツォの背後から少しずつ迫り来る足音が聞こえる。
まず間違いなく先ほど振り切った研究員達だろう。
つまり、あれもこいつらのコントロール下にあるということだ。
それはどういう意味か。
単純計算、この研究所にいたはずの琉衣夜と瑠奈を除く全ての人員が敵に回ったということだ。
「ちっ、小細工を弄しおって」
「おや、逃げるんですか? あなたなら真正面から来ると思っていましたが」
「その手には乗るか、たわけ!」
身を翻し、静はロレンツォとは逆方向へ駆け出した。
このままこの場所で戦っては、まず間違いなく挟撃を受ける。
時間が経てば経つほど相手に有利になる場所で戦ってやる理由など、こちらには毛頭ない。
(広い場所、もしくは挟撃を受けぬ地形! そのどちらかで構わんのじゃが……となれば、あそこか)
ゾンビのような挙動でゆったりと姿を現した研究員を、勢いの乗った蹴りで吹き飛ばし、静は階段へと向かう。
パッと思いついた広い場所は、先日利用した屋上以外に思いつかなかった。
無論、外に出てしまえば何の問題もないが、敵を誘引できず琉衣夜の方へ集団が向かうのも避けたい。
であれば、建物の中でもそれなりに広さのある屋上が妥当だろう。
食堂でも戦えるだけの広さはあるが、あそこでは使えないものもある。
迷いのない挙動で屋上までの階段を駆け抜けた静は、そこで一つ息をつく。
だが、休む暇は流石になかった。
彼女が飛び込んできた扉から、次から次へと研究員が入り込んできたからだ。
「戦う場所は決まりましたか? こちらとしても、追いかけっこを続けるのは好きではないのですが」
「……そうじゃの。追いかけっこは終いにしようか」
人影の向こうから、随分と通る声が聞こえてくる。
それに対し、静はやれやれとでもいうかのように首を振った。
ただし、それは観念した訳ではない。
「なにせ、逃げ役はまとめて捕まえてしもうたからの」
パチン、と指を鳴らす。
途端、空間さえ歪ませるほどの紫根の領域が展開された。
胸元の勾玉はもはや身を隠す必要はないと言わんばかりに真紅の輝きを溢れさせ、その場に立つ全ての研究員に等しくこうべを垂れさせる。
この場に立つべきはただ一人。
そう、言外に告げるように。
「なるほど。随分と強引なやり口ではありますが、有効な手段ですね。ですが、その程度でこいつらが止まるとでも?」
「逆に問うが、この程度で終わらせるとでも?」
「…………」
「私は別にこやつらに未練はないんでな。おんしらが退くと言うのであれば今すぐに解いてやらんでもない。じゃが、抗戦するというのであれば、私が手を抜く必要もないの」
口元に余裕の笑みを浮かべ、静は朗々と敵へ告げる。
「退く気がないというのであれば、まあそうじゃな。文字通り磨り潰すことになるのぉ」
言葉の瞬間、紫根の揺らめきがさらに強くなり、それに伴って重力がさらに強化される。
メシメシパキパキとおおよそ人体から聞こえるべきではない音が少しずつ強まってくるが、静としては気にする必要もない。
四肢がへし折られても向かってくるというのであれば、全身を砕くだけ。
訳のわからない力で修復されるというのであれば、それごとすり減らしてしまえば良い。
敵の数は関係ない。
敵の質も問題ない。
この領域に足を踏み入れた者は、何人たりとも逃しはしない。
相手が降伏の意を示さない限り、この重圧が消えることはない。
「まあ私としても世話になった身じゃ。退くというんであればそれを尊重したいところではある。……決断は早うせいよ? でなければ、全員全身複雑骨折の上で死ぬことになる故な」
「…………」
敵の頭は答えない。
もしかすると、それを判断する権限は持たされていないのかもしれない。
だとすれば、後の話は単純だ。
動けない敵をそのまますり潰し、瑠奈のいる場所へと進撃する。
普通の人間が強化されているとは言え、長時間は持たないだろう。
あと十分かそこらで、強制的に取るべき道は決まる。
(とは言え、喜ばしい選択ではないがの。自己意識のない相手を叩き潰しても楽しうない)
あの挙動を見るに、洗脳されているか意識がない状態で振り回されているかのどちらかだろう。
全身を砕かれた状態で洗脳が解けでもしたら、ただ叫ぶだけの悲しいオブジェの出来上がり。
まず元の人格には戻らないはずだ。
(しかし、私一人で対応するには手札が足りん。もう一枚、必要じゃな)
何度も述べている通り、静は白兵戦闘能力に特化している。
その関係上、こういった搦め手を穏便に解決する手段に乏しい。
琉衣夜か、瑠奈か。
どちらかの援護がなければこの場を穏便に終わらせるのは難しいだろう。
「さて、あやつの救援が先か、こやつらがくたばるのが先か……。見ものじゃの」
少女はただ一人、小さな声で囁く。
その先では一つ、また一つと何かがへしゃげ折れる音が響いていた。




